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第69話 潜入調査(中編)

 そのとき、今まで黙って事の成り行きを見守っていたアニーが口を開く。


「でも、ジャンヌがそのお店に行ったら、怪しまれるんじゃない?」

「え?どうして?」

「だって、あなた今や有名人だもの」


「有名人って……そんな大げさな…」という私の発言を遮って、コルネイユは難しい顔で否定した。


「確かに。『眠り姫』の中には、ジャンヌさんの顔を知っている者もいるかもしれませんな。となると……魔導士の来店に警戒して、尻尾を出さないということも…」

「ジャンヌ。魔法薬で誰か別の人間に()けられないの?」


 アニーが言っているのは、いわば変身薬だ。そして、人体の構造を作り変えるような真なる変身薬は、未だ開発されていない。現代の魔法技術では不可能である。


「幻想魔法を使えば、似たようなことはできるけれど…」


 私はアニーの質問に答える。


 変身薬の代替手段としてあるのが、相手に幻を見せる魔法だった。

 前に、蛇の魔物の偽装騒動があったが、あの時の犯人は幻術で自分を蛇の魔物のように見せていた。

 ちなみに、この幻想魔法というにも欠点はあって、精神系魔法に耐性のある者には効きにくいことが挙げられる。


 個人的には、わざわざ魔法まで使って姿を偽らなくても問題ない――と、私はそう思う。

 ただ、アニーとコルネイユが心配するものだから、それなら幻術を使おうかと考え始めていたところ、


「そんな必要はないわよ」


 ララが言った。


「そんなことしなくても、コレでどうとでもなるわ」


 そして、彼女は自分のバッグを(かか)げたのだった。



「え、うそ……」

「こりゃまた……」


 私の顔を見て、アニーとコルネイユは絶句していた。

 いったい何事かと、私はララの方を見る。なぜか、彼女は誇らしそうにしていた。


「ジャンヌ。あなた、鏡見なさいよ」


 アニーに言われて、私は手鏡を取り出して自分の顔を見た。

 そこには……


――誰?


 思わず、そう問いたくなるくらい別人の私がいた。


 実は、私はララに化粧を施してもらっていた。それで、いつもと印象を変えてもらい、変装の代わりということにしたのだ。

 ただ、化粧前と後の変貌ぶりが私の予想の範囲を超えていた。


「大したことはしてないわ。あなた、顔のパーツのバランスは元々良いのよ」


 私が戸惑っていると、ララが満足げに説明してくれる。


「だから眉をくっきり描いて、まつ毛をカールとボリュームアップさせて、口紅で唇をぽってりしてあげればバッチリよ」

「へぇ。ジャンヌって、お化粧でこんな色っぽい美人になるのね」

「女性は化粧一つで変わるというが、見事なものだのぅ」


 アニーもコルネイユも、ララの技量に感心しきった様子だった。それは私も同じである。


「ララさんのお化粧の腕前、すごいですね。もはや、化粧というより特殊技術の域なのでは?」


 これなら『眠り姫』で、万が一私を知る人物と出会っても、私だとは分からないだろう。


「これで『眠り姫』に乗り込みましょう!」


 気合たっぷりに、ララはそう宣言した。



 早速、その日の夜に、私はララと共に件の店――『眠り姫』にやって来ていた。


 服装もいつものものとは一変させて、私は派手なドレスに身を包んでいる。

 化粧で顔が派手になったのだから、服もそれに似合うようにするべき――というのがララの意見で、それには私も同意するのだが……。


――ちょっと、露出が多すぎないか?


 布面積が少ないので肌が見え、胸部分が強調されている。

 私がこのようなドレスを持っているわけがなく、ララのツテで借りたものなのだが……着替えていてサイズを間違えたのかと思ったくらいだ。しかし、ララが言うには「コレでバッチリ」らしい。


