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第74話 虚言(後編)

 セシリアはマリアが階段から自分を突き落としたのだ、と言い張った。

 もちろん、マリアは否定する。けれども、真っ先にこの場へ集まって来たセシリアの取り巻きたちは、口々にマリアを責め立ててきた。


「なんて酷いことをするんだ!」

「見損なった!」

「気に入らないからって、暴力をふるうなんてっ!」


 さらに、セシリアがあまりにも儚げに涙を流すものだから、事情をよく知らない者たちも非難の目でマリアを見てきた。

 女の――しかも、美少女の――涙は強い。

 今や、完全にセシリアが場の空気を支配していた。


 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけて人がさらに集まって来た。その中には第七班隊長のブルースや、ルネ、そしてウィリアムの姿もあった。


――ウィルにまで疑われたら、私……。


 マリアは絶望的な気持ちになったが、ウィリアムは彼女のために声を上げてくれた。


「マリアがそんなことをするとは思えません!セシリアさんの勘違いじゃ……」


 その発言を遮るように、セシリアが大声を上げる。それに取り巻きの男たちが追随(ついずい)した。


「酷い!ウィリアムさんは私が嘘を()いていると、そうおっしゃるんですか!?」

「こんなに泣いているセシリアを疑うなんてっ!階段から落ちて、怪我までしているのにっ!!」


 一方、ブルースとルネは顔を見合わせていた。

 彼らとしては、本人たちの証言以外の証拠がない以上、どちらかを一方的に責め立てることはできない。


 しかし、このまま放っておけばさらに騒ぎが大きくなるだけだ。現に、どんどん野次馬が多くなっている。

 ルネは二人を取りなし、何とかこの場を収めようとした。


 その時――。


「私、見ていました。嘘を吐いているのはセシリアさんです」


 はっきりとした声音が響く。

 皆が驚いて辺りを見ると、二階の手すりからジャンヌが身を乗り出していた。



 『眠り姫』の店が検挙され、その時に押収された香炉を確認して欲しいというので、私は騎士団に(おもむ)いていた。


 私がちょうど二階へ続く階段を上り切ったとき、階段の踊り場にいるマリアとセシリアに気付く。

 元々、私はセシリアを避けているため、彼女を見て足早に立ち去ろうとした。ただ、そのときは何やら不穏な空気を感じてしまって、思わず立ち止まったのだ。


 そして、私は目撃する。


 セシリアは()()階段から転げ落ちると、泣き声を上げた。


 この後の成り行きが容易に想像できた。そして、その通りに事が運ぶ。


 先に泣いた者勝ちというか、何というか。多くの団員たちはセシリアに同情的だ。

 可哀想に、マリアの旗色はずいぶん悪かった。

 さすがに、この場でマリアを見捨てるほど、私も冷血人間ではない。

 

