第59話 贈り物
飲み潰れてジャンヌに迷惑をかけてしまった、そのお詫びとして、レオンは大量の焼き菓子を購入した。
お詫びの品といっても、好きな女性に贈るものなのだから、レオンとしては消え物ではなく、手元に残るものを渡したい。たとえば、アクセサリーとか。
普段、それを身に着けていてくれて、ふとした時に自分のことを思い出してくれれば最高だ、とレオンは考える。
ただ、今のところ……それは実現できていなかった。
理由は簡単で、アクセサリーやドレスなどを贈ろうとしても、頑なにジャンヌが受け取らないのだ。どうしてもというなら消え物を――というのは彼女のリクエストである。
――アイツからは金を受け取るのに、俺には消え物しかプレゼントさせてくれない……。
そのことを思い出して、思わず頬を膨らませたくなるレオン。
だが、彼はふるふると首を振り、その考えをよそにやった。
以前に比べて、ジャンヌと自分の距離は近づいている。それは確かだ――とレオンは考える。これまで消え物しかダメだったジャンヌも、今ならアクセサリーも受け取ってくれるかもしれない。
そう、そして――いずれは……!
レオンはジャンヌが指輪を受け取ってくれるところを想像する。
長年片想いをしてきた彼の精神は強靭で、少しのことではへこたれなかった。
そういうわけで、レオンはまたお菓子を買ってきたわけだが、少し買いすぎたかもしれない。自分の胃袋の大きさと一般人のそれの違いが、イマイチ把握しきれていないレオンである。
まぁ、日持ちのするものを買ったし大丈夫だろう。もしかしたら、「自分たちだけでは食べきれないから」と、ジャンヌがレオンをまたお茶に誘ってくれるかもしれない。
そんな打算をしていたレオンだったが……。
「コイツまで参加するとは……」
ぼそりと呟くレオン。
彼の視線の先には、美味しそうに菓子を頬張るサミュエルの姿があった。
レオンの思惑通り、籠に山盛りになった菓子にジャンヌは呆れつつ、レオンをお茶に招いてくれた。
サカキ魔法薬店の終業後、ちょっとしたお茶会が開かれる。そこにはジャンヌの母親や、ニナ、ちょうど店を訪れていたエチカという少女も加わった。
ここまでは良い。ここまではレオンの思い描いていた通りだ。
しかし――
「旨そうな菓子じゃのう」
ひょこりとサミュエルがお茶会に顔を出した瞬間、レオンの機嫌は急降下した。
大酒飲みのサミュエルだが、甘いものもイケる口らしい。彼は意気揚々とお茶会に参加し、レオンが持参した菓子を誰よりも多く食べている。
その様子を見て、自然とレオンの眉間にしわが寄った。
ジャンヌとサミュエルが男女の仲でないことは、さすがにレオンも分かっている。けれども、彼らの間には確かな友情と信頼が存在しているようだった。
ジョシュアに研究成果を奪われて、魔法学校を卒業した後、冒険者の真似事をしていたというジャンヌ。自暴自棄になって無茶な振る舞いをしていた彼女に手を差し伸べたのがサミュエルらしい。
そういう経緯ならば、ジャンヌとサミュエルが親密なのも分かる。ただ、理解はできるものの、レオンは納得できなかった。
端的に言えば、彼は悔しいのである。
そもそも、ジャンヌが研究成果を奪われ失意のどん底にいたことすら、当時のレオンは知らなかった。
あの頃、レオンはジャンヌが自分に対して強い劣等感を抱いていることを知り、己の存在が彼女を苦しめると思って、意図的にジャンヌと距離を置いていたのである。そのせいで、レオンは当時の彼女の何ら助けになれなかった。
一方で、サミュエルはジャンヌを助け、支えていた。
その事実を考えると、余計に悔しさが募る。
――俺はどうやっても、この男が好きになれそうにもない。
散々、サミュエルにからかわれたことも手伝って、レオンはそう結論付けた。
そんなレオンの気持ちを知ってか知らずか、当のサミュエルが声をかけてきた。
「おぬしの持って来た菓子、なかなか旨いぞ」
「……アンタのために持って来たわけじゃない」
「ふむ。えらく、嫌われたものじゃのぅ。そんなにわしとジャンヌが『仲良しさん』なのが気に食わんか」
「ああ、気に食わないね」
「……おぬし、ちと嫉妬深すぎやせんか?」
サミュエルは呆れ顔をしつつ、こう続けた。
「まぁ。言い換えれば、それだけ一途ということか」
「何が言いたいんだ?」
不機嫌を隠そうともしないレオンに、サミュエルはにこりと笑う。
「おぬし。ジャンヌのこと、頼んだぞ」
レオンは一瞬、虚を突かれたような顔になって、言葉を詰まらせた。それから、ぶっきら棒に言う。
「アンタに頼まれるまでもないぞ」
*
「えっ、オルレアを出て行くんですか?しかも、明日?」
何とも急な師匠の話に、私は驚いた。その反面、彼らしいとも思う。
ふっとやって来たと思ったら、突然いなくなる。まるで猫のように気まぐれなところが師匠にはあった。
「あぁ、北の地でやるべきことができてのぅ。なに、寂しがるな。今生の別れというわけでもあるまい」
カカカカカッと笑っていた師匠は「あっ」と声を上げた。そして、懐から何かを取り出す。それは小さな麻袋だった。
「世話になったのぅ、ジャンヌ。これはその礼じゃ」
促されるままに、私はその麻袋を受け取った。
「中身を確認しても?」
「もちろん」
袋から出てきたのは、小さな琥珀色の石だった。
……って、これ!?
