第57話 酔っ払い*
*注意:ぬるいですが性的描写があります。苦手な人は1話飛ばしてください。
私とレオンと師匠という何とも奇妙な飲み会が始まった。
場所は、昼間は食堂、夜は酒場の『バイザウェイ』。
バイザウェイの女将はやって来た私たちの面々を見て、「おや、珍しい組み合わせだね」と笑っていた。
席に着くなり、各自お酒と肴を注文する。今回の飲み会の言い出しっぺの師匠は、意気揚々とアルコール度数の高い蒸留酒をオーダーしていた。
「師匠。そんなキツいお酒をいきなり……」
私は苦言を呈するが、そんな忠告を素直に聞く師匠ではない。
「ふん。麦酒なんかじゃ酔えんわ。アレは子供が飲むものだろうが」
そんな滅茶苦茶なことを言いだす始末。さらに、師匠の発言に煽られる者まで……。
「俺も同じものを」
「レオン様!?」
レオンは注文を変更し、師匠と同じ強い酒を注文し始めた。
「師匠は大酒飲みのザルなんです。張り合っていたら、酔い潰されてしまいますよ?」
「俺はこんな男に負けないぞ」
「いや、そんなどうでもいいことで張り合わないで下さい。体に悪いですし」
私がそう言いつのるが、レオンは頑として譲らなかった。どうやら闘争心に火がついてしまったようだ。
――やれやれ。これはついてきて正解だったかも。レオンが飲み過ぎないよう見守らなきゃ。
なかなか不安な幕開けで、飲み会はスタートした。
すると、乾杯もそこそこにレオンが口を開く。
「それでアレはどういう意味なんだ?」
「アレとはなんじゃ?」
アルコール度数の高いお酒を、すいすいと胃に収めながら師匠は首を傾げた。言い出しっぺのレオンはチラリと私の方を見て、少し言い辛そうに続ける。
「ジャンヌのこと……その、『普段は気丈にしているがベッドの上では素直で可愛い』――と、そう言っていただろう?」
「ブッ」
私は思わずむせた。
飲み物が食道ではなく、気管に入りそうになり咳き込む。
「大丈夫か!?」とレオンが心配してくるが、色々な意味でもちろん大丈夫ではない。
「師匠!そんなことレオン様に言ったんですか!?」
私は何とか息を整え、隣で呑気にお酒を飲んでいる師匠を睨む。
「私、そんなことを言われる覚えはありません!」
私の抗議にレオンはホッと胸を撫でおろした様子だった。一方、師匠はというと……、
「わしは嘘は言っとらんぞ」
いけしゃあしゃあとそう口にする。
途端に、レオンの表情が暗くなった。
「冒険者同士ペアを組んでいた頃、おぬしが疲れて宿屋の食堂で眠ってしまったことがあった。それをベッドまでわしが運んでやったんじゃ。その時の寝顔は素直そうで可愛かったからのぅ」
「……」
「……」
「なっ、なんじゃ!?お前たち。揃いも揃って、そんな怖い顔をしよって。楽しい酒の席だろう?ほら、飲め飲め」
師匠の横っ面を引っ叩きたい衝動を押さえつつ、私は憮然と麦酒を口にする。見れば、レオンの方も何とも言えない表情をしていた。
*
「だから、あれほど無理するなと言ったのに」
私は酔い潰れたレオンを運びながら、呟いた。
私の制止を聞かず、師匠と飲み競ったレオンは予想通り潰された。
忠告も聞かず己の限界を超えて酒を飲んだ愚か者など、放置して帰ってしまえばいい――と考えるが、まぁ、現実問題としてそういうわけにもいかない。
私よりも遥かに図体の大きなレオンを魔法なしで運べるわけもなく、私は浮遊術を使用し、自宅まで連れて帰る。
本来ならば、レオンを彼の実家であるクローヴィス侯爵家の屋敷に運ぶのが一番いいのだろう。しかし、バイザウェイの酒場から屋敷までは距離がかなりあり、私もいい加減酔っていたので、そこまでレオンを連れて行く気力がなかった。
なお、レオンを酔い潰した張本人である師匠は「はしご酒~」と言いながら、どこかに消えてしまった。まったく、無責任なものである。
家に帰ると、母はすでに寝ているようで静かだった。
私はとりあえず、レオンを師匠が使っている客室に放り込もうと考える。レオンを酔わせたのは師匠なのだから、そのベッドをレオンに提供しても問題ないはず。自業自得だ。
そう思っていたのだが……。
「なに、これ」
客室の扉を開けて、私は絶句する。
