第50話 おかえり
王都からの長い道のりを経て、ようやく馬車はクローヴィス侯爵領に入る。
その機を見て、私はレオンに問いかけた。
「何か私に聞きたいことがあるんじゃありませんか?」
「えっ!?」
レオンは素っ頓狂な声を上げた。どうやら、図星だったらしい。
「よく分かったね」
レオンはそう言うが、彼は王都を出てからずっと何か言いた気にしていた。
それでいつ話すのだろうかと、私は待っていたのだが、一向に話を切り出す気配がない。そして、とうとうクローヴィス侯爵領まで戻ってきてしまい、私の方から話を促したのだ。
レオンは少し言いにくそうにしながらも、
「本当に良かったのか?宮廷魔導士にならなくて」
と、聞いてきた。
私は内心、やはりその話かと思う。
先日、宮廷魔導士のニコラから「自分たちの仲間にならないか」という勧誘を受けた。しかも試験などは免除され、私が望みさえすれば、すぐにでも宮廷魔導士の仲間入りができるという好条件だった。
けれども、私はそれを丁重に断り、こうしてクローヴィス領まで帰ってきたのである。
「レオン様は、私が宮廷魔導士になった方が良いと思われたのですか?」
「い、いや!俺としては君がオルレアの街に戻ってきてくれて嬉しい。もし、君が宮廷魔導士になって王都に行ってしまったら、俺もまた王立騎士団に入り直さなくてはいけなくなるし」
「……」
思わず、私は半眼になる。
この男、ともすれば女の尻を追いかけて、今の職を辞めて王都まで付いてくるつもりだったのか。
こんな男が騎士団長で良いのかという疑問や、もはやこれは完全なるストーカーだという確信が、グルグルと私の頭の中を回った。
「けれども、宮廷魔導士は昔からの君の夢で目標だったのだろう?それなのに、ニコラの話を断って良かったのかと気になって……」
「まぁ、確かにそうですね」
レオンの言う通り、私は宮廷魔導士という夢に固執していた。夢破れて、故郷に戻った後もそれを忘れることができずにいたのだ。レオンに対する嫉妬や劣等感も、元を正せば、宮廷魔導士になれなかったことに由来する。
しかし、ニコラからの宮廷魔導士の勧誘を受けた時、私は特に悩むことなく、それを断っていた。宮廷魔導士と街はずれの魔法薬店の店主、それらを天秤にかけたとき、私は後者でありたいとごく自然に思えたのだ。
――あの街に帰りたい。
そう思えた要因は、ピエトロ商会との裁判にあるだろう。
あの裁判で、私はジョシュアに対して完全な勝利を収めることができ、逃げてしまった過去の後悔を完全に断ち切ることができた。
すると、あれほど焦がれていた宮廷魔導士への執着も、嘘のように鎮まったのである。
それと同時に、私がどれほど恵まれた環境にいるか気付いた。
裁判で、オルレアの街の皆は嘆願書という形で私の味方をしてくれた。そんな風に自分を想ってくれる場所に帰りたいと考えるのは、ごく普通の感情だと思う。
いつの間にか、叶わなかった夢よりも、故郷が私にとって大切な存在になっていた。それをやっと、私は理解したのである。
間違いなく、私は果報者だ。
――ストーカー気質だけれど、私のことを大切に想ってくれる友人もいることだしね。
私はレオンを見て、笑った。
「でも今は、オルレアの街はずれの魔法薬店の店主でいたいんですよ」
「そうか」
レオンもホッとしたように笑顔をみせた。
やがて、遠くにオルレアの街が見えてきた。
その城門前に、何やら人だかりが見える。その人々の顔を見て、私は驚いた。
「あれは――」
そこには懐かしい人たちの顔があった。
母やニナ、幼馴染のアニー。よく店に遊びに来ていた子供たち、エチカとマルグリット。騎士団からはルネや、黒魔導士のウィリアムに、なんと白魔導士のマリアまで来ている。
その他にも、大衆食堂バイザウェイの女将さんや、舞台女優のドロシーといった店の常連客達まで。
目を丸くしている私に、隣でレオンが言う。
「ジャンヌ。おかえり」
私はそれに、ただいま――そう応えた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
これにて第一部が終了。
次から新しい話が始まります。
第二部では、第一部で解決していなかった問題が再び浮上。また、これまでに名前だけしか出ていなかった人物たちが登場します。
自らの過去と決着をつけたジャンヌは、レオンへの嫉妬や劣等感から解放され、二人の距離は近づくのですが、そのまま両想い……となるわけではなく、色々と問題が立ちはだかってくる予定です。
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