第67話 努力家たち
自分の恋にどうやら見込みがないことは、マリアにも分っていた。
後はどうやって、この恋心に終止符を打つか――それを考えるだけである。
レオンがオルレア騎士団長に着任してきたとき、街中が彼に注目していた。
彼は領主であるクローヴィス侯爵家の子息であり、また天才的な魔法剣士としてすでに有名だったからだ。
マリアも興味本位で、レオンの姿を覗きに行ったものである。そこで、彼女は一目惚れした。
燃えるような赤い髪と琥珀色の瞳――それに思わず目が奪われる。
背が高く容姿端麗な姿は、マリアにとっておとぎ話に出てくる王子様そのものであった。しかも平民にも気さくで、親切に振る舞う性格の良さ。まさに、マリアの理想の男性像である。
マリアには抜きんでた白魔導士としての素質があり、それを活かして医療院に勤めようかと考えていた。
しかし、レオンの姿を目にして、その気は変わる。
――あの方の下で働きたい!
そう思ったマリアは、騎士団に入団したのだった。
中々、レオンに会うことは叶わないものの、好きな人と同じ職場で働くことができ、マリアは日々を楽しく過ごしていた。
一目惚れという少々不純な動機で職を選んでしまったマリアだが、思った以上にやりがいを感じている。だから、自分の仕事は精一杯頑張っていた。
ただ一つ残念だったのは、どうやらレオンには想い人がいるらしいということ。
その類の噂を耳にしたとき、いても立ってもいられず、マリアはその相手のところへ突撃してしまった。
そう、サカキ魔法薬店の店主ジャンヌのところへ。
――今考えると、顔から火が出そうだわ……。
恋にのぼせ上っていたとは言え、なんて失礼なことをしでかしてしまったのか。マリアは過去の自分の幼さない行動を恥じる。
少し前までは、「負けてなるものか!」とジャンヌを恋敵に認定し、張り合ってきたマリアだったが、最近になってようやく気付いた。
レオンはいつもジャンヌしか見ていない。他になんて目もくれないのだ。
つい先日もこんなことがあった。
レオンを逆恨みした元騎士団員たちが、ジャンヌを誘拐したという脅迫状をレオンに送ったのだ。
実は、その人質はジャンヌの偽者で、元団員の恋人が魔法薬でジャンヌに見えるよう姿を変えていたらしい。最終的には、そのことに気付いたレオンによって元団員たちは成敗された。
なお、彼らは逮捕され、おおむね容疑を認めているという。ただ、今回使用された魔法薬については出所が未だよく分かっていない。
マリアが聞いて驚いたのは、ジャンヌの偽者を本人だと思っている間、レオンは犯人相手に抵抗らしい抵抗を全くしなかったことだ。
自分の身がどうなろうとお構いなし。ジャンヌの身を案じて、一方的な暴力にレオンは耐えていた。
それくらいジャンヌが大切なのだろう。
ここまでくると、あの二人の間に入り込む余地はないことが、嫌でもマリアには分かった。辛いが、そろそろ、この恋は断ち切るべきだとも。
さて、悔しいから絶対に本人には言わないが、マリアはジャンヌのことが嫌いではなかった。おそらく、レオンのことがなければ、好ましい同性として見ていただろう。
自分の仕事に誇りを持ち、自分が訴えられるリスクを冒して人のためにプラジール病の特効薬を作った。そして、巨悪に真っ向から立ち向かった。
この男尊女卑の世界で、強く生きるジャンヌの姿は同性から見てもかっこいい。そりゃあ、レオンも惚れるわけだと、マリアは納得できた。
――少なくとも、レオン様が好きになったのがあの女じゃなくて良かったわ。
そう考えるマリアの視線の先には、五、六人の男を引き連れて歩く美少女の姿があった。
少女の名前はセシリア。年齢はマリアとそう変わらない。
精霊魔法の使い手として、最近第七班に配属されたばかりの新人である。
そして噂によれば、セシリアはジャンヌの異母妹らしい。
――全然、似てないわ!
