第56話 決闘
サミュエルとしては、少しやり過ぎたと反省していた。
オルレア騎士団に『竜の仮面の魔導士』とやらと疑われて、彼は少し腹を立てたが、それも騎士団の仕事なのだからと考える分別はあった。
しかし、取り調べをしていたレオンという男がクローヴィス侯爵家の子息だと分かり、ついカッとなってしまったのである。
サミュエルにはクローヴィス家自体に思うところがあったのだ。
けれども、冷静になって考えてみたところ、レオン個人に非はない。ただ、クローヴィス家の生まれというだけで、失礼な態度に出てしまったのは悪かったとサミュエルは振り返った。
もっとも、取り調べの途中からは、レオンがあまりにもジャンヌのことで良い反応をするので、面白がってやっていたのだが……。
レオンがジャンヌに惚れているのは、すぐに分かった。
人の心の機微に聡いサミュエルだが、レオンの態度はあからさますぎで、サミュエルじゃなくてもその片想いには気付くだろう。
貴族の男が平民の女に恋心なんて、どうせ真剣なものではない。普通ならそう思うところだが、あのレオンという男はジャンヌに本気のようだった――と、サミュエルは考える。
少し前、ジャンヌは魔法薬の製造方法を盗んだとして、ピエトロ商会に訴えられ、裁判にかけられたらしい。その当時、サミュエルはこの国を離れていて、友人の危機を知ったのは全てが終わった後だった。
そのジャンヌの裁判で、レオンは窮地に陥った彼女の味方になったと言う。つまりレオンは、サミュエルにとって友人の危機を救ってくれた恩人とも言えた。また、街の人間に話を聞いても、レオンという男は中々の好人物らしい。
そういった、もろもろのことを踏まえて、サミュエルは反省し、もうレオンに突っかかるのは止めようと決心した。
そして、そう思っていた矢先、当の本人が目の前に現れたのだ。
レオンはいきなり剣で手合わせをしよう、そう言ってきた。
急な申し出にさすがのサミュエルも困惑する。
「いや、なんでわしが……」
「なんだ。その腰の剣はお飾りなのか?」
レオンはサミュエルの持つ細身の剣を指した。サミュエルは魔導士だが、剣の腕前もまずまずだ。
「そうじゃないが……」
「それとも何か?アンタは女に金をせびるしか能がないのか?」
やけに挑発的なレオンの言葉。それに、サミュエルはハッとした。
――こやつ、もしや……まだジャンヌとわしのことを疑っておるのか?それで嫉妬して、腹いせにわしをやっつけようと……?
サミュエルはジャンヌに恋愛感情を一切持っていない。
冒険者としてペアを組んでいた頃も、現在も。二人はそのような雰囲気になったことすらなかった。
そもそも、サミュエルには人間の三大欲求のうち性欲がまるでないのだ。おそらく、ソレをジャンヌの方も感じ取っていて、彼を『無害な人間』と安心して傍に置いているのだろう。
ただ、恋愛感情がなくとも、サミュエルにとってジャンヌは大切な友人である。もし、レオンが自分の思い通りにならないときに、暴力をふるうような人間ならば、見下げ果てた奴だ。そんな輩がジャンヌに恋心を抱いているなんて危険だった。
――確かめてみるか。
サミュエルはそう考え、レオンの申し出を受け入れたのだった。
*
ルネから、レオンと師匠が決闘していると聞いて、私は目玉が飛び出るくらい驚いた。いったい、どう間違ったらそんな事態になるのだろう。
取り急ぎ、私はオルレア騎士団の本部へ向かう。二人はそこの稽古場で戦っているらしかった。
現場に向かうと、多くのギャラリーがレオンと師匠を取り囲んでいた。
決闘と言っても、表向きは稽古試合らしく、さすがに真剣は使っていない。二人は木剣で戦っていた。
国内で敵なしと言われる最強の魔法剣士レオン。それに対する師匠は、ひょろりとした優男である。この場にいた誰もが、師匠がコテンパンにやられてしまうだろうと予想したはずだ。
