第62話 人質(前編)
自分でも苛立っているのが分かる。
せっかくの休日だというのに、私は憂鬱な気分だった。
その原因は考えるまでもない。
先日、突然現れた男――私の生物学上の父親――の存在だ。もう二度と会うことはないと思っていたのに。
現在、サカキ魔法薬店の経営はとても好調だ。そして、死体に群がる獣のようにソレを嗅ぎつけて、あの男はやって来たわけである。
今思い出しても、苛立たしい。しかし、あんな男のことばかり考えて貴重な休みを潰すのも御免だ――そう思っていた矢先、ある人物が私を訪ねてきた。
マルグリットである。
「ジャンヌ!」
顔を見るなり抱きついてくる少女を受け止めながら、私はその頭を撫でた。
「久しぶりだね」
「うん、久しぶり。ねぇ、ねぇ。これ見て!お土産!」
そう言って、彼女は籠に入ったキノコを見せてきた。それを見て、思わず私は声を上げる。
「えっ!?水晶茸じゃない!」
籠に入っていたのは、透明なキノコだった。大きな傘は透き通り、光を受けてピカピカ光っている。
見た目からして普通のキノコではないのだが、毒はない。それどころか、魔力を豊富に含んでいて、非常に有用な魔力回復薬の素材だった。とても貴重なキノコで、市場にはほとんど出回らない。
「こんなもの、いったいどこで見つけたの?」
「東の森だよ」
「森って……えっ!街の外に出たの!?」
「うん」
「まさか、一人で行っていないよね?」
「一人だよ」
平気な顔でそう話すマルグリットに、私は思わず頭を抱えた。
オルレアの街はぐるりと高い壁に囲まれている。これは野盗や魔物が街の中に入って来ることを防ぐためだ。言い返せば、壁の外にはそういった輩がいることを意味している。
「絶対に一人で街の外に出てはだめ!外は悪い人や魔物がいて危険なの」
「大丈夫だよ」
へらへら笑うマルグリットに、私はぴしゃりと言う。
「何かあってからじゃ遅いんだよ!絶対にダメ」
いつもはなぁなぁで済ませてしまうこともあるが、こればかりはしっかり言い聞かせなくてはいけない。マルグリットの命に関わってくる問題だ。
「マルグリットに何かあったら、親御さんが悲しむでしょう?」
「……ジャンヌは?」
「えっ?」
「ジャンヌも、ボクに何かあったら悲しい?」
「当たり前だよ」
「そっか」
マルグリットは嬉しそうに目を細めると、それから急に真面目な顔をする。
「分かった。子供のボク一人では行かないよ」
「約束だよ」
「うん。だからね、ジャンヌ」
「ん?」
「一緒に行こっ」
*
私はマルグリットと一緒に、街の外にある東の森までやって来た。ちょうど良い気分転換だと思ったからだ。
――でも、東の森に水晶茸があるなんて聞いたことがないけれど。
不思議がる私をよそに、マルグリットはどんどん森の奥へ進んでいく。その足取りに迷いはない。
そうやって森の奥へと進むうちに、目の前に巨木が現れた。
おそらく、数百年の樹齢はあるだろう大樹。その樹の根本には、ぽっかりとウロが開いていた。子供なら余裕だが、大人は身を縮めて何とか入れそうな大きさだった。
マルグリットはそこへ躊躇なく入って行く。仕方なく私もそれに続くと、どういうわけかマルグリットがいなかった。
「えぇっ!?マルグリット!」
「ジャンヌ。こっち、こっち」
下の方から声がする。
そちらに視線をやると、私はウロの中の地面に亀裂があるのを見つけた。まさか、こんな中にマルグリットは入ってしまったのか?
亀裂は地下へとつながっていて、その空間はけっこう広そうだ。
こんな所に不用心に入って、もし魔物でも潜んでいたらどうするのだ――と、私は心配になり、急いでマルグリットの後を追った。
幸い、私でも通れるくらいの幅がその亀裂にはあった。そこに身を滑らせ、私は地下に下りた。
「うわぁ」
私の口から感嘆の声が漏れる。
地下には幻想的な空間が広がっていた。
そこは大きな洞窟になっていて、アカリ草が自生し、暗闇を明るく照らしていた。そして、その光を受けてキラキラ煌めくのは今回の目的――水晶茸だ。
思わず見入ってしまうほど、美しい光景だった。
「エヘヘ。どう?すごいでしょ」
「すごい……この森にこんな場所があったなんて……」
「ジャンヌ、気に入った?」
「うん。とても」
「ボクのとっておき。秘密の場所なんだ」
「ありがとう。こんな素敵な場所を教えてくれて」
私がそう言うと、「うん!」と嬉しそうにマルグリットは頷いた。
*
ジャンヌとマルグリットが東の森に入ってしばらくした頃、オルレア騎士団にとある手紙が届いた。
その内容を閲覧したルネは仰天し、慌てて彼の上司であるレオンに手紙を持って行く。レオンもその中身を見て、目を見張った。
その手紙はレオンに向けられたものであった。
差出人はダニエル――かつて、このオルレア騎士団に所属していた騎士だった。
ダニエルとその仲間はレオンへの嫌がらせで、あろうことかジャンヌに無体を働こうと計画していた。そのことが露呈し、こっぴどくレオンの制裁にあっている。
しかし、彼らの悪行はそれだけにはとどまらなかった。さらに、その後の調査で、他にも女性関係の余罪があることが判明したのだ。
結局、素行不良で騎士にふさわしくないと判断された彼らは、オルレア騎士団を解雇される運びになった。
その彼らからの手紙である。
手紙に書かれていたのは、とてもシンプルなものだった。
サカキ魔法薬店の女店主ジャンヌを預かった。
彼女の命が惜しければ、レオン一人で街の郊外にある廃墟に来ること。
それだけが書かれてあった。
「レオン様!どういたしますか?」
尋ねるルネに、レオンは言った。
「すぐにサカキ魔法薬店に行くぞ。まずは、ジャンヌの所在を確かめなければ」
レオンの額には、冷たい汗がにじみ出ていた。




