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第52話 コルネイユ老人からの提案

 相変わらず、店は盛況を通り越した大盛況で、その対応に私が頭を悩ませていた――そんな頃。

 意外な人物が(うち)にやって来た。


「お久しぶりです。コルネイユさん」

「やぁ、元気にやっているかい」


 ニコニコと笑うコルネイユ老人は、相変わらず感じの良い老紳士だ。

 コルネイユはかなりの資産家で、私は蛇の魔物の偽装騒動を通じて知り合った。その件について、私が多少貢献したところがあったせいか、彼は私やこの店を色々と気に掛けてくれている。

 私がピエトロ商会と裁判で争っていたときも、嘆願書に加え、こちらが有利になるような証拠を提供してくれた。


 そんなコルネイユが、どうして私の店までわざわざやって来たのか。

 私に心当たりはまるでなく、不思議に思いながらも、店舗奥の部屋に彼を通した。


「忙しいのに、仕事中すまないね」

「いいえ」

「しかし、噂には聞いていたが。ずいぶんと盛況じゃないか」


 店舗の方を指しながらコルネイユが言う。


「おかげさまで」

「その割には浮かない顔だね。何か心配事でも?」


 好々爺の顔を崩さないまま、コルネイユは鋭く指摘してくる。

 コルネイユは繁華街の一等地を購入できるほどの資産家だが、元を正せば小さなワイナリーの醸造家だったらしい。それを一代で店を大きくした成功者だった。

 いうなれば、商売の大先輩である。

 それで私は、コルネイユに(うち)が抱えている問題を相談してみた。


「確かに、この行列は問題だね。いずれ、近隣の住民や店から苦情がくると思うよ。また、昔からの常連客が店に入れず心苦しいという気持ちもわかる」


 私の話を聞いて、コルネイユはそう言った。


「そして、君の言う通り。この問題を解決するためには、店の場所を移したり、店舗自体を大きくしたりと、大掛かりなテコ入れが必要だろうね」

「やはり、そうですか……」

「しかし、これはちょうど良かった」

「え?」


 コルネイユの意図が分からず、私は首を傾げる。

 すると、彼は驚くべき提案をしてきた。


「どうだろう?二号店を出してみては」



 コルネイユは蛇の魔物の騒動になった(くだん)の屋敷以外にも、街の中心地に幾つか物件を所有しているらしい。そこに一つ空きスペースができたので、サカキ魔法薬店が出店しないか――と言うのである。

 つまり、街のど真ん中にうちの二号店を作らないか、というお誘いだった。


 何とも渡りに船の、こちらに好都合のお誘いである。店の賃料も相場に比べて、かなり負けてくれるということで至れり尽くせりだ。

 商売人ならコルネイユの申し出に乗らない手はないだろう。


 しかし、私は迷っていた。


 店を大きくしたり、店舗を増やしたりすると、必然的にその管理や経営に時間がとられる。そうなると、私が魔法薬の調合にじっくり取り組むことは難しくなるだろう。少なくとも今のようにはいかない。

 コルネイユの提案に乗って、店舗を増やしてしまったら、今のように魔法薬作製に注力することができるかどうか……。

 私は(かぶり)を振った。

 無理だ。私はそこまで優秀ではない。


 私はコルネイユの申し出を断ることに決めた。


「とても有難い話なのですが……」

「何か気にかかることでも?」

「これが大きなチャンスだとは分かっています。しかし、私は経営についてまだまだ未熟です。そんな私が二店舗目を経営したら、肝心の魔法薬の作製に差し支えるかもしれません」

