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第68話 潜入調査(前編)

 これは一種の修羅場というやつではなかろうか――私はそんなことを考えていた。


 異様な空気に包まれた店内。

 居たたまれなくなるような緊張感をよそに、赤子のマルセルは私の腕の中で、スヤスヤと小さな寝息を立てている。


――で。

マルセルの母親であるアニーはというと……。


 派手な格好の若い女性と向かい合い、(にら)み合っていた。

 二人の視線が空中でバチバチとぶつかっている。

 その後ろでは、女性の連れであるコルネイユ老人がオロオロしていた。


 いったい、どうしてこんな事態になってしまったのか。

 話は少し(さかのぼ)る。




 本日、サカキ魔法薬店は休業日だった。

 アニーが息子のマルセルを連れて遊びに来てくれていたのだが、そこへ訪問者がやって来た。

 それがコルネイユ老人だ。


 彼は困り顔で突然の訪問を()び、相談事がある(むね)を私に話した。

 コルネイユには、モルダー薬種屋を紹介してもらい、店の混雑を解消してもらった恩がある。だから「自分にできることなら」と私は快諾した。


「それは良かった」


 コルネイユはホッと胸をなでおろすと、振り返って声を上げた。


「おぅい、ジャンヌさんが相談に乗ってくれるそうだ」


 店の外に誰かいるのか――そう思って伺うと、コルネイユの背後から若い女性が現れた。派手な化粧と服装の女性だが、私には全く見覚えがない。


「実は、相談に乗ってもらいたいの、この子のことで……」


 コルネイユがそう説明しようとしたところ、


「あぁっ!!」


 急にアニーが声を上げ、女性の方を指した。


「あなたっ!あの時の!!」

「知り合いなの?」

「知り合いも何もっ!この人のせいで、私はデニスが浮気したって思ったのよ!」


 アニーのその発言を聞いて、「あっ」と私には思い当たることがあった。



 一年近く前、アニーの夫デニスが浮気しているのではないか――という疑惑が持ち上がったことがある。

 デニスは職人ギルドの付き合いで娼館に行き、接待した娼婦と後日バッタリ街で遭遇した。そのとき、アニーも一緒にいたのだが、娼婦の方が思わせぶりな態度をとったせいで、夫婦喧嘩に発展したのだ。


 ということは……つまり。コルネイユの連れであるこの若い女性が(くだん)の娼婦ということか。

 そんな相手と、予想外の場所で予想外の再会をしてしまい、アニーの心中は穏やかではないだろう。


 さて。アニーは私にマルセルを預けると、仁王立ちになって目の前の女を睨みつける。すると、女性の方もアニーを真っすぐ見返してきた。



 そして、現在の修羅場に至るわけである。



 互いに睨み合う二人の女。店の空気はピンと張りつめていた。

 どうやって、この場を取りなすべきか……私がそう思案していた時、派手な格好の女性の方が先に動いた。


「あの時は、ごめんなさい!」


 思いきりよく頭を下げる女性。

 予想外の彼女の反応に、私だけではなく、アニーも目を丸くしていた。


「言い訳にしかならないけれど、あの時は売り上げが思うように上がらなくてイラついていて……。そんなとき、幸せそうなあなたたちを見て、意地悪をしてやりたくなったんです!」

「それじゃあ、デニスとあなたは……」

「彼には酒場で給仕しただけです。()のお客さんじゃありません」


 この国のステレオタイプの娼館は、下が酒場。上が性的奉仕をする個室になっていることが多い。つまり、彼女が言いたいのは『デニスと寝ていない』ということだろう。


 女性の話を聞いて、アニーの肩の力がフッと抜ける。


 あの浮気騒動で、最後にはデニスを信じることにしたアニーだったが、やはり心の奥底では引っかかりを感じていたみたいだ。

 女性本人の口からデニスとは何もなかったことが分かって、アニーは心底安堵した様子だった。


「だったら、私が言うことはないわ。謝ってもらったし」


 アニーはにこりと笑って、私の手から我が子を受け取った。



 アニーとの一件が落ち着いて、私は女性の相談事に乗ることになった。


 彼女の名前はララ。この街の娼館で働いている。

 コルネイユの知り合いだという話だが、どういう知り合いなのかは、そっとしておいた方がいいだろう。


「実はこの子の友人がトラブルに巻き込まれたらしくてのぅ。それがどうも、魔法が関わっている可能性があるんじゃ。それで、是非ともジャンヌさんに話を聞いてもらいたくて」

