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第66話 オルレア騎士団の新人(後編)

 レオンは無言のまま私たちの方に歩み寄ると、じろりと私の腕を掴んでいる男を見下ろした。


「いつまで(つか)んでいるつもりだ?」


 低い声でそう言われ、慌てて男は私の腕を解放する。

 余程強く掴まれていたのか、私の腕は赤くなっていた。内出血していなければいいけれど。

 レオンはそんな私の腕を見て、眉間にしわを寄せた。


「女性に暴力をふるったのか?騎士団の団員としてあるまじき行為だぞ」

「す、すいません……つい、カッとなって……」

「どうして、こんなことになっているんだ?」


 レオンに詰問されて、ウィリアムが事情を話す。

 私とセシリアが姉妹であること。

 セシリアが私との交流を望み、私は父親と接点を持ちたくないと、それを断ったこと。

 そして、セシリアがショックを受けて泣いてしまったこと。


 それらをウィリアムが説明すると、セシリアの連れの男たちが騒ぎ始めた。


「ずっと姉に会いたいと思っていたのに、その想いをセシリアは無碍(むげ)にされたんです!」

「いくら父親を恨んでいるからって、妹にまで冷たく当たるなんて酷すぎます!」

「セシリアが可哀想です!!」


 口々に言いつのる男たちの声をレオンが遮った。


「そんなの当人同士の問題で、部外者のお前たちが口をはさむことではないだろう!」


 強い語気でそう言われ、男たちはひるむ。


「そもそも、お前らはジャンヌの父親が彼女とその母親にしたことを知っているのか?」


 レオンが尋ねると、男たちは顔を見合わせた。どうやら、詳しい事情は知らないようだ。

 自分の家庭事情を口外するのは(はばか)れるが、これ以上外野にああだこうだ言われるのは御免である。

 私は彼らに、私と父のことを説明した。


「アランという私の生物学上の父親は、病床の母と幼い私を捨てて、ある日突然いなくなりました。母は病気で働けず、私もまだ幼過ぎた。私たちは明日食べる物にも困る日々を送りました。運が悪ければ、そのまま野垂れ死でいたと思います」


 思った以上に酷い話だったのか、男たちの顔色が悪くなる。

 そこに追い打ちをかけるように、レオンは言った。


「加害者ではなく、加害者家族を責めたり恨んだりするのは筋違いだ。しかし、被害者に加害者家族と仲良くするように言うのは違うだろう?しかも、ジャンヌはセシリアを非難しているわけじゃない。加害者である父親とこれ以上接点を持ちたくないという気持ちは、被害者として当たり前の感情だ」


 騎士団の仕事はなにも魔物討伐だけではない。犯罪を取り締まり街の治安を守るのも彼らの仕事だ。当然、犯罪の加害者側と被害者側の人間に向き合うことは多々ある。

 そういった例を出されて、セシリアの連れの男たちもようやく私の気持ちを察してくれたらしい。

 彼らはこちらに謝罪してきた――すると……。


「ごめんなさい」


 そっと、セシリアがレオンの腕に触れた。


「皆は私のためを想って言ってくれただけなんです。私がわがままを言わなければ、こんな騒ぎにならなかったのに……」


 大きな瞳に涙を溜めて、セシリアはレオンを見上げる。


「……そうだな」


 レオンはその手をやんわり払いのけた。



 私とウィリアムはレオンに連れられて、彼の執務室にやって来た。とりあえず私は、先ほどの件についてレオンに礼を言う。


「上手くとりなして下さってありがとうございました」

「いや。こちらこそ、うちの団員が済まない。彼らはウィリアムと同じ第七班の者たちだよね?」


 レオンが確かめると、「その通りです」とウィリアムは頷いた。


「なんだか、様子がおかしくなかったか?第七班の面々はあんな風だっただろうか?」

「身内の悪口は言いたくないのですが……セシリアさんが加入してから、皆浮足立っていますね。必要以上に、彼女を褒めたり、甘やかしたりしています」

「まぁ……男所帯に若い女性が入ればそうなるのかな……?」

「そうですね。第七班で初の女性団員ということもあって、先輩たちは心待ちにしていました。そんな所に現れたセシリアさんがあの容姿だから、さらに拍車がかかったというか……」

