第65話 オルレア騎士団の新人(前編)
いつものように、私はオルレア騎士団に回復薬等の魔法薬を納品していた。担当者であるウィリアムが、その数と内容を確認してくれる。
「はい。間違いありませんね。いつもありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
私はそのまま踵を返そうとしたのだが、ふと気になって、ウィリアムに尋ねてみた。
「あの……レオン様のお身体の調子はいかがですか?」
ダニエルとかいう元団員が、私を餌にレオンを罠にはめたのは、つい二日前のことである。私を人質にとられたと思ったレオンは、何の抵抗もせず、一方的な暴力に耐えていたらしい。
もっとも、レオンは途中でその人質が偽者だと気付いたようで、自らの手でダニエルたちに制裁を加え、事件は解決した。私がレオンの下に駆けつけた時には、全てが終わった後だった。
レオンは命に別状はなかったものの、あの時は本当に肝が冷えた。あんなズタボロな彼を見たのは私も初めてだったから。
後からルネと一緒にやって来た白魔導士マリアによって、しっかりレオンの傷は癒されたはず。しかし、やはり彼の様子が気になる。
それで、私はウィリアムに尋ねてみたのだが……
なぜか、ウィリアムはパチクリ目を瞬かせていた。
「ジャンヌさんがレオン様のことを気にされるなんて……意外です」
「……」
彼の中で、私はどれだけ冷酷な女なのだろうか。
……いや、確かにこれまでのレオンに対する振る舞いを省みれば、そう思われても仕方ないかも。自業自得だろうか。
くすりとウィリアムは笑った。
「レオン様はお元気ですよ。せっかくだから、会いに行ってはいかがですか?あなたの方から尋ねたら、大喜びされますよ」
「いや、それはちょっと……」
そんなことをウィリアムと話しながら、廊下を歩いていた時、後ろから声がした。
「えっ?あの人がサカキ魔法薬店の店主さんなんですか?」
高く可愛らしい女性の声だ。
振り返ると、廊下の先に一人の少女と数人の男性団員がいた。
少女の年頃は十代半ば、私よりも四つか五つ年下だろうか。その彼女の顔を見て、私は少し驚いた。
かなりの美少女だ。
道で歩いていれば、思わず振り返ってしまう者がいるくらい。ストロベリーブロンドの髪に、菫色の瞳を持った、まるでお人形のような女の子だった。
その彼女が私を見ると、花が咲いたように笑い、こちらに近づいてくる。
え?私に用なのだろうか、と私は戸惑う。
少女と面識はないはずだが、単に私が忘れているだけだろうか?こんな可愛らしい子だから、一度会ったら、忘れなさそうなものだが……。
そして少女はこう口にした。
「はじめまして。お姉さま」
「……は?」
予想外の出来事に、私は固まった。
*
少女の名はセシリア。
つい最近、このオルレア騎士団の第七班――ウィリアムも所属している班だ――に加わった魔導士だ。
精霊魔法を得意とし、それによって他の団員たちを後方からサポートしている――ということを、隣にいるウィリアムが小声で教えてくれた。
なるほど、目の前の可憐な少女が騎士団の新入りだということは分かった。
私が分からないのは、いや……分かりたくないのは、どうして彼女が私のことを『お姉さま』 などと呼ぶか、である。
「……私に姉妹はおりませんが」
とりあえずそう言ってみると、セシリアは上目遣いでこちらを伺ってきた。
「お父さまから聞いていませんか?あなたには異母妹がいるって……」
「お父さま……?」
頭によぎったのは、つい先日の嫌な出来事。
私の父親を自称する最低最悪男が店に乗り込んで来た一件である。
「まさかとは思いますが、あなたの言うお父さまというのは、アランと言う名の男ですか?」
すると、セシリアはパッと顔を輝かせた。
「そうです!そうです!アランは私のお父さまの名前。そして私とあなたは血のつながった姉妹なのです」
――やはり、そうか。
私は頭を抱えたい思いだった。
何とも形容しがたい気持ちになる。
そんな私の心中を知ってか知らずか、セシリアは朗らかに話を進める。
「子供のころから私には姉がいると、そう聞いていました。とても優秀で、あの王立魔法学校の特待生にまで選ばれたとか。そして、今では誰もが知るオルレアの街の救世主です!私、そんなお姉さまにずっと憧れていたんです」
感動しているのか、大きな瞳を潤ませてセシリアは私を見つめてくる。
そんな彼女の様子を微笑まし気に連れの男たちは眺めていた。
「お姉さま。どうぞこれから私と仲良くしてやって下さい」
そう言って、こちらに手を伸ばすセシリア。友好の握手を求めているのだろう。
しかし、私は――
「ごめんなさい」
その手を取らず、深々と頭を下げて謝った。
途端に、周りの空気が凍り付く。
「ごめんなさいって……え?私と仲良くしては下さらないのですか?」
「申し訳ありませんが、その通りです」
「私が何かしましたか?」
「いいえ。あなたには非がありません。ただ、私が個人的に、少しでもアランという男との接点を持ちたくないのです。あの男と関わり合いになりたくない」
「そんなっ……」
断られてショックだったのか、セシリアの瞳にみるみる涙が溜まっていく。それを見て、私も多少心苦しくなった。
確かに、セシリア自身に非はない。しかし、彼女と交流すれば、遅かれ早かれあの男がまた接触してくるだろう。
あんな最低最悪男とは、二度と会いたくないのが本音だ。
自分が悪者になろうとも、そこだけは私も譲れなかった。
「お父さまのことを恨んでいらっしゃるのですね?」
「ええ。まあ……」
「でも、お父さまと私は別の人間です。そこを切り分けて考えて下さいませんか?」
「先ほども言いましたが、あなたに非はありません。それは私も分かっています。しかし、私は少しでもあの男との繋がりを持つのが嫌なのです。だから、あなたと仲良くすることはできません」
私が再度しっかり断った途端、セシリアは顔を両手で覆って泣き始めた。そんな彼女の姿を見て、周りの男たちが非難の言葉をこちらに向かって吐いてくる。
「セシリアは何も悪くないだろっ!」
「可哀想に。セシリアは姉を慕っているだけじゃないか」
「感じの悪い女だな。オルレアの救世主とか何とか言われて、良い気になっているんじゃねぇか?」
「……何を言われても、彼女と交流することはできません。申し訳ありません」
それだけ言ってしまうと、私はこの場から立ち去ろうとした。
しかし、怒ったセシリアの連れの一人が、私の腕を掴んでくる。
「――っ」
「話はまだ終わってないだろう!?」
加減のない力で腕を握られて、私は顔をしかめた。
慌てたウィリアムが、その男を止めようとしてくれる。
「ちょっと、先輩!乱暴は止めて下さい!」
「うるせぇ!お前はどっちの味方なんだ?セシリアは俺らの仲間なんだぞ!」
「ジャンヌさんには、ジャンヌさんの事情もあるんですからっ!とにかく、手を放して!」
そうやって、もめていたところ、朗々とした声が廊下に響き渡った。
「いったい、何をしているんだ?」
現れたのはレオンだった。




