第72話 面接
騎士団が介入し、『眠り姫』の店は検挙された。
あの店で魅了の魔法の被害にあった女性客たちは、白魔導士による治療を受けることになったらしい。
多くの場合、洗脳を解くには継続的な治療が必要だ。そのため、被害者たちが完全に救われたとはまだ言えない。
それでも、事態が良い方に向かっていることには確かだった。
これでララの友人であるエヴィも、ひとまず安心といったところだろう。
今後、騎士団はあの問題の香炉をどこで店側が手に入れたのか――それを調べていく方針だという。
さてはて。
『眠り姫』の店のことや『竜の仮面の魔導士』のことも心配だが、私は自分の店も気にしなくてはならない。
以前から、魔法薬の増産のため新しい調合室を建築中なのだが、その工程は順調だった。これに伴って、私は魔法薬を調合できる魔導士の求人募集をかけている。
前にも求人募集をしたことがあるので、分かっているつもりだったが、やはりこちらの望む人材を見つけ出すのは難しい。
改めて店に来てくれたニナと、彼女という逸材を紹介してくれたレオンに私は感謝した。
ところで、面接には色々な人が訪れた。
「初めましてぇ。キャサリンと申します。実はニナ先輩とは同じ店で働いていてぇ、すっごく仲良しだったんですよぉ。私、先輩のフォローとか色々していてぇ……」
以前、ピエトロ商会で働いていたという若い女性も応募してきた。派手なメイクと服装をした金髪の女性で、ニナのかつての後輩だとか。
ピエトロ商会が潰れてしまったので、今は他店で魔法薬調合の仕事をしていると言うキャサリン。
それで、どうしてうちの店の求人に応募してきたのかと聞けば、
「ジャンヌさんに憧れてぇ」
そう、にっこりと話す。
キャサリンは社交的な性格のようで、こちらの質問に答えつつ、抜け目なく自分を売り込むためのアピールをしていた。
魔導士としての知識も最低限はあるようだし、この性格なら接客も向いているだろう。
そんなことを考えつつ、私はキャサリンの手先を見る。彼女の手はつるりと美しく、長い爪には華やかなマニキュアが塗られていた。これを見て……
――あ、ないな。
私は即座に思った。
キャサリンは現在も薬の調合をしているというが、そんな長い爪でどうやって作業しているのだろうか。
おそらくロクに仕事をしていないだろう、と容易に想像できた。そうでなくても、衛生面でアウトだ。
そして、極めつけは面接に同席していたニナの様子。
キャサリンはニナと仲良しアピールをしていたが、キャサリンを見るニナの表情は硬かった。少なくとも、ニナがキャサリンを好意的に思っていないのは確かだろう。
というわけで、私の中でキャサリンの不採用が即決した。
たくさんの応募者と面接してきたのだが、私は採用を決めあぐねていた。
キャサリンのように即不採用となる人もいれば、「中々良いのでは?」と思う人もいた。ただ、採用をその場で決断できるほどの決め手がない。
そんな風に悩んでいたところ、やって来たのだが、モルダー薬種屋のイザックから「一度、会ってみてくれ」と紹介された男性だった。
「……シモンです」
イザックの推薦した男はそう名乗った。
声は低く、ぶっきらぼうな口調である。
シモンと対峙して、隣にいるニナが緊張するのが分かった。
というのも、シモンは魔導士とは思えないくらい、がっしりとした体格の男だったのだ。おまけに、強面で、目つきが悪い。
意図していないだろうが、そんな彼にじっとこちらを見つめられると、まるで睨まれているよう威圧感があった。
年頃は四十代後半くらいだろうか。
全くもって愛想がなく、にこりともしない。接客には絶対向いていないタイプである。
私はシモンに質問をした。
これまでの経歴や魔法薬の知識を問うものまで、質問の内容はさまざまだが、シモンはどれにも簡潔に返した。
彼の経歴については、事前にイザックから聞いていた通りだった。
