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第80話 不意の接近(前編)*

*注意:ぬるいですが性的描写あり。苦手な人は1話飛ばしてください。



 私とマリアを襲撃した団員たちについて、騎士団は魔法の痕跡を調べていたが、結局のところ、その結果はよく分からなかったようだ。

 団員たちが『魅了の香』によって洗脳されたかどうかも不明のままである。


 一方で、『眠り姫』の店の摘発後、オルレアの街では次々と『魅了の香』が絡んだ事件が発生していた。

 まるでいたちごっこのようで、検挙してもきりがない状態らしい。


 (よこしま)な心を持つ者や欲深い者に(たく)みに付け入り、『竜の仮面の魔導士』は『魅了の香』を渡す。

 香炉を手にした者が問題を起こす――その繰り返しだ。


 今のところ、騎士団は『竜の仮面の魔導士』を逮捕できていない。

 それどころか、その尻尾さえ、中々掴むことができなかった。


 何とか、『竜の仮面の魔導士』の手掛かりに繋がれば――。

 一縷(いちる)の希望にかけて、私とウィリアムはもう一度押収された『魅了の香』の香炉を一つずつ調べ直すことにした。



 この日、私たちは騎士団の一室で作業していた。

 その途中で、ウィリアムが他の団員に呼ばれて離席する。その間も、私は黙々と香炉を調べ続けていた。


 そういう経緯があったから、背後でキィと音を立てて扉が開いたとき、私はウィリアムが戻ってきたのだと思っていた。

 香炉から目を離さず、扉の方を振り返らないまま、私は「おかえりなさい」と言う。

 すると――



「ただいま」



 その声を聞いて、私の心臓は飛び上がった。

 ウィリアムの声じゃない。

 この声は――


 私が振り返ったその先には、竜の仮面を被った人物が立っていた。




 あまりのことに、私は目を見張る。


 どうして、騎士団本部に『竜の仮面の魔導士』がいるんだ?奴にとってはここは敵地のはず。

 理解が追い付かなかった。

 そんな私をよそに、当の本人は口元をほころばせて言う。


「やぁ、先日ぶり」


 その言葉にハッとし、私は大声を上げた。


「誰かっ!誰か来てください!!誰かっ!!!」


 できる限りの声量で叫んでみたが、誰かがこちらに気付いてやって来る気配はない。また、目の前の魔導士は慌てる風もなく、余裕然としている。


「まさか……聞こえていない!?」

「その通り!風魔法でちょっと防音をね。邪魔が入っても嫌だし」

「――っ」


 助けが呼べないのでは自分で何とかするしかない。


 ただし、『竜の仮面の魔導士』は十中八九、私よりも格上の魔導士だ。

 真正面からやり合うのではなく、この部屋からどう脱出するかを考えた方がいいだろう。

 唯一の出口である扉は、魔導士の背にある。逃げるには一時的にでも、魔導士の足止めをしなくて、その横を通り抜ける必要があった。


 私は『氷の枷』の魔法を詠唱し、『竜の仮面の魔導士』の動きを封じようとした。

 氷の蔦があっという間に伸び、足元から標的を凍り付かせる――はずだった。


 しかし、どうしたことか。

 ()()起こらない。


 私の息がヒュッとなる。

 こういうことには覚えがあった。『酔竜の果実』でレオンに襲われた時、同じように魔法が発動しなかったのだ。


「魔封じ……」

「ご名答!話が早くて助かるよ」


 パチパチと拍手しながら、こちらに近づいて来る『竜の仮面の魔導士』。

 距離を取ろうと、私は後ずさるが、すぐに作業台にぶち当たる。


――これはもう、イチかバチか……。


 私は覚悟を決めて駆け出し、魔導士の横をすり抜けようとした。そのまま、出入り口のドアへ手を伸ばす。

 しかし、私はあっさり捕まってしまった。

 意外なほど強い力で腕を引かれ、私はそのまま作業台へうつ伏せに押し倒される。


 背中にずしりと重みを感じた。

 『竜の仮面の魔導士』が私に覆いかぶさっているのだ。


「逃げちゃダメだよ」


 耳元に息を吹きかけられて、ぞわりと鳥肌が立つ。

 魔導士の方もそのことに気付いたようだ。


「あれ?もしかして、耳が弱い?」


 至極(しごく)楽しそうな声で言う。


 私は滅茶苦茶に暴れて、魔導士から逃れようとしたが、がっちり腕と肩を抑えられて身動きがとれない。

 男にしては華奢(きゃしゃ)な体つきのくせに、魔導士の力は強かった。


「こらこら、暴れない~」


 次の瞬間、首にずきりと痛みが走った。

 ワンテンポ遅れて、首に噛みつかれたのだと悟る。


――まさか、このまま皮膚を食い破る気!?


 魔導士の尖った犬歯が皮膚に食い込み、血管にまで届くところを想像して、私はゾッとした。


「放して」


 毅然と反抗したつもりだったが、口から出た声音は情けないくらい弱々しい。

 怯えてどうする――と自分を叱咤(しった)しつつも、恐怖で体が震えてしまっていた。


 すると、意外なことが起きた。


「あ~、ごめんね?」


 そう言って、ぺろりと噛み跡を舐めたかと思うと、『竜の仮面の魔導士』が私から身を放したのだ。

 解放された私は、パッと身を翻し、できる限り魔導士と距離をとる。


「ごめん、ごめん。そんなに怖がるなんて思ってなかったんだ。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだよ」

「……」

「そんなに睨まないで。もう、君が嫌がることはしないから」


 そんな言葉を信じられるほど、私の頭はおめでたくない。

 こちらに歩み寄って来る魔導士を私はけん制した。


「近づかないでっ!じゃないと、私にも考えがありますよ!」

「へぇ。どんな?」


 面白おかしそうに、『竜の仮面の魔導士』の口元が緩む。まるで、獲物に止めを刺さず、(もてあ)ぶ猫のよう残虐さが見て取れた。

 また、一歩近づき、間近まで魔導士が近づいたところで、私は起死回生の手段に出る。


 私は魔導士の股の間に手を入れ、そこにある()()――男性の急所――を力いっぱい握り潰そうとした。

 しかし――


「えっ……」


 そこには何も無かった。




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