第54話 不審者
モルダー薬種屋と取引を始めて一週間ほど経過した。
私たちの予想は見事に当たり、多くの客がモルダー薬種屋でうちの商品を買うようになった。
サカキ魔法薬店があるのはオルレアの外れ、対してモルダー薬種屋は街の中心にあるから、立地的にあちらの方が買い求めやすいのだ。
おかげで行列が解消され、近隣の人々に迷惑をかけずに済むようになった。
もちろん、モルダー薬種屋に卸す分、多くの魔法薬を作製しなければならないが、私としては精神的にずっと楽になった次第である。
そういうわけで気分良く、今日もせっせと働いていると、ニナが私に声をかけてきた。
「あの、ジャンヌさん。ルネさんがいらっしゃっているのですが……」
「ルネさんがお一人で?」
「はい。ジャンヌさんに用があると」
ルネは騎士団の一員で、レオン直属の部下である。レオンと共に店にもよく来ていたが、彼が単身でここに来るのは珍しかった。
もっともニナの話では、私が王都にいる間、ルネは店の様子を何度か見に来てくれたらしいが。
私が店舗の方へ行くと、そこには困り顔のルネがいた。
「お忙しいところ、すみません」
「いいえ。どうされましたか?」
「実は、ご確認したいことがありまして。ジャンヌさんのお知り合いに、サミュエルという男性はいますか?」
「サミュエル……」
その名前に覚えはあったが、ルネの言う男が私の頭に浮かんだ人物と同一人物とは限らない。サミュエルは特に珍しい名前でもないからだ。
「どういった風貌の男性ですか?」
「赤銅色の髪をした二十代くらいの男です」
「……」
「実は彼、例の『竜の仮面の魔導士』の風貌に似ていまして。騎士団の団員が事情を詳しく聞きたいと騎士団本部に連れてきたんです。そうしたら、そのサミュエルという男、取り調べの最中に貴女の名前を出してきたんです。曰く、貴女とは懇意にしていて、自分の無実を晴らしてくれる。だから貴女を呼んで来い、と」
「……」
「おそらく有名人の名前を出しただけかと思います。貴女は今や時の人ですから。それに、件のサミュエルは貴女のお知り合いとは思えないくらい変わっていまして。服装が無茶苦茶で……まるで道化師のような派手で妙な格好をしているんですよ」
ルネの話を聞いて、私は額に手をやった。思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
そんな私の様子を見て、ルネは慌てた。
「やはり、そんな怪しい男のことなんて知りませんよね?すみません。お忙しいところ……」
「知っています」
「へ?」
「その人、私の知り合いです。すぐ支度しますので、お待ちください。私も騎士団に参ります」
驚くルネをよそに、私は大急ぎで支度を済ませ、オルレア騎士団本部に向かうことにした。
*
「だから!人違いだと言っておるだろう!」
取調室の外まで声が聞こえてきて、私は溜息を吐いた。
この声……もはや間違いない。顔を見る間でもなく、師匠だと分かる。
「失礼します。ジャンヌさんをお連れしました!」
そう言って、ルネが取調室の扉を開くと、狭い室内に三人の男がいた。
レオンと、私とは面識がない若い騎士。
そして、目が痛くなるような派手な色と模様の服を着こみ、竜のお面を頭の横にひっかけている――奇天烈な格好の青年。
「ジャンヌ!」
こちらを見て、パッと表情を明るくする奇天烈な格好の男。
「……師匠。お久しぶりです」
私がそう言うと、レオンがギョッとした。
「本当にジャンヌの知り合いだったのか!?しかも師匠って……」
驚くレオンに、師匠は意地の悪い笑みを浮かべる。
「だから言ったじゃろ。わしとこ奴は、ふかぁ~い仲なのじゃ」
「ジャンヌ、本当なのか!?よりにもよって、こんな服のセンスの欠片もない男と!?」
「なんじゃとっ!?わしのどこが、センスがないと言うんじゃっ!?」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人に私は頭が痛くなった。
このまま帰ってしまっても良いだろうか、そんな考えが頭をよぎると――
「お願いしますから、このまま帰らないで下さいね!後生ですから!」
ルネに先手を打たれる。
「とりあえず、お二人とも黙ってください!師匠のことを、まず私の口から説明させてください!」
私が声を張り上げると、ようやくレオンと師匠は静かになった。
「実は私、王立魔法学校を卒業して、ここオルレアに戻るまでの間、冒険者の真似事をしていたんです。そして、その時にコンビを組んでいたのが師匠でした。ちなみに、師匠というのはあだ名みたいなもので、実際に師弟関係にあるわけではありません」
サミュエルは私が出会った当時から、周りの人間に『師匠』と呼ばれていた。サミュエルの外見は若いものの、妙に爺さん臭い話し方をするので、そのあだ名は不思議と彼に似合っている。
「深い仲というのは?」
疑いの視線を向けてくるレオンに、私はきっぱりと断言する。
「師匠がからかっているだけです。少なくとも私と師匠はレオン様が考えているような関係ではありません」