「まさか竜の輝石!?」
「おおっ!すぐに分かったか。さすが、目が利くのぅ」
「どうしてこんな高価なものを!?」
『竜の輝石』には、人の能力値や特性の力を上昇させる効能がある。その強化効果は一時的であるものの、圧倒的だ。ゆえに、非常に高値で取引されている。
「こんな物があるのなら、うちに泊ったり、小遣いをせびったりしなくても良かったのに!売れば、高級ホテルで豪遊できますよ?」
「そういえば、そうだのぅ」
「そうだのぅ…って、何をのんきな。とにかく、こんな高価な物はいただけません!」
私は『竜の輝石』を師匠に突き返そうとするが、彼は頑として受け取らなかった。
「師匠!」
「ええい、貰っておけ。貰っておけ。それはわしより、おぬしが持っている方がいい。新しい魔法薬を作る材料なり何なり、活用しておくれ」
「そういうわけには……」
なおも輝石を返そうとすると、急に師匠は真面目な顔になった。
「貰っておけ。きっと、おぬしの力になってくれるはずじゃ。おぬしが一番良いと思う方法で使うことだ」
「師匠……?」
私は師匠のいつもとは違う雰囲気に気圧されて、輝石を結局受け取ってしまう。すると、彼は――
「その代わり、またわしがこの街に来たときは相手しておくれ」
そう言ってニッと笑った。
*
次の日の早朝、師匠は旅立った。
仰々しい見送りは嫌だというので、私だけで彼を見送ることにする。
別れ際、、街の門の前で師匠が言った。
「達者でな」
「師匠もお元気で」
そのとき急に、彼はまた真面目な顔つきになる。
「わしが間違えられた『竜の仮面の魔導士』だが……、アレには用心せよ。何やら胸騒ぎがするんじゃ」
「え?もしかして、師匠は何か知っているんですか?」
私が尋ねると、
「いや、知らん。わしはなーにも知らん」
いつもの師匠の調子に戻る。
「まぁ、あの番犬もおるし、この街もおぬしも大丈夫だろう」
「番犬?」
「ほれ、赤い髪の。図体のでかいやつがおるじゃろう」
「……それって、もしかしなくてもレオン様」
侯爵家の子息を犬に例えるなんて、不敬にも程がある……って、私も同類か。以前、レオンのことを大型犬みたいだ――なんて思ったことがあった。
「あのレオンとやら、中々面白い男だな。ちぃと執念深い気がするが」
「はは……」
「まぁ、仲良くおやり」
最後にそんなお節介を口にして、師匠はこの街を去って行った。
*
城壁の上に誰かが佇んでいた。
その人物は竜の仮面をかぶり、赤銅色の長い髪をみつあみにして束ねている。男にしては線が細く、女にしては背が高い。
その人物の視線の先には、今まさに門から出て行く奇天烈な格好の魔導士の姿があった。
「やっと出て行ってくれたか」
竜の仮面の人物が言う。
「サミュエルがいると、やりにくくて仕方なかったんだよね。でも、これで――」
その人物の口角がキュッと上がった。
「ボクも自由に動ける」
そのとき、一陣の風が吹く。
気が付けば、竜の仮面の人物はどこにも見当たらなかった。




