第77話 襲撃者たち(前編)
この日、私は家の近くにある小高い丘でちょっとしたピクニックをしていた。もちろん私一人ではなく、エチカとマルグリットも一緒である。
一緒にお菓子を食べたりお喋りに花を咲かせたりして、楽しい一日を過ごした後、私たちは解散した。
今ちょうど、私は家路につく子供たちの背を見送っていたところである。
「あっ、あの!」
後ろから声がかかって、私は振り返る。
「マリアさん?」
そこにいたのはオルレア騎士団の白魔導士マリアで、意外な人物の登場に私は内心驚いた。
「あっ、もしかして店に用がありましたか?すみません。今日は休業日でして」
「そうじゃなくて……あなたに用があって来たの。お店に行ったら、あなたのお母さんがここに居るって教えてくれて」
「私に用ですか……?」
とんと心当たりがなくて、私は首を傾げた。
マリアはレオンの件で、私のことをあまり快くは思っていない。恋敵と宣言されたこともある。
店の商品購入以外で、彼女が私に会いに来る理由はないように思われた。
――まぁ。私はマリアのこと、わりと好きだけれど。
少々暴走気味だが、憎めない性格の子だ。
本人は私に知られたくないようだが、ピエトロ商会の裁判では彼女も嘆願書を書いてくれた、優しい子である。
さて。
用件を中々言い出せず、もじもじしていたマリアだが、意を決したようにこう言った。
「これ、あげるっ」
突き出されたのは比較的大きな包みだ。
「えっ?」
「いいから!もらって!!」
ぐいぐい包みを押し付けられ、私は訳も分からずソレを受け取った。
「コレを私にくれるんですか?」
「そ、そうよっ!」
「開けてみても?」
「好きにすればいいじゃない」
お言葉に甘えて、私は包みを開けてみる。
そこには布で厳重に巻かれた、白く立派な角――の一部が入っていた。
山羊か何かの角の先端部分だろうか。それにしては、やけに鋭利なような気がするが……って、これっ!!
「もしかしてエアレーの角!?」
エアレーというのは馬の体に、山羊の角とイノシシの牙を持つ魔物だ。
曲がった角は自由に回転させることができ、そして魔法薬の材料にもなった。解熱や鎮痛作用があるので、回復薬として用いることができる。
エアレー自体、中々手ごわい魔物なので、その角は貴重なものだった。
嬉々とする私をよそに、「見ただけで分かるんだ……」と若干呆れ気味なマリア。
「どうしたんですか?コレ!」
「街の露店でたまたま見つけたのよ。そしたら、ウィルが薬の材料になるって言うから…」
「とても嬉しいですが……しかし、なぜ?」
マリアが私にプレゼントを贈る理由がない。それで不思議に思っていると……。
「この間、助けてくれたお礼よ」
「えっ?」
「あなたの気転がなければ、私が悪者にされて終わっていたわ」
そこまで言われて、マリアが何を指しているのかが分かった。
少し前に、セシリアが「マリアに階段から突き落とされた」と嘘を吐いた件である。
「それでわざわざ?」
「あのとき、十分お礼も言えてなかったから……」
「見かけによらず律儀ですね」
「見かけによらず、は余計よ!」
そう口を尖らせるマリアの顔は赤い。それはおそらく、夕日のせいだけではないだろう。
私は彼女の好意をありがたく受け取ることにして――
異変に気付いた。
「……」
「どうしたの?急に怖い顔をして」
「囲まれました」
「え?」
慌ててマリアが辺りを見る。そして彼女もソレに気付き、顔色を変えた。
四方から私たちを追い詰めるように、男たちがこちらに近づいてきていた。手にはすでに抜き放たれた剣が握られている。
私は四人の男たちの顔を確認したが、見覚えがなかった。
強盗か何かか?それにしても、男たちの様子はおかしかった。
彼らの目は焦点が合っておらず、尋常な雰囲気じゃない。声をかけるも、反応すらなかった。
そのとき、ハッとマリアが気付く。
「コイツら、騎士団の団員よ!」
「えぇっ!?」
こちらに襲い掛かろうとしている敵が、まさかの騎士団員。
もちろん、私には襲われる心当たりなんてない。
ただ、分かるのは、混乱している場合ではないということ。すぐさま対処しなければならない。
楽観的希望は、騒ぎを聞きつけた誰かが騎士団に通報してくれることだ。
しかし、此処は民家から離れた丘の上。果たして誰が気付いてくれるだろうか……。
――自分たちで何とかしなければっ!
