第70話 潜入調査(後編)
騒動の後、発煙の原因を調査するということで、この日の『眠り姫』の営業は終了してしまった。
それでそのまま、私たちは帰路につく。
「あの白い煙、あなたがやったの?」
店を出てしばらく歩いたところ、ララが尋ねてきた。私は頷く。
「『雲の実』という衝撃を与えると煙を吐き出す植物があるのですが、それを利用した魔法薬です。使用後は揮発し、消えてなくなるように作っているので証拠も残りません」
「へぇ。すごいわね」
「それより、ララさんの言っていたことが当たりましたね。あの『眠り姫』という店は魔法を使っていたようです」
「何か分かったの!?」
それで私は、『眠り姫』から持ち出した香炉を彼女に見せた。
「あの混乱のスキに、そんなことやっていたなんて……」
ララは驚きつつ、その香炉は何なのか聞いてきた。
「何かの魔法がかかっているのは確かですが、詳細はまだ分かりません。ただ、この香がたかれた後、客の様子がおかしくなりました。まるで人形のようになり、店員たちの言われるままになっていましたね」
「そうね。私たちは何ともなかったけれど。あなたの予防薬のおかげかな?」
「多分、そうだと思います」
「なるほどね。じゃあ、やっぱりエヴィは魔法で洗脳されていたの?」
「その可能性が高くなりました。とりあえず、この香炉を騎士団に持っていて調べてもらいましょう」
「素直に調べてくれるかしら?前は、ほぼ門前払いだったけれど」
ララは不満そうに鼻にしわを寄せた。余程、以前の騎士団の対応が癇に障ったらしい。
「今回は証拠があります。洗脳など、人の精神に影響を及ぼす魔法や薬は、法律で厳しく取り締まられていますから、騎士団も動いてくれるかと」
私の申し出に、不承不承ララは納得し、私たちはそのままオルレア騎士団本部へ向かった。
*
夜も遅い時間で、騎士団の緊急以外の受付窓口もすでに閉まっていたが、運よく私は顔見知りを発見することができた。
「ルネさん!」
私が声を掛けると、ルネはふり返り、それから私たちを見て不思議そうな顔をする。
「どなた様でしょうか?すみませんが、本日の一般受付は終了していまして」
「えっ……」
まるで初対面のような態度をとられ、私は思わず固まった。
ルネは私のことを忘れてしまったのか――怪訝に思い、それからハッとする。
そうだ、今の私はララに化粧をしてもらって、別人のようになっているのだ。服装もいつもと雰囲気がまるで違う。
自分はジャンヌだと、そう説明しようとしたところ、今度は私の方が声を掛けられた。
「まさか……ジャンヌ!?」
「あ、レオン様」
廊下の端にレオンがいて、彼は急いでこちらに駆け寄って来る。こんな遅くにレオンまでいるとは思わず、私は内心驚いた。
それにしても、彼には私がジャンヌだと分かるらしい。レオンの反応を見て、ルネが「えっ!ジャンヌさんですか!?」と驚いている。
レオンはこちらにやって来ると、マジマジと私を見てこう叫んだ。
「なんて格好しているんだ!?」
*
あれから、私とララはレオンの執務室に通された。
レオンは私のドレス姿が気に入らないらしく、「目に毒だから着て欲しい」とローブを手渡される。仕方なく、私はドレスの上からローブを羽織った。
「ジャンヌ!どうして、そんな破廉恥な格好をしているんだいっ!?」
真っ先に、レオンに問い詰められる。彼にとって、私が騎士団に来た理由よりも、格好の方が問題のようだ。
それにしても、言うに事を欠いて破廉恥とは……。
「人を痴女みたいに言うのはやめてもらえませんか?」
「だって!いつもの君はそんな格好しないじゃないか!」
そう抗議するレオンの顔はほんのり赤い。そんな様子の彼を見て、こそりとララが私に聞いてきた。
「誰よ?あの思春期男子メンタルの男は」
「騎士団のトップ。騎士団長サマですよ」
「えっ?嘘でしょ?」
確かに、ララが驚くのも無理はない。目の前のレオンからは、騎士団長の威厳が全く感じられないからだ。
そんな上司をフォローするべく、ルネが場を取りなすように言った。
「ところで、ジャンヌさんたちはどういったご用件で?」
流石はルネ。彼は本当に優秀なレオンの部下である。
やっと本題に取り掛かれると、私はララの友人エヴィと、『眠り姫』という店について説明した。
「つまり、その店では洗脳の魔法が使われていると?それは本当ですか?」
「私も半信半疑でした。なので、ララさんと一緒に直接店に乗り込んだのです。こんな変装までして」
「ああ。そういったわけで、そのような姿に」
合点がいったと、ルネがポンと手のひらを叩く。
私がさらに店の調査結果について話そうとすると、その会話に待ったをかける者がいた。
「ちょっと待て!」」
言わずもがな、レオンである。
「ジャンヌ。潜入調査なんて、そんな危ないことをしたのかい?何かあったらどうするんだ!?」
レオンは心なしか青ざめている。全く、赤くなったり青くなったり忙しい。
すると、ララがレオンを睨みつけた。
「どんなに訴えても、騎士団が全く捜査してくれなかったんだから仕方ないでしょっ!」
「うっ……それは申し訳ない」
ララの怒りも分かるが、騎士団は街の治安維持だけではなく、城壁の外の魔物退治にも対応しなければならない。
つまり、非常に多忙なのだ。
実際、レオンやルネがこんな夜遅くまで働いているのが何よりの証拠だろう。事件性の低い案件が切り捨てられるのも仕方なかった。
――よくよく考えれば、そんな忙しい合間を縫って、レオンはいつも店に来ているのか……。本部から店まで距離もあるのに。
それこそ以前は、頻繁に店にやって来るレオンをサボリ魔だと私は思っていた。騎士団の仕事はどうしたんだ、ちゃんとやれ――と。
けれども、彼に対する周りの団員たちの反応を見る限り、仕事はきちんとこなしているのだろう。そんな中で、何とか店に来る時間を捻出していたのだ。
――……。
なんだか胸がこそばゆい気がする――って、今はそんなこと考えている場合ではない。
私は気持ちを切り替えて、『眠り姫』から持って来た香炉を皆に見せた。
「これで香を焚いた途端、周囲の女性客の様子がおかしくなったんです。まるで、人形のように言いなりになってしまって。この香炉からは魔法の気配がします。おそらく、何か仕掛けがあるかと……」
その言葉を聞いて、急にレオンの顔つきが変わる。
「ジャンヌの推測が当たっていたら、マズいな。放っておいたら、どんどん被害者が増える可能性がある」
「はい。どうか騎士団でこの香炉を調べてもらえないでしょうか?もし、必要であれば私もお手伝いしますので」
「よし、分かった。早速、明日から取り掛かろう。ジャンヌ、もちろん君の協力もお願いする」
レオンがそう言って、騎士団でも『眠り姫』について調査してくれることになった。
その決定に、ララもホッと胸を撫でおろしていた。




