第82話 容疑者(前編)
オルレア騎士団本部に『竜の仮面の魔導士』が現れただけでも驚きだというのに、その魔導士はジャンヌを襲い、しかも性別が女だった。
そんな出来事に衝撃を受けつつ、黒魔導士ウィリアムはこう考える。
この一件である可能性が非常に高くなった、と。
それは『竜の仮面の魔導士』への内通者が騎士団内にいることだ。
いかに、『竜の仮面の魔導士』が凄腕の魔導士で、転移術さえ自在に扱えるとしても、よく知らない敵地に乗り込んでくるのは難しいだろう。
転移するにしても、転移先の詳細な情報が必要のはずだ。
裏を返せば、誰かが騎士団内部の情報をかの人物に漏らしていることになる。
そして、ウィリアムはある人物を疑っていた。
その人物は、ウィリアムと同じ第七班に所属する魔導士――セシリアだった。
最近、セシリアの動向が怪しい。
というのも、彼女の取り巻きが不自然に増えているのだ。
セシリアが入団した当初から、その美貌に心奪われた男は何人かいた。
一方で、仕事もろくに覚えず、複数の男に媚を売るような振る舞いをする彼女に、冷ややかな視線を送る者も一定数いたのである。
しかし、セシリアをあまりよく思っていなかったはずの団員たちが、急に心変わりしたのか、最近になってセシリアを擁護するようになった。
その最たる例が、第七班の隊長ブルースである。
ブルースは、仕事をサボりがちなセシリアとその取り巻きたちを叱責し、尻拭いしているウィリアムを気にかけてくれる存在だった。
けれどもいつの間にか、彼はセシリアを贔屓するようになった。そればかりか、自身の仕事でさえ、ウィリアムに押し付けるようになっている。
この異変に気付かないほど、ウィリアムはぼんくらではなかった。
ウィリアムは、セシリアがブルース隊長に何かしたのではないかと疑った。
それこそ『魅了の香』で異性を惑わし、洗脳するように。
ただ、セシリア個人には他人を洗脳できるような魔法の実力はない。そのことは同僚として、ウィリアムもよく分かっていた。
初め、ウィリアムはセシリアが押収された『魅了の香』を使って、団員たちを誘惑しているのではないかと考えた。
しかし、現在それらはルネの管理下で、厳重に保管されている。
以前、偶発的に『魅了の香』が発動してしまうというハプニングがあって以来、管理が厳しくなっていて、セシリアがかすめ取ることは難しいだろうと思われた。
実際のところ、ウィリアムが確かめてみると、押収した『魅了の香』の数に過不足はなく、記録通りに保管され、持ち出された形跡もない。
となれば、『魅了の香』かそれに類するものを、セシリアは手に入れたのではないか――とウィリアムは推理する。
その入手先を考えたとき、『竜の仮面の魔導士』に行き着くのだ。
元々、セシリアには他にも容疑がかかっていた。
それは襲撃事件――何者かに洗脳された団員がジャンヌとマリアを襲った件である。
二人に恨みを持ち、団員を洗脳できる機会を設けることができる人物は誰か――そう考えた時、自ずとセシリアの像が浮かび上がった。
以前に、セシリアはマリアを虚言で罠にはめようとし、その悪事をジャンヌに看破されたことがある。それを逆恨みしての犯行ということで、動機は十分ありそうだった。
この襲撃事件についても、やはり洗脳という言葉がキーワードになってくる。
仮に、セシリアが洗脳の道具や手段を手にしていたのなら、それを使って団員たちにジャンヌとマリアを襲わせることも可能なわけで、辻褄が合っていた。
もっとも、例の襲撃事件でジャンヌたちを助けたのは他ならぬ『竜の仮面の魔導士』であり、そこに犯人たちの行動の矛盾がある。
もしかしたら、セシリアと『竜の仮面の魔導士』間で意見の齟齬があったかもしれない。
いずれにせよ、セシリアが最も怪しいとウィリアムは考えていた。
このことを報告すると、レオンとルネも同様の見解を示した。
ウィリアムはレオンたちと話し合った末、「元凶を叩くのが最善」という結論にたどりつく。
というのも、洗脳の魔法の解除は骨が折れるからだ。
セシリアに精神的支配を受けている団員たちを、白魔法や薬でたちどころに解放したい――そう思っても、現実的に難しかった。
洗脳系の魔法は継続的な治療を必要とすることが多い。その間にまた魅了されてしまったら振出しに戻ってしまい、それではイタチごっこだ。
加えて、自分が洗脳されていると自覚のない者に治療を受けさせるのも、また一苦労だった。
そういった背景から、ウィリアムたちは元凶と思われるセシリアを秘密裏に探ることにした。
この任務にあたって、ウィリアムが自ら立候補する。
同じ班である自分の方が、セシリアの動向を突き止めやすい――そう考えた結果であった。
こういう時に便利なのが、偵察という魔法だ。
感覚と意識を共有する自分の影を魔力で作り、探索や隠密行動をさせることができる。
ウィリアムは影を使い、セシリアを監視した。そして、彼女がある団員を備品室に呼び出したことを知ったのである。
――決定的な証拠を押さえられるかもしれない。
そう思い、ウィリアムはその備品室に忍び込んだ。