「ふん。わしは別に嘘を言っておらんぞ。わしとジャンヌは、共に魔物と戦い、迷宮に挑んだ親しい仲間なのだからな。そもそも、深い仲と言っただけで、すぐに性的なものに結びつける思考がおかしいんじゃ。全く、いやらしいのぅ」
師匠の発言を聞いて、「なっ…」とレオンの顔が朱に染まる。
私はつかつかと師匠に近づくと、ペシッと彼の肩を叩いた。
「なんじゃ!」
「どうして、そう余計な事ばかり言って、相手を挑発するんですか?このままじゃ、本当に逮捕されちゃうかもしれませんよ!?」
「先に無礼を働いたのはこ奴らじゃぞ!?わしが違うと言っても、『竜の仮面の魔導士』とやらじゃないかと疑ってきて」
「この街は、その『竜の仮面の魔導士』関連で色々とあったんですよ。あと、服装はいつものことだからともかく、どうして竜のお面なんて被っているんですか!?」
「この街の土産物屋で売っていてのう。気に入ったんじゃ」
何とも紛らわしいことをしてくれたものである。
私は呆れながら、ルネに確かめた。
「師匠はそんなに『竜の仮面の魔導士』と容姿が似ているのですか?」
「そうですね。赤銅色の長い髪。男にしては華奢で、女にしては背が高い――中性的な体型。竜の仮面をかぶっていること……が符合しています。あと、『竜の仮面の魔導士』の利き手は右手だったようですが」
「なら、それはわしではない。わしは左利きだ。先ほども、左手で文字を書いただろう!」
得意げな様子の師匠だが、騎士団の面々の表情は微妙だった。
「何か問題でも?」
私が尋ねると、若い騎士団員が一枚の書類を差し出してきた。
「これは取り調べの際、サミュエルさんが書いた直筆のサインなのですが……」
「……」
目の前の紙には、ミミズが這いまわったような文字が書かれている。
そうだ、そうだった。師匠は字を書くのが超絶下手くそだった、と私は思い出した。
「これでは利き手で書いたと言われても信じられません」
若い団員君の言うことはもっともである。
ここまでのやり取りに疲れ果ててしまって、私は思わず呟いた。
「私、このまま帰ってしまっていいですかね?」
すると、師匠が抗議の声を上げる。
「こぉらぁっ!わしを見捨てるのか?友人なら最後までしっかり、わしの弁護をせいっ!!」
大の大人が涙目になって、声を荒げるその様は、まるで子供たちへの『反面教師』の題材のようだ。
痛む頭を押さえながら、私は騎士団の皆さんに尋ねた。
「師匠がこの街に入った記録を調べていただけるでしょうか?恐らく、街に入ったのは最近だと思うんです。例の『竜の仮面の魔導士』が活動していた時期と照合していただければ、師匠の容疑は晴れるかと……」
「もちろん、それは今やっています。門番に問い合わせている最中です」
私の申し出に、ルネがそう答える。
「おぬしら。わしの無実が分かったら、皆平伏して謝ってもら――って、痛いぞ!
ジャンヌ!!」
また煽り文句を口にしようとする師匠の頭を、私は叩いた。
それからしばらくして、取り調べ室に中年の団員が入って来た。
彼は部屋に入るなり、コソコソとルネに耳打ちをする。
「……それは本当か?」
ルネはそう確かめると、少し気まずそうにレオンを見た。
「レオン様。その男のオルレアへの出入りの記録を確かめたのですが……つい先日、街に入ったばかりのようです。『竜の仮面の魔導士』が暗躍していた時期には、この街にいなかったようで…」
「それは確かか?」
「はい」
ルネとレオンのやり取りを見て、師匠はカカカッと高笑いした。
「それ、みたことか!わしは何も悪くない!さぁ、お前たち、わしに平伏して謝……って、痛い!ジャンヌ!そうポンポン叩くな!」
「態度が悪くて申し訳ありません。師匠の容疑は一先ず晴れたということでよろしいでしょうか?」
私がそう聞くと、不承不承ながらも騎士団の面々は頷いた。私はホッと胸を撫でおろす。
「皆さん、お騒がせしました。ほら、師匠。帰りますよ」
「うむ。ところで、ジャンヌ」
「なんですか?」
「わし、路銀が尽きてしまって今夜の宿代がないのじゃ」
「……はぁ?」
思わず眉間にしわを寄せてしまう私に、師匠は顔の前で手を合わせ、ウルウルとこちらを見つめてきた。
「しばらく、おぬしの所で厄介にならせてくれ」
「……お金もないのに、そんなしょうもない竜のお面を買ったんですか?」
「何じゃと?カッコイイじゃろう!?」
「……はぁ。分かりました。とりあえず、家に来てください」
「さすがはジャンヌ!持つべきは友人じゃな」
ころころ笑う師匠。
そこに異議を唱えてきたのは、レオンだった。
彼は顔を青ざめながら、私に訴える。
「ジャンヌ!君は正気か?そんな得体のしれない男を家に泊めるなんて!?」
「……こんな風体ですが、一応信用はできますよ?」
私がそう言うと、「一応とはなんじゃ、一応とは!?」と師匠が抗議してきたが、ソレはさくっと無視をする。
「まぁ、一見……そうには見えないんですが。私の恩人でもありますし」
そうやって師匠を庇う私に、
「恩人……」
レオンは呆然としていた。