「それで、行列問題はどうするんだい?」

「当面は、整理券を配るなどして対応しようかと」

「ふむ……」


 コルネイユは(あご)に手を当てて、何やら考えこんでいた。

 もしかしたら、みすみすチャンスを逃がす愚か者――とでも思われているかもしれない。確かに、商売人なら多少のリスクを冒してでも、ここは勝負に出るべきだろう。

 しかし、そのような賭けに出ることは、私には無理だった。

 魔法薬の品質に支障が出るくらいなら、小さい店のままで良い、とそう思う。


 私は内心ドキドキして、コルネイユの次の言葉を待った。

 彼は穏やかな笑みを浮かべ、口を開く。


「君は商人というより、職人なんだね」

「職人……確かにそうかもしれません」

「わしも元は醸造家、ワイン造りの職人だ。だから、君の不安も、自分の作った物に対する矜持(きょうじ)もよく分かるよ」


 意外なことに、コルネイユは私の考えについて理解を示してくれた。


「すみません。せっかくのご厚意を無碍(むげ)にしてしまって」

「そんなことは気にせんで欲しい。ただ、老婆心(ろうばしん)でもう一つ、お節介をしても良いだろうか?」

「お節介ですか?」

「ああ。後日、また時間をとってもらえるかい?」

「それは……はい。もちろん、構いませんが…」


 改まって、いったいなんだろう。

 キョトンとしている私に、コルネイユは悪戯っぽく微笑んだ。


「それが何かは、先の楽しみじゃ」



 閉店後、しばらくしてレオンが(うち)にやって来た。


「こんばんは、ジャンヌ」

「こんばんは、レオン様。どうかされましたか?」

「いや……最近、会えていなかったら元気かと思って……」


 つまり特に用はないということだろう。私は苦笑した。

 だが、確かに言われてみると、ここのところレオンの足は店から遠のいていた。私自身忙しくて気にしていなかったが、彼の顔を見るのは久しぶりな気がする。

 そして、今日のレオンはなんだか疲れているように見えた。


「お茶でも飲んでいきますか?」

「えっ?いいのかい?」


 私の言葉に、レオンは嬉しそうに顔をほころばせた。



 私は母屋の居間にレオンを通した。

 彼には椅子に座っていてもらい、キッチンでお茶を淹れていると、母がひょこりと顔を出す。


「母さんもお茶、飲む?」


 すると、母はにんまり笑った。


「私はそんな野暮(やぼ)じゃないよ」

「はぁ?」

「若い二人の邪魔はしません」

「いや、邪魔でも何でもないけれど……」

「うふふふふふ」


 気持ち悪い笑いを残して、母はキッチンから去って行った。

 そんな母を不気味に思いつつ、私はお茶を手に居間へ戻る。

 レオンに紅茶を出すと、彼は少し戸惑った表情を浮かべた。


「どうかされましたか?」

「いやぁ……その、以前のことを思い出してしまって……」

「以前?」


 私が怪訝(けげん)な顔をしていると、レオンは(うつむ)いた。そして、とても言い辛そうに、もごもごと話す。


「俺が…君に……その、酷いことをしたことがあっただろう?」

「酷いこと……あっ!」


 そこまで言われて、ようやく私はレオンが何を気にしているかが分かった。あの『酔竜の果実』の件だ。

 前に、『酔竜の果実』というこの国では珍しい果実のフルーツティーを飲んで、レオンがおかしくなったことがあった。まるで催眠にでもかかったような様子だったことを思い出す。

 そして、そんなレオンに襲われ、私は危うく貞操を失うところだったのだ。


 結構なハプニングだったが、それから街でプラジール病が流行したり、私が王立騎士団に逮捕されて王都に連れていかれたり、裁判にかけられたり……もっと大事件が次々に起こったので、今の今まで忘れていた。


「大丈夫ですよ。この紅茶はとても一般的なものです。レオン様もお口にしたことがあるはずなので、酔竜の果実のようにはなりません」

「ああ。それは分かっているけれど、その改めて……俺は君に酷いことをしたと思い出して……」

「大丈夫ですよ。私はもう気にしていませんから。そもそも、アレは事故みたいなものですし」

「それはそうだが……」


 煮え切らないレオンに、ふと思いついて私は意地悪を言った。


「そんなに気にされるのなら、こうして会うのは控えましょうか?」

「それは嫌だぞ!」

「だったら、気にしないで下さい」

「……分かった」

 

 私は話題転換のため、レオンの仕事について聞いた。


「最近、お忙しいのですか?」

「ああ。ピエトロ商会のことで、捜査しなければならないことが山ほどある。王立騎士団ともやり取りをしなくてはならない。けれども、絶対にピエトロ商会の奴らには法の裁きを受けてもらう」

「そうですね。彼らはやり過ぎました」


 プラジール病の件は、一歩間違えれば大勢の死者が出ていたのだ。とうてい許されるわけはない。


「本当はサヴォイア公爵家にも責任を取らせたかったが……」


 レオンが悔しそうに呟く。

 ピエトロ商会のバックにいたサヴォイア公爵家は王の血縁者。この国の最上位に当たる貴族の家柄だ。そこを責めるのは、オルレア騎士団でもクローヴィス侯爵家でも難しいのだろう。


「ハハ。暗い話になってしまったな。ジャンヌの方は最近、どうなんだい?店は大盛況だと聞いているが……」


 レオンがこちらに話を向けてきて、私はコルネイユのことを話した。

 話しながら、ふと不思議な気持ちになる。


 こんな風に心穏やかに、レオンと話せる日が来るとは思っていなかった。

 私はそう思い、知らず知らず笑みをこぼしていた。




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