 私はルネやウィリアムが出そろったことを確認して、皆に声をかけることにした。




「セシリアさんが嘘を?それは本当で――」


 確かめようとするルネの言葉を遮って、


「ひどいわ!お姉さま!!」


 セシリアは涙ながらに訴え始めた。


「お父さまに愛されている私が気にくわないからって、そんな嘘をおっしゃるだなんて」


 ヨヨと泣き出すその様はまさに女優。悲劇のヒロインに見える。


「あんな男の愛など御免こうむります。私は嘘など言っておりません」


 そう事実を述べる私に、しかしセシリアの取り巻きの男たちは私を非難してきた。


「そうまでして妹を(おとし)めたいのか?」

「なんて酷い姉だ」

「見てみろ。こんな場でも顔色一つ変えず……その冷酷さが分かるようだ」


 ずいぶんな言われような私を見て、マリアが慌ててこちらに駆け寄る。


「ちょっと!私の味方をして、あなたまで悪者にされたら……」


 こんな状況でも他人を気遣うことができるマリアに、私はふっと微笑んだ。そして、安心させるように彼女に言う。


「大丈夫ですよ」

「えっ……?」


「お姉さまは嘘を言っているのよぉ!」

「そもそも、部外者引っ込んでろっ!!」


 うるさい外野を無視して、私はルネに歩み寄った。

 そしてその手に、水晶玉を渡す。


「あの……これは?」

「映像記録用の魔道具です。うちの店が以前、ピエトロ商会がよこした暴力団(ギャング)に襲われた時も、証拠として提出しましたよね?」

「ああっ!確かに!」

「セシリアさんが階段から落ちた時の映像、それがバッチリ撮れています」

「えっ!?」

「どうぞ、ご確認ください」


 私の発言を聞いて、セシリアの顔はみるみる真っ青になった。

 慌てて、ルネを止めようとする彼女だが、ウィリアムが立ちはだかる。

 ルネはまじまじと映像記録を確認した。


 以前から、私はセシリアに引っ掛かりを覚えていた。

 彼女の身にまとう空気から、魔法学校時代に虚言で私を(おとし)めようとしてた女子生徒と同じ臭いを察したからだ。


 あの女子生徒は、しょせん子供の浅知恵で、すぐにバレるような嘘を()いていたが、少し頭が回る人間に同じことをされては厄介である。

 それで私は自衛のため、騎士団を訪れる際は()()として映像記録用の魔道具を常に携帯し、起動させていたのだ。



 魔道具の映像を確かめて、重々しくルネが言った。


「マリアさんとジャンヌさんの証言に間違いありませんね。マリアさんはセシリアさんに指一本触れていない。セシリアさんが()()階段から落ちたようにしか見えません」

「嘘よっ!そんな映像はねつ造よ!!」


 セシリアはそう訴えたが、


「どうぞ。その魔道具を隅から隅まで調べて下さい。それが魔法による虚像かどうか、調べればすぐ分かるでしょう」


 私がそう言うと、押し黙った。


「いったい、どういうことなんだ!お前たちっ!!」


 セシリアたちが所属している班の隊長だというブルースが、顔を真っ赤にして怒鳴る。その額には青筋も浮かんでいた。

 鬼気迫る上司の迫力に、セシリアは(おのの)き、それから蚊の鳴くような声で(つぶや)いた。


「もしかしたら……私の勘違いかもしれません……。自分で足を滑らせたのを、マリアさんに突き飛ばされたと……その、思って……」

「はぁっ!?ここまで騒ぎを大きくしておいて、勘違いだとっ!!?そんな言い訳が通用すると本気で思っているのかっ!!!」

「ごっ、ごめんなさい」


 涙をぽろぽろ流すセシリアと、意気消沈の取り巻きの男たち。憤怒の顔で怒鳴るブルース隊長。

 混沌(カオス)状態のこの場を落ち着かせるため、ルネが口を開いた。


「ともかく、今回の件はセシリアさんの勘違いで、マリアさんはもちろん、ジャンヌさんにも非がないということはハッキリしました。それでこの場は解散しましょう」

「あっ……」


 パッとセシリアは表情を明るくするが、続くルネの冷静な言葉を聞いて、また悲壮な顔になった。


「もちろん、このことはレオン様にも報告します。騎士団内に無用な混乱を招いたセシリアさんには追って処分が下るでしょう。そこは覚悟していてください」


 普段、優しそうな雰囲気のルネだが、シメるところはしっかりシメる。さすがはレオン直属の部下だと、私は内心感心した。



 ギリギリとセシリアは歯を食いしばった。

 こんな屈辱を受けるなんて……しかもあの(ジャンヌ)にっ!!


 セシリアはずっと異母姉のジャンヌが嫌いだった。それはまだ、彼女に出会うずっと前からだ。

 実父のアランが、セシリアの母と結婚する前に別の女と子供をつくり、家庭を築いていたことはセシリアも知っていた。


――でも結局、お父さまは私とお母さまを選んだのだから。


 捨てられた元妻と子供なんて、セシリアは歯牙(しが)にもかけなかった。


 しかし、その異母姉の存在が急に目障りになる時がやってきた。

 風の噂で、ジャンヌが王立魔法学校の特待生に選ばれたことを知ったのだ。それに目の色を変えたのはセシリアの実母だった。


――あんな女の子供に負けるんじゃありませんっ!!


 そう言われ、魔導士としてのスパルタ教育が始まったが、セシリアの才覚では特待生どころか、王立魔法学校にも入学することも土台無理だった。

 そのことで、散々実母から『落ちこぼれ』扱いされ、セシリアは育ったのだ。


 ただ、神童と呼ばれたジャンヌも、そのままエリートコースを突き進むことは困難だったようで、彼女には故郷(オルレア)に帰り小さな店を開くという――しょぼくれた未来が待っていた。

 それで溜飲(りゅういん)を下げたセシリアだったが……運命は彼女の思わぬ方向へ突き進んでいく。


 ピエトロ商会やプラジール病の件で、気付けばジャンヌはオルレアの救世主扱い。この国一番の魔法薬士――なんて呼ばれるまでになっていた。

 今では、このオルレアの街でジャンヌの名前を知らぬ者はいない。また、彼女が営む店もたいそう繁盛しているとのことだった。


――あぁ。こんなことなら、ジゼルと離婚するんじゃなかった。そうすれば、僕も救世主の父親扱いだったのに。


 実父アランがそんなことを口にし、まだ父に惚れている母はヒステリックになった。


――お前はどうして顔しか取り柄がないのっ!?


 そう責め立てられ、セシリアの自尊心は大いに傷つけられることになる。

 どうして自分がこんな思いをしなくてはならないのか――そう思うと、セシリアはまだ見ぬ異母姉が恨めしかった。


――しかも、あの女の娘は、侯爵家の子息でもある騎士団長に求婚されているらしいじゃないっ!!


 その母の言葉を聞いて、セシリアの中である暗い考えが浮かび上がる。


 私は若くて可愛い。男を手玉にとるなんてカンタンなこと。

 だから、お姉さまの相手も――と。


 そういった動機で、セシリアはオルレア騎士団に入団したのだった。

 そして、今。彼女は決意を新たにする。


 今の幸せから、お姉さまを引きずり落してやる。

 まずは騎士団長(レオン)だ。

 絶対に、絶対に。お姉さまから彼を奪ってやる。



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