マリアはフン、と息を荒くする。
愛くるしく笑いながら、男たちとの会話に花を咲かせるセシリア。
周囲には、おしとやかなお嬢様と評判のセシリアだが、どこの世界に男に対してボディータッチしまくりの淑女がいるのだと、マリアは声を大にして言いたい。
そして、マリアがもっと我慢ならないのは、セシリアの隣で鼻の下を伸ばしている男たちだ。これがオルレア騎士団の中でも、魔物討伐に特化した精鋭部隊だというのだから、笑えない。完全に腑抜けている。
最近、第七班の団員控え室の方から、しょっちゅうブルース隊長の怒号が飛んでくるが、それも致し方ないと思える有様だった。
*
魔法の自主練習をしていたら、遅くなってしまった。
マリアは騎士団本部の長い廊下を早足で歩く。
皆はもう帰ってしまっていて、人気がない。この時間帯になったら、夜勤の団員くらいしか残っていないのだろう。
そう思っていたのだが……。
「え、灯り?」
思わず、マリアは足を止める。扉の向こうから、わずかな灯りが漏れ出ていた。
その部屋が何なのか確かめれば、『資料室』と書かれたプレートがある。
こんな所で、いったい誰が居残りをしているのだろうか。不思議に思ったマリアは、そっと資料室の中を伺った。
室内には黒いローブの男がいて、熱心に何かを読みふけっている。その男に、マリアは見覚えがあった。
第七班に所属している黒魔導士のウィリアムだ。
面識はあるが、さほど親しくはない相手である。以前に一度、サカキ魔法薬店へ行く道中に偶然出会ったが……。
今日のウィリアムはいつもと違ってフードを外していた。彼はいつも、顔が見られたくないのか、目深にフードをかぶっているのだ。
ただ、フードがなくても前髪が長いため、その顔はよく分からなかった。
――あんな風で目を悪くしないのかしら?
マリアがそんなことを考えていると、彼女の気配にウィリアムも気づいた。
「……誰?」
「邪魔してごめんなさい。医務室のマリアよ。こんな遅くに灯りがついていたから、気になって……」
「ああ、なるほど」
ふっと、ウィリアムが微笑んだ。それを見て、マリアは少し安心する。ウィリアムは気分を害したわけではないらしい。
「何をしているの?」
「討伐した魔物の資料の整理だよ」
「こんな遅くまで?まさか、第七班の人に押し付けられたの?」
マリアの声には険があった。
最近、第七班の面々はセシリアにのぼせ上り、浮かれている。あの様子じゃ、仕事にも身が入っていないだろう。
それで遅れてしまった仕事を、ウィリアム一人に押し付けているのではないか。マリアはそう思ったのだ。
――この人、なんか見た目で舐められそうだし。
そんなマリアの様子に、ウィリアムは苦笑した。
「まぁ、それは少しあるかな。最近の先輩たちは、セシリアさんに夢中みたいでね」
「あなたはそうじゃないの?」
「僕は彼女に興味ないよ」
それを聞いて、マリアの中でウィリアムの株が上がった。
彼はセシリアに惑わされず、真面目に仕事に励んでいるのだから。
「でも、ここまで遅くなったのは押し付けられた仕事のせいだけじゃない。少し、予習もしたくてね」
「予習?」
「うん。ここには過去に騎士団が討伐した魔物の記録が保存されているんだ。だから、次の討伐予定の魔物について調べていた。アスプっていう、まだ僕が戦ったことのない魔物だから」
ウィリアムは手にしていた紙の束を見せる。それがアスプという魔物の資料だそうだ。
アスプは大型の蛇の魔物で、猛毒の息を吐き、視線で獲物を眠らせることもできるらしい――とウィリアムはその魔物の情報を簡潔に説明してくれた。
「もしかして、いつもそうやって勉強しているの?」
「僕の役割では必要なことだよ。黒魔法は、『呪』を用いて敵の能力や健康状態を害する術だ。この力を効果的に発揮するためには、敵が何を得意で何を弱点としているのか――それを知っておくことが重要なんだ」
「そうなの?」
「分かりやすい例を挙げれば……そうだね。力自慢だが魔法の使えないオークに、魔力低下の『呪』をかけても意味がないし、鈍足で知られる人喰い亀の敏捷性を損なったところで、あまり効果的とは言えないだろう?」
「なるほど」
ウィリアムの話を聞いて、マリアはすっかり感心した。
ダサい格好をしている魔導士としか思っていなかったが、こうやって陰ながら努力していたのだ。
「努力家なのね」
「君だってそうだろう?こんな時間まで残って、魔法の修練かな?」
「当たり。だって、私の白魔法が上達すればするほど、皆が助かるわけでしょう」
「ああ、そうだね」
その時、空いた窓の隙間から夜風がふわりと室内に入ってきた。
風で髪がなびき、前髪に隠されていたウィリアムの目元が露わになる。
――へぇ。けっこう、きれいな顔をしているのね。
マリアがそう思っていると、ウィリアムは窓を閉め、資料まで片付け始めた。
「もういいの?」
「ああ。大体の内容は、頭に入ったよ。それより君、家はどこ?近くまで送って行くよ」
「えぇっ!?」
「そんなに驚くことかな?オルレアは比較的治安が良いとはいえ、夜道を女性一人で帰すわけにはいかないだろう?」
「あ、うん。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そんな風に答えながら、マリアは自分の胸が少しドキドキしているのを感じた。