「容姿?」


 コテンと首をかしげるレオン。

 この男、あの美少女を見ても何とも思わなかったのだろうか。


「ストロベリーブロンドの髪に菫色の瞳をした、お人形さんみたいな可愛らしい子だったでしょう?」


 私が言うと、「そうかな?」とレオンはまた首をひねった。


「俺は銀髪や青い眼の方が良いと思うけれど」

「……」


 真顔でそんなことをのたまうレオンに、私は閉口する。

 ちなみに私は白に近い銀髪の碧眼だ。

 どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、セシリアの方が私よりずっと容姿に優れていると思うのだが……どうやらレオンは特殊な目玉の持ち主らしい。


「ふふっ」


 思わずといった様子でウィリアムは笑いをこぼし、「失礼」と咳払いした。


「多少、浮かれるのは良いが任務に支障をきたすようでは困る。そうでなくても、第七班の任務は危険なのだから」

「そうですね。ブルース隊長が何度も注意しているのですが……」

「俺の方からも、ブルース隊長に念を押しておこう。気の緩みは大怪我に(つな)がるから」


 そう話すレオンの顔は真面目そのものだ。

 こうして見れば、ちゃんと有能な騎士団長に見えるし、実際レオンは優秀なのだろう。若くして、しっかりオルレア騎士団をまとめているのがその証拠である。

 なぜか私は、彼の()()な面を目にすることが多いのだが……そこは深く追及はしないことにしよう。



 (うち)に帰ると、私はどっと疲れを覚えた。


――まさか、異母妹に会う日が来るとは……。さすがに驚いた。


 セシリアは一見したところ、普通の少女だった。そのように映ったのだが……私は彼女に少し引っかかりを覚える。


――何だか雰囲気が似ているんだよね…。



 私の頭に浮かんだのは、王立魔法学校にいた頃の、ある女子生徒の姿だった。

 彼女は上流階級の令嬢で、平民の私が特待生であることを良く思っていなかった。それで、彼女は身に覚えのない私の悪評を広めてきたのだ。

 その悪い噂にはいつも共通点があって、令嬢が被害者、私が加害者の立場というものだった。


 令嬢は私を悪者に仕立て上げるのに必死というようで、その目に涙を浮かべながら、私にされたこと――もちろん、まったく心当たりがない――を皆に訴えていた。

 その話を信じた生徒に、私が責められることもあったが、私は淡々と「心当たりがない」(むね)を話し、もし令嬢の話に矛盾があればそこを突いた。


 それを何度も何度も繰り返していくうちに、周りの人間も令嬢に違和感を覚え始めた。焦った令嬢はまた嘘を吐くのだが、嘘を重ねれば重ねるほど、矛盾は大きくなっていく。しょせんは子供の浅知恵だったし、令嬢は嘘を吐くのが上手くなかったのだ。


 徐々に令嬢の周りから人がいなくなり、ついには誰も彼女の話を信じなくなってしまった。そして、気付けば彼女は退学していたのである。

――そんなことを私は思い出した。



 セシリアからは、(くだん)の令嬢と何かしら似た臭いがする。

 もっとも、それはあの自称父親のことがあるので、色眼鏡で私がセシリアを見てしまっているかもしれない。だとしたら、申し訳ないことだ。


 いずれにしろ、セシリアには近づかないでおこうと私は改めて決意した。当分は、騎士団への魔法薬の納品もニナに代わってもらった方が賢明だろう。

 セシリアが良い子にしろ、腹に一物を抱えた人間にしろ、私が近づけば面倒が起こるだけなのだから。




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