「友達は仕事仲間で、エヴィって言います」


 コルネイユの言葉を引き継いで、ララが説明し始めた。


「最近、そのエヴィの様子がおかしくて……」

「どういう風に?」

「男に大金を(みつ)いでいるの」

「男って、そのご友人の恋人ですか?」

「エヴィはそう言っていたけれど、本当かどうか。とにかく胡散臭(うさんくさ)い奴で」


 ララの話を聞きながら、私は「単なる男女のイザコザか?」と考えた。世の中、どうしようもない男に貢ぐ女はいるものだ。逆もまた(しか)り。


 すると、ララが深刻そうな声音で言った。


「ジャンヌさんは、『眠り姫』ってお店知ってる?」

「眠り姫?いいえ、知りません」

「最近できた、一見したところは酒場なの。ただし、女性専用の」

「女性専用の酒場?」


 初耳である。


「そんなの経営が成り立つんですか?」


 私は半信半疑で尋ねた。


 現実は、女一人で食事に行くだけでも「はしたない」と口やかましい(やから)がいる世の中だ。それなのに、()()()()()を相手どって、利益など上げられるのだろうか。


「もっともな疑問ね」


 そう言って、ララはその『眠り姫』について詳しく説明してくれた。

 ララが言うには、それは接客が目玉の酒場らしい。男性店員との会話と飲食を対価に、女性客がお金を支払うのだ。


「男娼みたいなものですか?」

「基本的にお客とは寝ないって、エヴィは言ってたわ」

「えっ?それじゃあ、男性と話すためだけにお金を払うんですか?」

「娼館でも、女の子と寝ない客は来るけどね。身体の関係よりも、寂しさを埋めたいとか、そういうのを優先する人」


 ちらりとララはコルネイユに視線をやる。

 なるほど――と私は思った。


「エヴィは『眠り姫』に仕事の先輩に誘われて行ったの。ちょっと、強引な先輩で断れなかったらしくて。そして、そこで問題の男と知り合って付き合い始めたのよ」

「その男にお金を(みつ)いでいると?」


 ララは頷く。


 彼女が言うに、『眠り姫』には複数の男性店員がいて、それぞれが客を担当し、接待するらしい。

 客が頼む飲食代などが、その店員個人の売り上げになるそうだ。つまり、自分の客が高いものを注文すれば注文するほど、担当店員の利益も大きくなる。


「エヴィは男のこと、この街一番のイケメンだなんて惚気(のろけ)てた。その恋人の売り上げに貢献(こうけん)したくて、『眠り姫』に通い詰めているのよ」

「……それ、本当に恋人なんですか?本当の恋人ではないけれど、お客さんをそのように扱って、信じ込ませているだけでは?」

「私もそう思うわ。あの子、騙されているのよ」


 ララは語気を荒くした。


「でも、本来のエヴィは、そう簡単に騙されるような子じゃないの。娼館で働いているのだって、実家の宿屋を立て直すためよ。その大事なお金を男に(みつ)ぐなんておかしいわ。私が何を言っても聞いてくれないし!きっと、魔法か何かで操られているのよ!」


 ララはそう力説するものの、「うーん」と私は(うな)る。


 今の話だけでは、魔法が関わっていると断定することができない。むしろ、そのエヴィという子が恋に盲目的になってしまった可能性が高い。


「エヴィさんが魔法で洗脳されているとは、今の状況では言えないかと。洗脳の魔法って高度な黒魔法なんですよ。そんじょそこらの魔導士が使えるようなものじゃないんです」

「つまり、単にエヴィが男に惚れて入れ込んでいるって言いたいの?」

「誤解を恐れずに言うのならば……はい」


 私の言葉に、ララは悔しそうに唇を噛んだ。


「騎士団にも同じようなことを言われたわ。単なる男女の揉め事だから介入できないって……。私とエヴィが娼婦だという偏見もあったんでしょうけれど、全く取り合ってもらえなかった」

「しかし、ジャンヌさん。実はあの『眠り姫』という店では、他にもエヴィのようになっている女性客がたくさんいるって噂なんだ」


 そう言って、コルネイユは私とララの会話に入ってきた。


「騎士団に相手にしてもらえなかったララは、これから単身で『眠り姫』に突入しようとしているんじゃ。あの店でいったい何が行われているか、しっかり確かめたいと言ってな」

「えっ!」

「本来ならば、わしがララに同行してやりたいところ。だが、あの店は女しか入れんし、魔法に(うと)いわしでは役に立たない。かと言って、ララ一人で行かせるのも心配で……」


 つまり、コルネイユは、私にララと同行して(くだん)の店を調べてもらいたいのだろう。


 私はちらりとララを見る。

 エヴィというのは、彼女にとって余程大切な友人なのか。ララはずいぶん思いつめた様子だった。


――仕方ない。


「分かりました。私もララさんに同行しましょう」


 コルネイユはホッと胸を撫でおろす。


「ああ、助かるよ。もちろん、調査にかかる費用はわしが出させてもらおう。良かったな、ララ」

「はいっ!ありがとうございます」


 ララはきちんと姿勢を正し、こちらに向かって頭を下げた。




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