第81話 不意の接近(後編)
騎士団本部の一室で、私はあろうことか『竜の仮面の魔導士』に襲われた。
まさか騎士団という敵地に、あの魔導士が現れるなんて思いも寄らなかった。
しかも、向こうの方が何枚も上手で、私は魔法を封じられ、助けを呼ぶことも叶わない。
絶体絶命の危機。
窮地に追い込まれ、私は打開策を試みる。
そう、私は男性の急所を攻撃したのだ。
だが――。
「えっ…」
思わず、口から戸惑いの声が漏れた。
私は『竜の仮面の魔導士』の股の間に手に入れ、そこにあるモノを握り潰そうとした。しかし、そこには予想していたモノが無かったのだ。
それが意味するところは、つまり――。
「アハハハハッ」
おかしくてたまらないと言うように、『竜の仮面の魔導士』は笑う。
「すごいね。睾丸を潰すつもりだったの?でも、ごめんね」
それから、そっと囁くように続けた。
「ボク、女なんだ」
衝撃的な事実に、私はポカンと口を開けた。
今までの『竜の仮面の魔導士』の言動から、魔導士を男とばかり思い込んでいた。それが女だと知らされて、私は愕然とする。
その時、「ありゃ」と『竜の仮面の魔導士』が声を上げて、扉の方を見た。
「もう、気付いたか。じゃあ、ジャンヌ。またね」
そして、窓もない室内に風が吹き抜けたかと思うと、彼女の姿は影も形もなくなる。
同時に、バンと扉が蹴破られた。
*
「ジャンヌッ!」
真っ先に飛び込んできたのはレオン。それにウィリアムとルネが続く。
「いったい何が――って、ジャンヌ!その傷は!?」
レオンが目ざとく、私の首にある噛み痕を見つけた。
私は今の出来事を説明しようとし……
「あっ…」
そのまま、へなへなとその場に座り込んでしまった。どうやら緊張の糸が切れてしまったようだ。
慌ててこちらに駆け寄ってくるレオンを見て、私はやっと心の底から安堵した。
*
異変には、まずウィリアムが気付いたのだと言う。
彼は用事を終え、私のいる部屋に戻って来たのだが、なぜか鍵がかかっている。ドアを叩いて外から呼びかけても応答がない。
何かあったのではないかと思い、ウィリアムはドアを蹴破ろうとした。しかし、扉はビクともしない。
これはウィリアムが非力というわけではなく、おそらく『竜の仮面の魔導士』が何らかの仕掛けをドアにしたのだろう。
それでウィリアムはレオンとルネに助けを求め、レオンがその馬鹿力で扉を蹴破った――という話だった。
一方で、私は閉じ込められた部屋の中で何が起こっていたのか説明した。
『竜の仮面の魔導士』がこの部屋に現れたことを話すと、レオンたちは顔色を変えた。
そりゃあ、そうだろう。
まさか騎士団が追っている犯人が、敵地に乗り込んでくるとは誰も思わない。そして、簡単にかの人物の侵入を許したことも大問題だった。
「いったい、どうやって本部に入って来たんだ?」
「もしかしたら転移の魔法かもしれません」
「アイツは転移魔法まで使えるのか?」
レオンの困惑は、私にもはよく分かった。
転移の魔法は時空間魔法の一種として構想されているが、現在の魔法技術では実現不可能とされている。
もともと時空間魔法に適性がある者は少ない。その上、私たちが使う時空間魔法と言えば、亜空間に物体を保存し任意に取り出す――といったくらいのレベルのものだ。
自由に空間を瞬間移動できる魔導士なんて、見たことも聞いたこともない。
しかし、あの『竜の仮面の魔導士』の突如現れ、忽然と姿を消す様は、まさに瞬間移動という表現がピッタリだった。
「あとは幻想魔法で、自分の姿が見えないように周囲に幻術をかけて……という可能性もありますが」
「でもそれだと、精神系魔法に対する耐性の高いレオン様には通じない可能性がありますね」
ウィリアムの指摘に、「その通りです」と私は頷いた。
さて。
会話の切れ目を見て、レオンがおずおずと声をかけてきた。
「ジャンヌ。その首の傷はやはり……『竜の仮面の魔導士』に?」
「あ、はい。噛まれました」
「そんなあっさりと……他に怪我はないのか?」
「怪我はこれくらいです。そう深くもないみたいなので、後で自分で治療しておきます」
「そ、その…本当に他は大丈夫かい?」
「他……?」
レオンはとても言い辛そうにしている。ルネやウィリアムを見ても、複雑な表情をしていた。
他ってなんだ――と私は考え、それから「あっ」と思い当たった。そりゃ、聞きにくいわけである。
「私の貞操的なことを心配されているのなら、大丈夫です。問題ありません」
私の言葉にレオンはホッとした表情を見せつつ、けれどもまだ心配そうな、悪く言えば私を疑っているような目をしていた。
それで私は『竜の仮面の魔導士』についての重大情報を思い出し、続けて話す。
「そもそも『竜の仮面の魔導士』の性別は女でした」
「えっ!?」
これには一同驚いていた。
私も含め、何となく件の魔導士は男性であるというイメージがあったからだ。
「でも、ジャンヌに告白したんだろう?」
「アレもどこまで本気か分かりませんし、まぁ同性が好きな人もいるでしょう」
「それはそうだが……」
レオンはまだ『竜の仮面の魔導士』が女性だと信じられない様子だった。
そんな中、ルネが手を挙げる。
「ちなみに、どうして『竜の仮面の魔導士』が女性だと知ったのですか?本人がそう申告したとか?しかし、それは捜査をかく乱するための嘘という場合も……」
もっともな質問だったので、私はその経緯を説明した。
つまり、男性の急所である睾丸を握り潰そうとしたが、『竜の仮面の魔導士』の股にはソレがなかったということを。
「……」
「……」
「……」
私の説明を聞いて、なぜか男性陣が神妙な顔つきになった。
私は暴漢を退治しようとしただけで、何も悪いことをしていない。なのに、この反応は何だろう。
解せぬ――と私は思った。
「ジャンヌは……たまに思い切ったことをするね……」
「敵に容赦など必要ありませんから」
「うん……」
レオンは頷きつつ、ぼそりと呟く。
俺も危なかったのかな……と。




