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第71話 再び忍び寄る影

 翌日から、私は香炉の調査を手伝いにオルレア騎士団本部へ通った。


 店での仕事もあるから非常に忙しく、睡眠時間がガリガリ(けず)れた――が、自分で言いだしたことなので仕方ない。

 ただ、私には睡眠時間よりも、もっと気がかりなことがあった。


 それは異母妹――セシリアだ。


 セシリアは私と交流したいと言う。

 しかし、彼女と繋がれば、その父親であるアランとも接点ができてしまうのは必至だった。その点を懸念して、私はセシリアの申し出を丁重にお断りさせてもらっていた。

 騎士団への魔法薬の納品についても、セシリアに会わないよう、今はニナにお願いしている次第である。


 しかし今回の一件で、私は頻繁に騎士団本部を訪れなければならなくなった。その際に、(はか)らずともセシリアと遭遇してしまうかもしれない。

 私には()()が必要だった。


 我ながら、ここまでセシリアを警戒するのは相手にも失礼だとは思うのだが、どうにも私は彼女に引っかかりを感じていた。おそらく、父親がああだから、色眼鏡で見てしまうのだろう。


 ただ幸い、今のところはセシリアと会わずに済んでいた。



 騎士団所属の魔導士であるウィリアムと共に、私は『眠り姫』で使われていた香炉を調べた。

 余談だが、ウィリアムは私以上に忙しいようで疲労困憊(ひろうこんぱい)の様子だった。それでもやるべきことはやらねばならない。

 私たちは互いに労をねぎらいつつ、調べを進めていった。


 さて、お香に使われていた香木は、市場にも出回っている東の国からの輸入品で、特に怪しいところはなかった。

 問題があったのは香炉本体だ。


 エキゾチックな雰囲気の香炉の内側を調べると、そこには()()が描かれていた。一見、紋様のように見えるソレを精査したところ、神秘文字だということが分かった。


 神秘文字は、今は失われた魔法――古代魔法で使われた文字である。

 私とウィリアムは古代魔法についての文献を片手に、さらにそれを詳しく調査していった。


 その結果――。



「『魅了』の古代魔法?」

「はい。正確には魅了の魔法をベースにした精神支配――いわゆる()()の魔法といったところでしょうか」

 

 私とウィリアムは二人そろって、レオンとルネに例の香炉の調査報告をした。

 香炉の神秘文字で描かれていたのは、とある術式で、それは文献にある『魅了』の古代魔法と酷似していたのだ。


「魅了と言うと、ウィリアムが持っているあの力か?」

「それに近いですね。ただし、香炉の方は精神支配の作用が強いですが…」


 ウィリアムが説明する。


 香炉に使われていたのは、女性のみに働きかけ、目の前の男性に惚れさせる魔法だと推測された。香を()くことで魔法は発動し、その匂いが届く範囲に魅了の効果を及ぼすのだろう。