そこは訳の分からないガラクタで、散らかり放題だった。ベッドの上も魔道具なのか何なのか、得体の知れない物が多数転がっていて、とても人が眠れるような状況じゃない。
さすがに、こんな惨状の部屋にレオンを寝かすことはできない。師匠が危険な魔道具を放置していて、それでレオンが怪我でもすれば、私の責任になりかねなかった。
しかし、ここで困った事態に私は陥る。
レオンを寝かすためのベッドが必要なわけだが、そもそもこの家にはベッドは三つしかないのだ。他に余剰のものはない。
母の部屋と、この客室と、あとは――。
どこにレオンを寝かせるべきか――消去法的にソレが決まってしまって、私は深いため息を吐いた。
私はレオンを自室に連れてきて、前後不覚の彼をそのベッドに座らせた。
今夜は、私のベッドをレオンに譲り、私自身は店の作業台の椅子で眠ることにしよう。腹立たしいが、仕方なかった。
レオンの顔は真っ赤で、意識もあやふやだ。明らかに酩酊状態だった。
私はそんな彼に呼びかける。
「レオン様、レオン様」
「うー?」
とろんと目を開いたレオンに、私は水が入ったグラスを差し出した。とりあえず水を飲ませて、血中のアルコールを薄めようとする。
「レオン様。お水です。飲んでください」
「う……ん…」
彼は言われるがまま、グラスの水を飲み干した。
「ご気分はいかがですか?気持ち悪くないですか?」
「……悪いよ」
「吐けるのなら吐いた方が良いです。桶を持ってきますね」
そのまま、私はレオンの傍を離れようとしたところ、グイっと腕を引かれた。バランスを崩し、私はベッドの上に背中側から倒れこむ。そこへレオンが覆いかぶさってきた。
間近にレオンの顔が迫る。酔っぱらった彼は、どこか拗ねたような目をしていた。
「レオン様。冗談が過ぎますよ」
「冗談じゃないぞ」
言うなり、レオンは口で私の口を塞いできた。
私は慌てて口を真一文字に結ぼうとするが、それよりも一瞬早く、レオンの舌が口内にぬるりと滑り込んでくる。そのまま口の中を蹂躙された。
いっそ、レオンの舌を思いきり噛んでやろうかとも思ったが、何とか思いとどまる。彼は私の優しさに感謝するべきだ。
というか、口づけが長い!息がしにくく、酸素が足らなくなる。
私は抗議の意味を込めて、バンバンと彼の背中を叩いた。
やっと、レオンが口を離す。唾液が糸を引いて光っていた。
キスなんて医学の観点から見れば不衛生だ――なんて雰囲気もへったくれもないことを考えていると、
「こういうこと、あの男ともやったのか?」
レオンがそう聞いてきた。
『あの男』って誰だ?私は頭の中で疑問符を浮かべる。
「やっぱり……」
すると、悲しそうに、または悔しそうにレオンが表情を歪めた。
「アイツは何もないなんて言っていたけれど、君らはそういう――」
そこまで言われて、やっとレオンの言う『あの男』が誰なのか分かった。
「もしかして、師匠のことを言ってます?」
「それ以外、誰がいるんだい?まさか、君は他にも心当たりの男がいるのか?」
「……人をふしだらな女扱いしないでもらえますか?というか、あれほど誤解だと言ったのに、私と師匠のことをまだ疑っていたなんて――信じられません」
冷たく言い放つと、レオンは「だって、君らの距離が近いから……」と子供みたいに口を尖らせた。
「師匠と私がどうこうなんて絶対あり得ません。それに……」
「それに?」
「私のファーストキスは目の前のお人かと」
「それって……」
酔竜の果実や酔いのせいではあるにしろ、一方的に人の唇を奪っておいて、どうして私がレオンに責められなければいけないのか。理不尽だ。
非難の目で私は彼を睨む。
少しは反省しろ――と思ったのだが、レオンは意外な反応をみせた。
レオンは笑った。それも心底幸せそうに。
「そっかぁ。俺かぁ」
言うなり、彼の身体の力がふっと抜けて、全体重が私の方にかかってくる。
今度は何をしでかすつもりか。そう警戒したところ、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
まさか、ここで眠るとは。私は呆れ、そして呟く。
「……重い」