しかし、意外にも師匠は善戦していた。レオンの攻撃を上手く躱して何とか試合らしい形を保っている。
「意外とやりますね」
そうルネが目を丸くするくらいだ。
一方、剣を使った試合と言いながら、師匠は魔法も使っているだろうと私は予測していた。おそらくだが、身体強化の魔法を使っている。
完全に師匠がズルをしている形だったが、それでも実力から言って、本来ならばレオンがあっさり勝利していないとおかしい。
そういう結果にならないのは、レオンが手を抜いているからか、それとも師匠が逃げるのが上手いからか。
私は剣の方は素人なので、レオンが手加減しているかどうかは判断できなかった。ただ素人目には、そうした様子は伺えない。
師匠の方は、元々相手の動きを読むのを得意としている人だ。小癪な手もよく使う。
今も師匠はレオンに向かって何か話し掛けているようだった。その内容はこちらまで聞こえてこないが、レオンを挑発するようなことを言って、彼の怒りを誘っているのかもしれない。人間、感情的になれば、その動きはより単調なものになる。
そうこうしていると、レオンがぴたりと動きを止めた。
私たちギャラリーだけではなく、師匠すら「おや?」と首をひねる。
「なんじゃ。手合わせはもうよいのか?」
「ああ。もう十分だ」
そう言って、レオンは師匠に背を向け、私とルネの方にやって来た。
「どうされたのですか?」
尋ねるルネに、レオンは口を開いた。
「あのサミュエルという男は、少なくとも俺たちが追っている『竜の仮面の魔導士』ではないな」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
「奴が左利きだというのは本当のようだ。手合わせ中、動きを見ていたが誤魔化している風ではなかった」
そう言えば、例の魔導士の利き手は右だという話だった。レオンは師匠と剣の手合わせすることで、彼が本当に左利きかどうか確認していたのだ。
すると――。
「なんじゃ。おぬしそのために、わしと手合わせなんかやっておったのか?」
にゅっと後ろから師匠が顔を出した。
「わしはてっきり、わしのことが気に食わないという理由で私刑されると思っていたのだが……」
それを聞いて、レオンが嫌そうな表情をする。
「さすがにそんなことはしない。アンタのことが気に食わないのはその通りだが」
「わしがその『竜の仮面の魔導士』であるかどうか、ハッキリさせたかったのは、ジャンヌを心配してのことか?」
「アンタにそれを言う義理はない」
仏頂面のまま、レオンがそう言うと、何を思ったのか師匠はカカカッと突然笑い始めた。
「おぬし、意外に面白い男よのぅ。気に入った!飲みに行こう!あ、わしは金がないからおぬしの奢りで頼む」
「はぁっ!?」
レオンが素っ頓狂な声を上げる。
「どうして俺がアンタなんかと――っ」
「親交を深めるには酒じゃ、酒。飲みニケーションじゃ!」
「俺はアンタと仲良くなりたいなんて思ってないぞ」
「ほぉ。よいのか?ジャンヌのことで、わしに確かめたいことがあるのでは?」
そして、コソコソとレオンに耳うちする師匠。いったい何を言ったのか、レオンはしぶしぶというように頷いた。
どうやら本気で、二人でお酒を飲みに行くらしい。
「どうせならジャンヌも来い」
「えっ?ジャンヌも来てくれるのか?」
手招きする師匠と、パァッと表情を明るくするレオン。
正直、私を巻き込まないで欲しいのだが、この二人だけでお酒を飲むというシチュエーションも色々と不安である。
レオンが平民にも友好的な性格なので忘れがちだが、彼はれっきとした侯爵家の子息、お貴族サマだ。師匠が彼に何か粗相をするのでは……と気がかりではあった。
「……分かりました」
仕方なく了承するものの、私は「ただし」と付け足した。
「お酒は夜から。昼間は働くんです」