これまでシモンは、東通りにある魔法薬店で働いていたらしい。その店のオーナーが急死して店を閉じることになり、彼も次の働き先を見つけなくてはならなくなったのだ。
シモンは十代の頃から、魔法薬製造の仕事に携わっていて、経験豊富だった。それは、私の尋ねた質問に答える彼の様子からもよく分かる。
また、シモンの手は荒れ、爪は短く切りそろえられていた。職人の手だ。
イザックが言うには、
「シモンは腕が良いし、悪い奴じゃない。ただ、そのおっかない面構えと無口すぎる性格が災いして、中々次の仕事を見つけられねぇんだ。うちで面倒を見てやりたいのは山々だが、今は人手が足りていてな……」
――とのことだった。
私は最後にこう問いかけてみた。
「あなたが仕事をする上で大切にしていることは何ですか?」
その問いに、シモンは即答する。
「お客様に安全で喜んでもらえる商品を作ることです」
その言葉を聞いて、私は彼を採用することに決めたのだった。
*
新しい調合室はまだ完成していなかったが、私はさっそくシモンに店で働いてもらうことにした。
思った通り、シモンは魔法薬について確かな知識と技術を持っていた。
普段無口な男だったが、仕事のことになると少し饒舌になる。
シモンと私は意見がぶつかり合うことも何度かあり、そういうとき彼は頑固だった。私たちは互いに納得するまで議論を重ね、その結果、思わぬ発見をすることもあった。
強面で不愛想なシモンに、母やニナは苦手意識を持っていたようだ。
しかし、彼が見てくれが厳ついだけの口下手で、根は真面目な正直者であることが分かると、徐々に慣れていった。
そんなある日、面倒ごとが起こった。
私の生物学上の父親、最低最悪の男アランが再び店にやって来たのだ。
「ジャンヌ、ジゼル!この通りだ!金をくれとは言わないっ!貸してくれないか!?」
母に文字通り箒で叩きだされたのに、めげない男だ。そのメンタルには感心する。もちろん、悪い意味で。
「お断りします。仕事の邪魔ですから、出て行ってください」
「あんたっ!また来たの!?」
私が冷たく言い放ち、母は目を吊り上げて怒るが、アランも必死なのか中々しぶとかった。
そう言えば、新しく始めた事業に失敗したと言っていたが、いったいどれくらいの負債を抱えているのだろうか。
まぁ……私の知った事ではないが。
アランはすがるように私と母を見て、泣き落としにかかる。
「本当に困っているんだ。助けてくれ」
「あなたに貸すお金なんて銅貨一枚もありません」
「そこを何とか……」
「絶対に嫌です。早く出て行ってください」
私と母、そしてアランが押し問答を繰り広げていると、店の奥からヌッとシモンが顔を出した。彼は私たちを見比べてから、低い声で言う。
「お客さん。騒ぎは困ります」
「だっ…誰だ?君は……?」
「お引き取りを」
「こ、これは僕たち家族の問題だから、他人の君の口を出すことじゃ……」
魔導士というより戦士のような大きな体と、厳つい顔。
そんな男に上から見下ろされ、威圧されたアランには、先ほどまでの勢いがない。
「お引き取りを」
「うっ、うるさい!た、他人が口を挟まないでくれ!」
精一杯の虚勢で声を上げたアランを、シモンは無言のまま睨み、それから深々とため息を吐いた。
シモンは、むんずとアランの襟首を掴む。
「ひっ!な、何するんだっ!?放せ、放してくれ!」
「……」
シモンはそのままズルズルとアランを店の入り口まで引っ張って行く。アランはシモンに抗おうとするが、体格差がかなりあるため無駄な抵抗にしかならなかった。
「ぎゃあっ!」
とうとうシモンがアランを店の外へ放り出す。それから、わざと凄みを利かせるようにこう言った。
「二度と来るな」
「っ!?」
弾かれたように逃げ出すアラン。
それを見届け、店内に戻って来たシモンを私たちは拍手で出迎えた。




