第76話 誕生日プレゼント(後編)
私がレオンに誕生日プレゼントをあげたいか、否か――と問われれば「あげたい」とそう思う。
やはり彼には多大な恩があるし、その感謝の気持ちを示す良い機会だからだ。
ただ私はこれまで、レオンに誕生日プレゼントどころか、何かを改まって贈りものをしたこともない。
それなのに、今更プレゼントをレオンへ個人的に贈るのは、いたずらに気を持たせてしまうのではないか、と躊躇していた。
この件については、私がレオンに対して恋愛感情を抱いているのなら、何の問題もないのだろう。
だが、私のレオンに対する気持ちを一言で言うと、
――分からん
これに尽きる。
私はじっくり自己分析してみた。
レオンに対して以前のような嫉妬や劣等感を感じることはもうない。友人としての好意があるのは確かだ。
だが、だからと言って……レオンに恋しているかと問われれば、首をひねるばかりだった。
そもそも私は、恋愛経験値が低い。低すぎる。
誰かに恋愛感情を抱いたことがないから、その誰かとレオンを比べることもできない。
参考までに、アニーが昔、話していたことを思い出す。
彼女曰く、恋すると相手に対してドキドキしたり、時には心臓が止まりそうになったりするらしい。
当時、ソレを「不整脈?」と聞いたら、叩かれたのは懐かしい思い出だ。
さて。私がレオンに対して、そのような胸の高鳴りを覚えるかというと……そんな試しはない。
過去二度ほど、レオンに無体を働かれたことはあったが、その時もときめくようなことはなかった。まぁ、あの時は自分の貞操の危機であり、それどころではなかったという説もあるが……。
――と、そのようなことをつらつら考えていると、私は頭が痛くなってきた。
どうして、こんな風に悩まなければならないかと理不尽に思う反面、レオンの気持ちには真剣に向き合わなければいけないとも考える。中途半端はダメだ。
そうやって答えが出ないまま考えているうちに、あっという間にレオンの誕生日当日がやってきた。
*
私の目の前には小瓶があった。
その中身は私が作った魔法薬――使用者の能力値や特性の力を全般的に大幅上昇させるという、とんでもない強化薬――が入っている。
レオンの役に立つ魔法薬は何かと考えたとき、あの人間離れした力をさらに強化することが一番ではないか……そう思った結果の産物だった。
あれだけ悩んでおいて、結局プレゼントをあげるのか――と内心自分にツッコミつつ、作ってしまったものは仕方ないと私は開き直る。
なにせ、この魔法薬は売り物にならないのだから。
原材料に師匠からもらった『竜の輝石』も使っているため、もしコレを商品として売ろうものなら、売値は目玉が飛び出るくらいの高額になってしまうのだ。おそらく、馬車一台くらいなら買えてしまうだろう。
うちの店の客層を標的にした値段じゃなかった。
ということで、「仕方ないから。勿体ないから」と誰に向かってか分からない言い訳をしつつ、私はレオンに誕生日プレゼントを渡すことにした。
*
レオンの誕生日当日。
私から騎士団本部へ出向くことも考えていたが、店の営業中にニナが……
「今日、閉店後にレオン様が店にいらっしゃるそうですよ」
そう耳打ちしてきた。
おそらく、ルネからの情報だろう。最近、ルネとニナが結託しているような気がする。
そして、ニナの言った通り、閉店後にレオンがやって来た。
つい先ほどまで店には母もいて、一緒に後片付けをしていたのだが、今その姿はない。店内には私とレオンの二人きりである。
母もニナから何か聞いていたのか、レオンの顔を見るなり、スススーと店を出て行ってしまったのだ。
まったく、余計な気の回しすぎだった。
一方、レオン本人には特に変わった様子もなかった。ことさら誕生日をアピールするつもりはないらしい。
いつも通り他愛もない会話をしていると……。
「ジャンヌ。どうかしたのかい?」
「えっ?」
「何だか珍しく落ち着きがないから。何か心配事でも?俺で良ければ相談に乗るぞ」
「……」
レオンに指摘されて、私は気まずくなる。
自分では普段と変わらない態度をとっていたつもりだから、なおのことだ。
コホン――と私は咳ばらいをした。
「レオン様、お誕生日おめでとうございます」
「え?」
「よろしければ、コレをお納めください」
そう言って、プレゼント用とは思えないような、小瓶に赤い紐を結んだだけの例の魔法薬を渡す。
私はレオンに押し付けるようにして、ソレを渡したのだが――彼はただただ目を丸くするばかりだった。
呆然と自分の手の中の小瓶を見ている。
「……」
そのまま長々と沈黙が続き、私の方が沈黙に耐えられなくなってきた。
喜んでくれるものと思っていたのだが、とんだ自惚れだったのだろうか。
とりあえず、何でもいいから反応が欲しい。
そう思って、私はレオンの顔を覗き……
「レオン様っ!?」
私はギョッとした。
なぜなら、レオンが目に涙をためているのだ。
「ちょっ……何も泣くことないでしょう!」
「泣いてないぞ。少し泣きそうになっているだけだ」
「ほぼ同じでしょう?」
レオンは乱暴に服の袖で目をこする。
「まさか、君から誕生日を祝ってもらえるなんて思わなかったから、つい……」
「レオン様には色々とお世話になりましたから」
「これは魔法薬だよね?君が作ってくれたのかい?売り物……じゃなさそうだけれど」
レオンにプレゼントした小瓶には、店に並んでいる商品のようにラベルが貼っていない。レオンはそれに気付いたようだ。
それで私は魔法薬の説明をした。
「つまり、君が俺のためにわざわざ作ってくれた品なんだね!」
「まぁ……そう言われれば、そうですが…」
私は思わず、レオンから目をそらした。
改めてそう言われると、少し照れてしまう。
「ありがとう!家宝にしてずっと大事にするぞ!」
「いや、魔法薬なんだから使ってくださいね?」
このままでは、本当に一生大事に取っておきそうなレオンに私は釘を刺した。
レオンの役に立って欲しいと思って作ったのに、観賞用にされては意味がない。
「そうか、そうだな。でも、勿体なくて中々使えないぞ。ここぞという時を考えなければ」
「それはお任せします」
「でも、ジャンヌ」
「はい」
「改めて、ありがとう」
その眩しい笑顔を見て、私は息を呑んだ。
心底嬉しそうな、とろけそうな笑顔。
――トッ。
私の中で、何かが小さく音を立てたような気がした。




