第80話 不意の接近(前編)*
*注意:ぬるいですが性的描写あり。苦手な人は1話飛ばしてください。
私とマリアを襲撃した団員たちについて、騎士団は魔法の痕跡を調べていたが、結局のところ、その結果はよく分からなかったようだ。
団員たちが『魅了の香』によって洗脳されたかどうかも不明のままである。
一方で、『眠り姫』の店の摘発後、オルレアの街では次々と『魅了の香』が絡んだ事件が発生していた。
まるでいたちごっこのようで、検挙してもきりがない状態らしい。
邪な心を持つ者や欲深い者に巧みに付け入り、『竜の仮面の魔導士』は『魅了の香』を渡す。
香炉を手にした者が問題を起こす――その繰り返しだ。
今のところ、騎士団は『竜の仮面の魔導士』を逮捕できていない。
それどころか、その尻尾さえ、中々掴むことができなかった。
何とか、『竜の仮面の魔導士』の手掛かりに繋がれば――。
一縷の希望にかけて、私とウィリアムはもう一度押収された『魅了の香』の香炉を一つずつ調べ直すことにした。
*
この日、私たちは騎士団の一室で作業していた。
その途中で、ウィリアムが他の団員に呼ばれて離席する。その間も、私は黙々と香炉を調べ続けていた。
そういう経緯があったから、背後でキィと音を立てて扉が開いたとき、私はウィリアムが戻ってきたのだと思っていた。
香炉から目を離さず、扉の方を振り返らないまま、私は「おかえりなさい」と言う。
すると――
「ただいま」
その声を聞いて、私の心臓は飛び上がった。
ウィリアムの声じゃない。
この声は――
私が振り返ったその先には、竜の仮面を被った人物が立っていた。
あまりのことに、私は目を見張る。
どうして、騎士団本部に『竜の仮面の魔導士』がいるんだ?奴にとってはここは敵地のはず。
理解が追い付かなかった。
そんな私をよそに、当の本人は口元をほころばせて言う。
「やぁ、先日ぶり」
その言葉にハッとし、私は大声を上げた。
「誰かっ!誰か来てください!!誰かっ!!!」
できる限りの声量で叫んでみたが、誰かがこちらに気付いてやって来る気配はない。また、目の前の魔導士は慌てる風もなく、余裕然としている。
「まさか……聞こえていない!?」
「その通り!風魔法でちょっと防音をね。邪魔が入っても嫌だし」
「――っ」
助けが呼べないのでは自分で何とかするしかない。
ただし、『竜の仮面の魔導士』は十中八九、私よりも格上の魔導士だ。
真正面からやり合うのではなく、この部屋からどう脱出するかを考えた方がいいだろう。
唯一の出口である扉は、魔導士の背にある。逃げるには一時的にでも、魔導士の足止めをしなくて、その横を通り抜ける必要があった。
私は『氷の枷』の魔法を詠唱し、『竜の仮面の魔導士』の動きを封じようとした。
氷の蔦があっという間に伸び、足元から標的を凍り付かせる――はずだった。
しかし、どうしたことか。
何も起こらない。
私の息がヒュッとなる。
こういうことには覚えがあった。『酔竜の果実』でレオンに襲われた時、同じように魔法が発動しなかったのだ。
「魔封じ……」
「ご名答!話が早くて助かるよ」
パチパチと拍手しながら、こちらに近づいて来る『竜の仮面の魔導士』。
距離を取ろうと、私は後ずさるが、すぐに作業台にぶち当たる。
――これはもう、イチかバチか……。
私は覚悟を決めて駆け出し、魔導士の横をすり抜けようとした。そのまま、出入り口のドアへ手を伸ばす。
しかし、私はあっさり捕まってしまった。
意外なほど強い力で腕を引かれ、私はそのまま作業台へうつ伏せに押し倒される。
背中にずしりと重みを感じた。
『竜の仮面の魔導士』が私に覆いかぶさっているのだ。
「逃げちゃダメだよ」
耳元に息を吹きかけられて、ぞわりと鳥肌が立つ。
魔導士の方もそのことに気付いたようだ。
「あれ?もしかして、耳が弱い?」
至極楽しそうな声で言う。
私は滅茶苦茶に暴れて、魔導士から逃れようとしたが、がっちり腕と肩を抑えられて身動きがとれない。
男にしては華奢な体つきのくせに、魔導士の力は強かった。
「こらこら、暴れない~」
次の瞬間、首にずきりと痛みが走った。
ワンテンポ遅れて、首に噛みつかれたのだと悟る。
――まさか、このまま皮膚を食い破る気!?
魔導士の尖った犬歯が皮膚に食い込み、血管にまで届くところを想像して、私はゾッとした。
「放して」
毅然と反抗したつもりだったが、口から出た声音は情けないくらい弱々しい。
怯えてどうする――と自分を叱咤しつつも、恐怖で体が震えてしまっていた。
すると、意外なことが起きた。
「あ~、ごめんね?」
そう言って、ぺろりと噛み跡を舐めたかと思うと、『竜の仮面の魔導士』が私から身を放したのだ。
解放された私は、パッと身を翻し、できる限り魔導士と距離をとる。
「ごめん、ごめん。そんなに怖がるなんて思ってなかったんだ。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだよ」
「……」
「そんなに睨まないで。もう、君が嫌がることはしないから」
そんな言葉を信じられるほど、私の頭はおめでたくない。
こちらに歩み寄って来る魔導士を私はけん制した。
「近づかないでっ!じゃないと、私にも考えがありますよ!」
「へぇ。どんな?」
面白おかしそうに、『竜の仮面の魔導士』の口元が緩む。まるで、獲物に止めを刺さず、弄ぶ猫のよう残虐さが見て取れた。
また、一歩近づき、間近まで魔導士が近づいたところで、私は起死回生の手段に出る。
私は魔導士の股の間に手を入れ、そこにあるモノ――男性の急所――を力いっぱい握り潰そうとした。
しかし――
「えっ……」
そこには何も無かった。