 露出の高さではララも似たようなものだが、私はこういった服に慣れていない分、居心地が悪かった。


「あの店よ。準備は良い?」

「あっ、ちょっと待って」


 店に乗り込もうとしたララを、私は慌てて止める。


「これ、飲んで」


 カバンから取り出したのは、液体の入った小瓶だ


「何、コレ?」


 ララはキョトンとしている。


 それは、解毒剤の一種だった。

 混乱や幻惑など精神異常状態を回復させることに特化したもので、その効果は『酔竜の果実』でおかしくなったレオンでも立証済みである。

 事前に飲んでおくことで、精神異常状態への予防効果も期待できた。


「この店が本当に洗脳魔法を使っていた場合の予防薬です」

「ああ、なるほど」


 私の指示に従って、ララは素直に薬を飲む。

 そして、私たち二人はいよいよ『眠り姫』へと乗り込んだ。



 黒いスーツに身を包んだ男に迎えられ、『眠り姫』の店内に入る。


 店の中は照明が抑えられていて薄暗い。ただ、その内装は思いのほか垢ぬけていてお金がかかっていそうだった。

 ララの事前情報通り、男性店員相手に会話と食事を楽しむ店のようだ。薄暗い店内のそこかしこに、楽しそうに話す男女の姿があった。


「初めてのお客様ですね。当店は美男ばかり(そろ)えております。どうぞ、夢のようなひと時をお過ごしください」


 客席に通された私たちは、黒服の男からこの店のシステムを説明される。

 とりあえず、ワンドリンクは注文しなければならないらしく、私はメニューを手に取った。そして、そこに書いてあったバカ高い酒の値段に目を見開く。


――席代だけでも高いのに、その上さらにお金をむしり取るのか。


 私が衝撃を受けていると、ララがこそりと耳打ちしてきた。


「こっちに来る金髪。アレがエヴィの男」


 確かに、金髪碧眼の若い男がこちらに近づいてくる。


「失礼します。お隣良いですか?」


 そう言って、金髪男は私の隣に腰を下ろしてきた。気づけば、ララの横にも違う男が座っている。一人の客に一人ずつ、男性店員がつくようだ。

 そして、幸か不幸か。私には問題の男があてがわれた。


「俺、リヒトって言います。君は?」

「エマです」


 私はとっさに偽名を口にする。


「エマちゃん、すっごい美人だよね」


 にこりとリヒトが笑った。


「俺のめちゃタイプの子が店に入って来たからさ。黒服に無理言って、この席に着かせてもらったんだ。これでも俺、この店で一番売り上げあるから、多少のわがままは許されていてね」


 私が何も聞かずとも、ペラペラと喋り出すリヒト。話が本当ならば、彼がこの店の一番人気ということか。


 私は目の前の男を観察した。

 身体がすらりとしている優男風だ。確かに、目鼻立ちは整っている。エヴィが言うには『この街一番のイケメン』らしい。


――これが街一番のイケメン?


 私の頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。同時に、とある人物の顔がよぎった。


「えっ、どうしたの?もしかして俺に見惚れてる?エマちゃんも俺のこと、タイプとか」

「ハハ…」


 曖昧(あいまい)に笑いつつ私はリヒトから視線を外し、目頭を押さえる。


 どうも最近、レオンによく会うせいか目が()えてしまったようだ。リヒトはイケメンだ、イケメン、と自分を納得させる。

 そう思って彼と接しなければ、普通の客じゃないと勘づかれるかもしれない。


 そんな失礼極まりないことを私が考えているとは思ってないのか、「あれ、照れちゃった?」とリヒトは都合よく勘違いしてくれたようだった。


 私とララは適当な(しかし、バカ高い)お酒を頼みつつ、担当の男性店員と話をする。

 その内容は特に怪しいところはなく、魔法的な何かを疑うものでもない。周りの女性客を見ても、普通に会話しているように見える。


――やはり、エヴィが単純にリヒトに惚れ込んで、いいように利用されているだけでは?


 そう思った矢先、不意に私の鼻先を何かがかすめた。

 この香りは何だと、違和感を覚えて辺りを見渡す。暗くてよく分からないが、室内がうっすら煙たい気がした。(こう)でもたいているのだろうか。


 そのとき、私は周囲の空気が変わっていることに気付いた。


 女性客たちはとろんとした目つきになり、店員に焦がれるまま、高いお酒をどんどん頼んでいく。会話自体は減って店内が静かになる中、注文の声だけが響いている。


 その異様な光景に、私は驚いた。


――まさか、この(こう)のせい?


 私は香りの出所を探ると、店内のあちこちに小ぶりな陶器の香炉を見つけた。


――アレに何かの仕掛けが?なんとか手に入れ……っ!?


 私は思わず声を上げそうになるのをグッと(こら)える。

 誰かがドレスの上から私の太ももを撫でているのだ。

 そして、いつの間にかリヒトの顔が目の前にあることに、私は気付いた。


「ねぇ。俺もボトルを入れて欲しいだけれど」


 耳元でそんなことを(ささや)きながら、リヒトの手が太ももからお尻へと伸びてくる。

 ぞわりと鳥肌が立った。これ以上は冗談じゃない!


 私はリヒトにバレないように、バッグに手をやる。そこから()()()を取り出し、店の床に転がした。


「……手をどけてもらえませんか?」

「アレ?エマちゃん。もしかして、あまり効いてない?」

「何の話ですか?」

「ううん。何でもないよ、コッチの話。大丈夫。効きが悪いんなら、俺が気持ちよくしてあげるから」


 そんな気遣い、断じて要らない。

 その言葉を呑み込んで、私は「あの」とリヒトに声を掛けた。


「お店の中が煙たくありませんか?」

「煙たい?ああ、それは(こう)のせい――!?」


 リヒトは辺りを見回して絶句する。

 いつの間にか、室内が白い煙に満たされているのだ。それが(こう)のものでないことは明らかだった。


「もしかして火事なんじゃ……」

「か、火事!?」


 リヒトの大声に、他の店員たちも店の異変に気付いた。

 火事という言葉に反応して、まだ(ほう)けている客を見捨て、彼らは自分たちだけが外へ逃げようとする。見下げた根性だ。


 パニックと化した店内――その混乱に乗じて、私は例の香炉を一つ(かす)め取った。




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