第64話 人質(後編)
一方的な暴力に、レオンは歯を食いしばって耐えていた。
反撃したいのは山々だが、ジャンヌという人質がいる以上手出しできない。
また、レオンはダニエル達に魔法の一切を禁止されていた。ゆえに、自身に身体強化の魔法もかけらず、レオンは本当に生身のまま殴る蹴るの暴行を受け止めなければならなかった。
レオンはダニエルに囚われているジャンヌを見た。
彼女は大粒の涙をこぼし、震えている。
何とかダニエルの隙をついて、ジャンヌを救出したいところだが……。
「もうやめて……やめてよ……」
ナイフを顔近くに向けられているジャンヌは、ろくな抵抗もできず、ただ怯えて涙を流している。
――ん?
そのとき、レオンは奇妙な違和感を覚えた。
今まで頭に血が上って気付かなかったが、自分のよく知るジャンヌと目の前の彼女の間に解離があるのだ。この二つの人物像が上手く結びつかない。
――いや…。顔も声も、確かにジャンヌなんだけれど……。
レオンはそう思う反面、胸にひっかかるものがあった。
彼の知るジャンヌは、どんな危機の場面でも諦めず、自分の出来得ることを考えて行動に移すタイプだ。怯えて何もできず、ただ泣いているような女性ではない。
それこそ、大人しく捕まっているのではなく、無詠唱で『灯り』の魔法でも発動させて隙を作り、ダニエルの拘束から抜け出そうとするだろう。
一度、疑念が生じると、レオンの中でそれはドンドン大きくなっていった。
その時、ダニエルはジャンヌのブラウスに手を掛けた。布が破ける音と共に、ジャンヌの悲鳴が上がる。
ダニエルは歪な笑みを浮かべて、こう言った。
「騎士団長のせいでお前は酷い目に合うんだ。恨むなら、コイツを恨めよ」
「やめ――ッ!?」
まさに自分の目の前で、辱め受けようとしているジャンヌ。たまらず、抗議の声をレオンが上げようとしたとき、不意にある匂いが彼の鼻をかすめた。
レオンの鼻先に漂ってきた香り――それは香水だった。
女ものの、華やかな匂いがする。おそらく、これは目の前のジャンヌが付けているもので……。
――ブオォオッ!!
瞬間、突風が吹き抜けた。
「ぎゃあっ!」
「ぐえっ!」
レオンに暴行を加えていたダニエルの仲間たちは、レオンが放った『疾風波』の魔法をまともに食らって、吹き飛ばされる。
そうして、レオンは立ち上がると、ゆっくりとダニエルとジャンヌの方に歩み寄った。
突然のレオンの反撃に、ダニエルは混乱した。
ジャンヌを人質にとられたレオンはこれまで全く抵抗を見せなかったのに。急にどうして――と、彼は慌てふためきながら、声を上げる。
「おいっ!止まれ!でないと、この女を殺すぞ!俺は本気だ!」
レオンはそんなダニエルには構わず、冷ややかにジャンヌを見下ろした。
それから地を這うような低い声で尋ねる。
「お前……ジャンヌじゃないな?」
レオンのその言葉を聞いて、ダニエルもジャンヌの偽者も恐怖におののいた。
*
「まったく……まさかジャンヌの偽者に騙されるなんて」
ぶつくさ文句を言いながら、レオンは廃墟を覆っていた植物の蔓でダニエル一味を縛り上げていた。縄の代用品として使ったが、中々しっかりした太い蔓である。それを何重にも彼らの体に巻き付けた。
ジャンヌが偽者と分かると、レオンの行動は早かった。あっさり、ダニエルを叩きのめす。
その様子を見て、恐怖のあまりジャンヌの偽者は意識を失った。途端に、彼女の姿が変わる。そこにいたのは、ジャンヌには全く似ていない派手な化粧の若い女だった。
どうやら変身用の魔法を使っていたようだが、気絶した拍子にそれが解けてしまったらしい。
結局、女はダニエルの仲間で、魔法でジャンヌを演じていたのだ。それにまんまとレオンは引っかかったというわけだ。
姿かたちはジャンヌそのものだったし、偽者が涙を流す様子など、迫真の演技でまるで女優のようだった。
おそらく、誰であっても彼女が偽者と見抜くのは難しかったはずだ。けれどもレオンは、どうしてもっと早く気付けなかったのかと、己の失態を嘆いていた。
あの女からは化粧と香水の匂いが漂っていた。
ジャンヌはほとんど化粧をしないし、香水もつけない。彼女からするのは、少し薬草っぽい、レオンにとって心安らぐ香りだ。
「いてて。俺もまだまだ未熟だな」
体の節々が痛んで、レオンは思わず顔をしかめた。
頑丈が取り柄の彼だが、長時間殴る蹴るの暴行を受けたので、さすがに怪我もする。口の中も切れてしまった。
ただ、それでも命に別状はなく平気で歩き回れるのだから、やはりその頑強さは人間離れしていると言えるだろう。
怪我を治したいのは山々だが、あいにくレオンは白魔法が大の苦手だ。
こんなとき、愛しいジャンヌがここにやって来て、自分を治療してくれたら……なんてレオンが妄想していたところ、
ジャンヌが降ってきた。文字通り、空から。
レオンは目を丸くする。
「レオン様、ご無事ですか!?」
慌ててこちらに駆け寄って来るジャンヌを見て、レオンは自分の頭がおかしくなったのかと一瞬思った。ダニエルたちに散々痛めつけられたせいで、都合の良い幻覚が見えるようになったのではないか。そう自身の目と頭を訝しむ。
「傷だらけじゃないですか!すぐに手当てしますから」
「……」
「レオン様?」
レオンは無言のまま、自分の頬をつねった。
「痛い」
「……何をやっているんですか」
心配そうだったジャンヌが、急に冷めた目つきになる。そして、彼女からは懐かしい薬草のような香りがした。
「本物だ!」
大喜びでレオンはジャンヌを抱きしめる。
「ちょっと!レオン様、放してください!早く白魔法で治療をっ!!」
ジャンヌは抗議するものの、レオンは離れない。
さりとて、さすがのジャンヌも満身創痍のレオンを強く拒絶することはできないようで、ただただ困っていた。
さて、ジャンヌに遅れて、ルネと騎士団の面々が廃墟に駆けつけた。その中には、負傷しているだろうレオンを治療するために、騎士団所属の白魔導士マリアの姿もある。
そんな彼らが目にしたのは――
呆れ顔のジャンヌと、上機嫌で彼女からの手当てを受けるレオンだった。