 そして(たち)の悪いことに、この魔法は相手への恋愛感情を利用して、対象者を洗脳に近い状態にしてしまう。邪悪だが、高度な古代魔法だった。


 ちなみに、古代魔法の文献には今回とは逆で、『男性を女性に惚れさせる魅了魔法』なるものも存在することが記載してあった。


「言うなれば、あの香炉は『魅了の香』というわけか。『魅了の香』を()かれて、『眠り姫』の客たちは魔法にかかり、目の前の店員の言いなりになるよう洗脳された……と」


 レオンの言葉に、すぐに部下のルネが反応する。


(くだん)の店を調査しますか?」

「ああ、そうしよう。被害が広まる前に」


 二人の会話を聞いて、私はホッと胸を撫でおろした。

 あの『魅了の香』を接客業に使うことは、間違いなく法律に抵触(ていしょく)する。香炉が証拠になって、『眠り姫』の件は解決に向かうだろう。


 一方で、手放しには喜べないこともあった。


 私はこの場の皆の顔を伺い見る。その顔は一様に曇っていた。

 その理由は聞かなくても分かる。おそらく、私たちが考えているのは同じことだろう。


「古代魔法か……」


 苦々しくレオンが(つぶや)く。

 このオルレアの街では、以前にも古代魔法によって事件が引き起こされたことがあった。

 あの『竜人サマ』事件だ。


 そして、その背後にいたのは――。


「竜の仮面の魔導士……」


 シンと静まり返った部屋の中で、その一言は大きく響く。

 また、この街に例の魔導士の影が忍び寄っていた。



 ひとまず、香炉の調査が終わったということで、私は騎士団の手伝いから解放された。あとは、レオンたちが『眠り姫』の摘発に向けて動いてくれるだろう。

 自分の役目は果たせたと思う。それなのに一向に気分が浮かないのは、やはり『竜の仮面の魔導士』のことがあるからだ。


 ピエトロ商会の手先となって、多くの悪事に加担していた例の魔導士。今度はこの街で何をする気だろうか?

 それを考えると、ますます滅入ってしまう。


――せっかくの休みなのに、これでは勿体(もったい)ないな。


 そう、今日は休業日なのだ。

 何か気晴らしになることをしようか。

 そう思っていたところ、私を尋ねる者があった。


 マルグリットだ。


「あ!ジャンヌ、いた!」


 彼女は私を見ると、目を輝かせた。


「ねぇ、あの秘密の場所に行こうよ。ボクだけで行ったらダメなんでしょ?だったら、ジャンヌがついてきて」


 秘密の場所と言うのは、以前マルグリットが私に教えてくれた洞窟である。

 大樹の(うろ)から続く地下空間で、そこにはアカリ草と水晶茸が自生し、キラキラと煌めく幻想的な光景を作り出していた。


「一人で街の外には出てないんだね?えらい、えらい」

「えへへへ」


 私が頭を撫でると、マルグリットは気持ちよさそうに目を細める。何だか、子猫を撫でているみたいで微笑ましい。


 マルグリットの提案を、私は一考してみた。

 前に一度行ったきりであるが、とても美しい洞窟だった。あそこに行くことは、気晴らしにはもってこいかもしれない。


「じゃあ、一緒に行こうか?」

「やったぁ!」


 私の言葉に、マルグリットは元気よく跳ねた。



 今回はきちんと母に行先を告げ、私とマルグリットは東の森に向かった。

 手にはバスケット――簡単な昼食が入れてある――を持ち、何だかピクニック気分である。マルグリットもずっと機嫌が良かった。


 洞窟の中は相変わらず、神秘的な美しさで満ちていた。

 何をするわけでもなく、その光景を眺めるだけで退屈しない。『竜の仮面の魔導士』の件で、ささくれたっていた気持ちが()ぐ。


 私とマルグリットはその場に座り、サンドイッチと水筒のお茶を片手に、しばし目の前の景色を楽しんだ。


「ねぇ、ジャンヌ」


 おもむろに、マルグリットが口を開くと、彼女は確かめるように聞いてきた。


「この場所のこと、誰かに言ってないよね?」

「うん。マルグリットの秘密の場所なんでしょう?」

「そうだよ。ココを教えたの、ジャンヌが初めてなんだから」

「それは光栄だけれど、私に教えても良かったの?」

「うん。ジャンヌは特別だから」


 ふふ、と忍び笑いしたマルグリットは、その小さな頭を私の肩に寄せてきた。そのままこちらに体重をあずけてくる。


「ジャンヌと一緒にいると、懐かしい気分になれる」


 マルグリットはまだ小さな子供だ。正確な年齢を聞いたことはなかったが、おそらく七、八歳くらいだろう。

 そんな子供が『懐かしい』なんて言うから違和感があった。


「マルグリット。それはどういう……」


 どういう意味なのか――問おうとしたところ、マルグリットがすぅすぅと寝息を立てているのに気付いた。その幸せそうな寝顔を見れば、起こす気にもなれない。


 そうして緩やかに時間は過ぎて行った。




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