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第49話 意外な誘い

 完全なる勝訴が確定して、私はまず皆にお礼を言った。

 四面楚歌の中、私を弁護してくれたロベール弁護士。

 遠く離れたプラジール地方からわざわざ(おもむ)いてくれたアンナ。

 そして何より、終始私の味方でいてくれ、アンナを探し出してくれたレオン。


 本当に、感謝してもしきれなかった。



 裁判を終え、私はそろそろ故郷オルレアへ帰ろうとしていた。

 王都で友人知人へのお土産を買いながら、帰郷の準備をしていると、レオンから声がかかった。会うために時間を取って欲しい――そう言われ、私は二つ返事で(うなず)く。

 私自身、オルレアに帰るまでに、レオンにはもう一度きちんと伝えたいことがあったのだ。だから、今回の彼の申し出は渡りに船だ。

 しかし、レオンの方は改まって私にいったい何の用だろうか。私は首をひねった。



 約束当日。

 レオンが指定したのは、王都の繁華街にあるカフェだった。

 街中にしては広々とした造りの店で、その外観も内装も豪華絢爛(ごうかけんらん)だ。明らかに、裕福層を標的(ターゲット)にした店で、メニューを確認するとコーヒー一杯が信じられない金額になっていた。

 そんな場違いな環境で、私はひとりレオンを待つ。


 レオンは予定時間通りにやって来た。


「っはぁ、はぁ、はぁ」

「あの……大丈夫ですか?」


 私がレオンに水の入ったコップを差し出すと、彼はそれをゴクゴクと飲み干す。余程、喉が渇いていたのだろう。


 それにしても、レオンがこんなに慌てて来るなんて……。

 いったい、どんなスピードでやって来たのだろうか。ここへ(いた)る道中で、通行人を()いていなければいいのだが……。

 私はそんなことを心配した。


「遅れてすまない」

「大丈夫です。時間ちょうどですよ」

「そうか、それは良かったぞ」


 そう言ったきり、レオンは口をつぐんだ。

 彼から話したいことがあるはず――そう思っていた私は戸惑う。

 その場の空気が少し気づまりになりそうだったので、私は自分の要件を先に話すことにした。

 

「レオン様、この度は本当にありがとうございました」

「え?」

「証人として出廷していただいただけではなく、アンナさんを探し出してくれたこと。また、真実の証言台について私の意図に気付いてくださったこと」


 特に後者は、今回の裁判の流れを変える決定打になった。

 ずっと前に、レオンと一緒に採取しに行ったアカリ草。それが護身用魔法薬の材料であることを彼が覚えてくれているかどうか――正直、私も不安だった。

 しかし、レオンはきちんと覚えていてくれ、最高のタイミングで発言してくれたのだ。


「アカリ草のこと、レオン様が覚えていてくれて良かったです」

「君と採りに行ったものだから……もちろん、覚えているよ」

「ええ。今回の裁判、あなたの力がなければ私は負けていたでしょう。本当に感謝しています。もしよければ、何かお礼させてください」

「ジャンヌ……」


 レオンは少し逡巡(しゅんじゅん)し……、それから困ったような顔で言った。


「お礼なんていらない。そもそも、君がオルレアの街を救ってくれたことが始まりなのだから。俺が借りを返すのはむしろ当然だぞ」

「でも……」

「それよりも、ジャンヌ。実は、ジャンヌに会いたいっていう人がいるんだ」

「私にですか?」

「ああ。もうすぐ此処に来ると思う」


 私に会いたいだなんて、いったい誰だろう。心当たりはまるでない。

 そう考え込んでいると――、


「ああ。来たぞ」


 レオンがカフェの入り口を見た。

 そこに居たのは――。



 現れたのは、今回の裁判でも検察側の証人として参加していた宮廷魔導士の男性だった。


「改めまして自己紹介を。私は宮廷魔導士のニコラと申します」


 ニコラの専門はもちろん魔法薬学である。その専門家の立場から、意見を求められて、今回の裁判で彼は証言したのだ。

 もっとも、ニコラを証人にしてしまったことで、アドリヤン検事とジョシュアは自分たちの首を絞める結果になったのだが……。


 さて。

 どうやらレオンは、私との仲介役をニコラに頼まれたらしかった。そんなレオンはニコラがやって来ると早々に、


「それじゃあ。俺がいても話の邪魔になるだろうから」


 そう言って席を外し、カフェから出て行ってしまったのだ。


 後には、私とニコラの二人が残される。

 私が戸惑っていると、ニコラの方から話しかけてきた。


「今日、お時間を作ってもらったのは、ジャンヌさんに是非ともお聞きしたいことがあったからです」

「私に聞きたいこと?」

「先日の裁判で、貴女(あなた)がかつて宮廷魔導士を目指していた――そう、ジョシュア氏は口にしていました。それは確かですね?」

「ええ、まぁ……」

「しかし、宮廷魔導士になるための試験を貴女(あなた)はこれまで受けたことがないのでは?こちらでも調べたのですが、受験記録はありませんでした」


 宮廷魔導士の管轄するのは、王国尚書省の下にある魔法局だ。そして宮廷魔導士になるためには、一年に一度ある登用試験に合格しなければならない。その試験の受験には、魔法学校卒業資格と、師事していた教師からの推薦書が必要だった。

 もちろん当時、私もその試験を受けるつもりでいたのだが……。


「私が師事していたのはジョシュア教授で、受験には彼からの推薦書が必須でした」

「ということは、やはり……」

「はい。プラジール病の件でもめたことで、推薦書を書いてもらえなかったのです」

「なんとまぁ」


 ニコラは呆れたような、哀れむような目でこちらを見てきた。


「そうですか。そんなことが……。実は無礼を承知しつつ、王立魔法学校に在学中の貴女(あなた)の成績を問い合わせたんです。いやぁ、見事なものでした。どの教科も素晴らしい成績です」

「しかし、どれも『優』にはなれもて『秀』には及びませんでした」

「確かに。一般的に宮廷魔導士は一つの分野を究める者たちの集まりです。万能型よりも特化型が好まれます。しかし、魔法薬学の分野はその限りではありません」


 ニコラの言いたいことはよく分かった。

 魔法薬学は魔法と薬学の融合から始まった分野だ。多分野融合による新たな創薬というのが大きな柱になっている。

 だからこそ、いわゆる器用貧乏な私でも、魔法薬学の分野なら宮廷魔導士になるチャンスがあるかも――そう思ったのだ。


 ニコラは私を見て、微笑んだ。


貴女(あなた)は実に、魔法薬学に向いている。裁判で披露した深い知識、そして何より若くしてプラジール病の特効薬を開発したという才能――素晴らしい!」


 あまりにもニコラが私を褒めるものだから、私は照れくさくなった。同時に、光栄に思う。

 私の夢は叶わなかったが、こうして現役の宮廷魔導士が私を認めてくれている――それはとても喜ばしいことだった。

 この王都での良い思い出になるだろう。

 私がそう考え、目を潤ませていると――、


「まだ宮廷魔導士を志望する意思はありますか?」


 ニコラがそう聞いてきた。


「えっ?」

貴女(あなた)のような逸材が地方の魔法薬店を営んでいるだけなんて勿体ない!是非とも、我々の仲間になっていただきたいのです」

「ちょ、ちょっと!?それって、つまり……?」


 戸惑う私に、ニコラはきっぱりと言い放った。


「もしジャンヌさんが望むのなら、宮廷魔導士として我々は貴女(あなた)を迎え入れましょう」



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