第63話 人質(中編)
地に伏せるレオンを前にして、ダニエルは、こみ上げてくる笑いを禁じ得なかった。
ダニエルとその仲間の三人は、以前はオルレア騎士団に所属していた。
その当時、レオンへの当てつけのため、ダニエルはジャンヌに目を付け、彼女を口説き、さらには無理やり事に及ぼうとしていた。しかし、それは実行する前に、レオンに計画が露見してしまったのである。
稽古と称して、レオンはダニエルたちに決闘を持ちかけた。勝てば見逃してやる――そう言われて、ダニエルたちはそれを受ける。
相手はレオン一人なのに対し、ダニエルたちは三人。三対一という圧倒的有利と思われる条件だった。
しかし、待っていたのは勝負とも言えないもの。レオンの圧倒的な力の前に、ダニエルたちは為すすべもなく、一方的に打ち負かされた。
その上、過去に遡って素行調査まで行われ、ダニエルとその仲間の起こした数々の女性問題や暴力沙汰が明るみになった。
結局、それを理由にダニエルたちはオルレア騎士団を解雇されるハメになったのである。
以来、ダニエルたちは冒険者として、魔物の討伐や素材採集の依頼をこなし、何とか食いつないでいた。騎士団に所属していた頃に比べて、労力に見合った報酬が得られず、苦労する毎日を送っている。
「くそっ!」
「どうして俺らがこんな目にっ!」
「それも全て騎士団長のせいだ!!」
ダニエルたちは暗い復讐心を燃やしていた。
それが完全な逆恨みだと、冷静に己を省みることのできる者は彼らの中にいなかった。
そんな折、三人が場末の酒場で安酒をあおっていると、不思議な老人に出会った。その老人は、ダニエルたちの話をよく聞き、それからある復讐計画を提案してくれた。
――騎士団長が執着しているサカキ魔法薬店の女店主を人質にとれば良い。そうすれば、いかに化け物じみた強さを誇る騎士団長でも、手も足も出せないだろう。
計画に必要な物は老人が用意してくれるというので、ダニエルたちは話に乗ることにした。そして、その結果が今目の前にある。
*
「――っ」
「それ以上はやめてっ!死んでしまうわっ!!」
苦しそうな男の声と、女の泣きわめく声。
ダニエルの前には、血を吐くレオンの姿があった。
レオンは殴る蹴るの暴行を加えられても、何一つ反撃しようとはしない。
なぜなら、ダニエルがレオンの想い人の体を拘束し、その首元にナイフを突きつけているからだ。少しでもレオンが妙な真似をすれば女の命はないと、ダニエルは脅していた。
こうも簡単に、レオンを潰すことができるとはダニエルも思わなかった。
あの時とは反対に、今度はレオンの方が一方的な暴力にあっている。それがダニエルには痛快でならない。
ダニエルとその仲間たちの顔には、歪んだ笑みが張り付いていた。
「ヒャハハハッ!いい気味だ!俺らが味わった屈辱を思い知れっ!!」
廃墟に哄笑の声が響き渡った。
*
たくさんの水晶茸が手に入れ、私は帰路についた。
マルグリットのおかげで貴重な薬の材料を手に入れることができたと、とても満足する。生物学上の父親が突然現れて苛ついていたが、その気分もすっきりしていた。
街に入り、途中でマルグリットと別れ、私一人で店に戻る……と、今日は休みだというのに店内に数人の気配があった。
不思議に思いつつ、私は店の扉を開けてみる。
「ただいま」
そこには青ざめた母とニナ、そして厳しい顔をしたルネがいた。
休業日だというのに、どうしてニナとルネがいるのか。私は彼らを見て驚く。一方、彼らも私の方を見て、仰天していた。
「ジャンヌ!あんた無事なのかい!?」
「怪我はありませんか?」
「レオン様はどうされました!?」
矢つぎ早に飛び込んでくる質問に、私は目を丸くしつつ「ちょっと、落ち着いて」と三人を宥めた。
「無事って?怪我って?何のこと?ちょっと、出かけて来るって置手紙に書いてあったでしょう?」
私は母に言う。
マルグリットと出かけるとき、母が家に不在だったため、私は置手紙を残してから家を出たのだ。
「それに、どうしてここでレオン様の名前が出てくるの?」
「ジャンヌさんはダニエルに攫われたのでは?」
「えっ、何のことです?そもそもダニエルって誰…?」
私が首をかしげると、ルネが明らかに動揺した。彼が取り乱すなんて珍しい。
嫌な予感がした。
「じゃあ……レオン様は……」
「どういうわけか、事情を教えてくれませんか?」
そして、ルネから告げられたのは驚愕の事実だった。
ダニエルという騎士団の元団員が私を攫ったという手紙が届いたこと。
実際に、私の行方を確かめたところ、どこにいるか所在が分からなかったこと。
そして、レオンは私がダニエルに誘拐されたと判断し、手紙の指示通りに単身で敵地に乗り込んで行ってしまったこと。
それを聞いて、私も血の気が引く思いだった。
「私、今日は街を出て東の森に行っていたんです。ダニエルという人となんか会っていません」
「つまり、罠ということですか……何とも間の悪い」
ルネが苦々しく呟く。
「普通ならば、レオン様に勝てる人間なんてそうそうおりません。向こうが複数でも、あの方の力は圧倒的です。でも、ジャンヌさんを人質に取られている――レオン様がそう思い込んでいるとなると…抵抗らしい抵抗をされないかも……」
ルネの心配は私にもよく分かった。
兎にも角にも、一刻も早くレオンに私の無事を知らせなければならない。
「レオン様はどこへ行かれたのですか?」
「街の郊外にある廃墟です」
私はルネに詳しい場所を教えてもらう。
「私が今からそこへ向かいます」
「えぇっ!ジャンヌさんが?」
「飛行の魔法を使えば、ルネさんよりも早くレオン様の下へ駆けつけられるでしょう。ルネさんは後から来てください」
本当はルネも一緒に連れて行きたいところだが、飛行術はコントロールが難しい上に、対象の重量が増えれば増えるほど失速してしまうデメリットがある。
私一人でレオンの下へ向かうのが最速だろう。
「そんな!危険ですよ!」
「分かっていますが、すぐにでもレオン様に私の無事を伝えないと。それに、これでも一応冒険者の真似事をしていたこともありますから。多少、腕に覚えはあります」
「……分かりました。レオン様をよろしくお願いいたします。私もすぐに向かいます」
「はい!」
私は店の外に出て、慌ただしく飛行魔法を詠唱する。
そして、夕日で赤く染まる空に向けて飛び立った。




