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第73話 虚言(前編)

「ちょっと、ウィル!あなた休んだら!?」


 色白を通り越して、青くなったウィリアムの顔色を見て、マリアは声を上げた。

 ここ最近、ウィリアムの過重労働が酷いことは知っていたものの、まさかこんな風になっていたとは、とマリアは驚く。


 セシリアがやってきて以来、第七班の面々は仕事をサボりがちになり、隊長のブルースも頭を抱えていた。そして、その尻ぬぐいで、ウィリアムに負担がかかっているのである。


 そうでなくとも、ウィリアムは希少な黒魔導士という立場から、第七班以外の仕事も任されることが多い。少し前に『眠り姫』という店が検挙されたのだが、その調査にも彼が関わっているとマリアは耳にしていた。


「マリア……」

「あなた、このままじゃ過労死するわよ?」

「そんな大げさだな」

「大げさなものですか!」


 マリアの白魔法でウィリアムの疲労を回復することはできる。しかし、それはあくまで応急処置、一時的なことに過ぎない。

 結局、人間の健康には、よく食べて、よく寝ることが一番である。


 白魔法で無理やり体を回復させることは、長い目で見れば逆効果で、身体に負担をかけてしまうのだ。白魔法は病気やケガなどの非常用の手段であって、常時使うべきものではなかった。


 だから、マリアはウィリアムに休むように言う。


「ウィルが休まないのなら、私がブルース隊長に直談判に行くわ」

「えっ!?ちょっと、マリア!」


 慌てるウィリアムをよそに、マリアは鼻息荒く第七班の団員控え室に向かった。



 第七班の控え室に行くと、ブルース隊長が絶賛説教中であった。

 怒られているのは、セシリアとその取り巻きの男たち――計六名だ。


第七班(うち)の仕事は何も魔物討伐だけではない!どうして報告書がまだできていないんだ!?セシリア君にちゃんと頼んだはずだよね?」


 ブルースが厳しい顔で叱責すると、セシリアは大きな目を潤ませて、


「ごめんなさい……」


 しおらしく謝る。

 それを取りなすように、周りの男たちが彼女を庇った。


「セシリアはまだ慣れていないんです」

「そんなに怒らないでやってください」

「彼女なりに精一杯やっているんです」


 彼らの言葉を聞いて、ブルースの額に青筋が浮かぶ。


「お前たちもお前たちだっ!最近、たるんでおるっ!!業務時間内にぺちゃくちゃ喋り、仕事も終わっていないのにそそくさ帰るっ!!いったいどうなっているんだっ!?」


 ブルースの怒声に、周りの男たちもびくりと肩を震わせる。

 これはいい機会だとマリアは便乗することにした。


「ブルース隊長」

「君は医務室のマリア君か。それに、ウィリアムも……」

「医務室の白魔導士としてお話があります。どうして、ウィルばかりを働かせるんですか?どう見ても彼の負担が大きすぎて、健康に害が出ています」


 マリアはブルースに進言と言う形を取りながら、その目はセシリアと取り巻きの男たちを睨んでいた。

 お前らの不備の穴埋めをウィリアムがしているんだぞ――そんな抗議を視線に込める。


 男たちは気まずそうにしていたが、当のセシリアは他人事のような表情をしていた。

 それにマリアはさらに腹を立てる。


「医務室の人間として見過ごすことはできません!このことはレオン様にも報告させていただきます!」

「そんなっ!!」


 騎士団長の名前出した途端、素知らぬ顔をしていたセシリアの顔色が一変する。


「何の証拠があって、私がウィリアムさんに仕事を押し付けていたと言うんですか?そんな言いがかり……ひどい…」


 ほろほろと涙を流すが、同性にそんなウソ泣きが通用するものか。キッとマリアが目を吊り上げた。


「少なくとも、死人のような顔色をしているウィルを放っておいて、毎晩早々に飲みに歩いていることは証言できるわよ?」


 すると、セシリアや周りの男たちは弁明し始めた。


「そんなぁ。ウィリアムさんが勝手にやっただけで…」

「そうだぞ。俺らも別に、ウィリアムに仕事を押し付けていたわけじゃ…」


「はぁああああ!?」

「いい加減にしろ!」


 怒髪天を突く勢いのマリアの隣から、怒号が飛ぶ。

 怒りに震える声の主はブルースだった。


「お前たちが仕事をサボり、その尻拭いをウィリアムがしていたのは俺も把握(はあく)している!そして、後で言おうと思っていたが……このことはすでに俺の方から騎士団長に報告済みだ!」

「えっ……」

「次の査定が楽しみだな。最悪、解雇もあり得ると団長はおっしゃっていたぞ」


 ブルースの言葉に、セシリアも男たちも激しく動揺した。


「俺たちが解雇!?そんなことしたら騎士団もこの街も困るのでは……」

「確かに俺たち第七班は騎士団の中でも魔物討伐専門の特殊な班だ。だが、それだけで胡坐(あぐら)をかくとは情けない!働かない団員など、いらんということが分からんのか!」

「そんなっ…」

「団長は腕の立つ冒険者を第七班にスカウトすることも視野に入れている!俺もさんざんお前たちに注意してきたが、これが最終警告だと思えっ!!」


 そこまで言われ、セシリアも男たちもさすがに色を失った。

 一方で、ブルースはマリアとウィリアムに向き直る。


「このような失態を見せてしまい……すまない。全て、俺の管理能力不足だ。ウィリアム、お前には本当に迷惑をかけたと思っている。申し訳なかった」

「い、いいえ!ブルース隊長ができる限り気にかけてくれたことも分かっていますし」


 直属の上司に謝罪されて、ウィリアムは慌てた。


「ウィリアム。今日はもういいから、早退して体を休めてくれ。マリア君も……うちのウィリアムを気にかけてくれてありがとう」

「私は別に……」


 そう言って、わずかに頬を染めるマリアをブルースは微笑ましく見ていた。



 これでこの一件は、ひとまず終わった。

 ウィリアムの労働環境が改善し、体調も良くなるだろう――そうマリアは満足していた。


 だから、まさか()()()()()になるなんて思いもしていなかったのだ。



 数日後、マリアは階段を上って来るセシリアに気付いた。


 ここは一階と二階をつなぐ踊り場だ。

 他の顔見知りの団員なら挨拶するところだが、先日のこともあってマリアのセシリアに対する印象は最悪である。

 そして、それは向こうも同じだろう。


 マリアは何も言わず、セシリアとすれ違おうとした。そのとき――


「きゃああああっ」


 絹を裂くような悲鳴が聞こえたかと思うと、セシリアが階段から転げ落ちた。

 いったい、何が起こったのか……状況が分からず、固まるマリア。


 階段の下まで落ちてしまったセシリアは、上半身だけを起こす。その口元がにやりと笑ったような気がして……


「ひどいっ、ひどいわっ!マリアさん!!」


 泣き叫び始めるセシリアの声を聞いて、わらわらと人が集まり出した。

 それを階段の上から呆然とマリアは見下ろす。


 ドクドクドク。

 彼女の心臓は激しく音を立て、頬に汗が伝った。




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