私はマリアに呼びかける。
「マリアさん!攻撃魔法は使えますか?」
「無理よ!私、白魔法しか使えない!」
「なら、支援魔法で援護をお願いします!」
「えっ?ええ!!」
私はまず、『炎の矢』を詠唱した。すると、一人の男が急に走り出し、こちらに向かって来る。よく手入れされているのだろう男の剣が、鋭利な光を放っていた。
魔法が完成し、私は真正面から男を迎え撃つ。
空中に現れた数本の炎をまとった矢。
それらが男に降り注ぎ、彼の服と皮膚が燃やした。
普通なら炎と火傷の痛みでひるむはず。しかし、男はそんな炎なんてものともせず、こちらに突っ込んで来た。まるで痛みを感じていな様子だ。
敵の予想外の動きに、私は慌てて回避行動をとる。身を反転させ、男の刃から逃れた。
そのとき、私は自分の体がいつもより軽いことに気付いた。
おそらく、マリアが支援魔法で俊敏性を向上させてくれたのだろう。おかげで危なげなく、斬撃を避けることができた。
私は回避しつつ、すでに次の魔法を詠唱し終えていた。それをマリアの方へ近づこうとしていた男に放つ。
『氷の枷』という名のこの魔法は、まるで氷が植物の蔦のように地面に広がり、標的を凍らせるものだ。
目論み通り、氷の蔦は男の片足を凍り付かせる。彼は自分の足を地面に縫い留められてしまった。
これで一人の動きを封じることができたはずだ。
私は移動しながら、次々に魔法の詠唱をする。
その間、マリアは私の動体視力を向上させる魔法を使ってくれたらしい。おかげで、敵の動きがよく視える。
突風を起こす魔法で敵を吹き飛ばして距離をとりつつ、私は『石の礫』を発動させた。地面から現れた拳大の石は敵めがけて飛来し、見事男二人の顔面に命中する。
幸運にも、そのまま彼らは昏倒してしまった。
――残りは一人!
最初に、『炎の矢』を喰らわせた男だ。
私は彼に、『電撃』を叩きこんだ。バチバチと弾ける電気が、男の身体を貫く。
彼はビクンと一度痙攣したかと思うと、今度こそ沈黙した。
やがて、その場に静寂が訪れた。
はぁはぁという、己の息遣いだけが、やけにうるさく聞こえる。
――切り抜けられた……?
肩で息をしながら、私は辺りを見渡した。
そのとき――
「後ろっ!!」
マリアの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、『氷の枷』で動きを封じたはずの男が間近に迫っていた。
いったいどうして――私は驚き、男の片足を見て息を呑む。そこは血まみれだった。
――まさか、剣で自分の足を切断したの!?
計算外の男の行動に私は焦る。
慌てて回避行動をとろうとするが、動揺のあまり私は足を滑らせた。そのまま尻もちをついてしまう。
――まずい!
男が剣を振りかぶる。その動きがスローモーションで見えた。
私は何とか窮地を脱する手段を考えるが、時すでに遅し。今からでは魔法の詠唱も回避も間に合わない。
私は思わず、目を瞑った。
しかし、いくら待っても痛みはやって来なかった。
私は恐る恐る目を開ける。そして、そこに立っていたのは――
男にしては華奢で女にしては背が高い。
赤銅色の長い髪は、三つ編みにして束ねられ、風に揺れている。
そして、その人物は……竜の仮面をかぶっていた。




