第48話 判決
法廷の床下に潜んでいた男をレオンが皆の前に引きずり出し、その場は騒然となった。
係員が急遽、真実の証言台を調べたところ、その裏に不審な二本の突き出た棒があった。しかも、その棒が通るくらいの小さな穴が法廷の床に開いている。
試しに、二本の棒にそれぞれ魔力を通して見たところ、一つは青に、もう一つは赤に証言台を光らせることができた。レオンが捕えた男は、この仕掛けを使って床の下から証言台の光の色を操作していたのだろう。
無論、本物の真実の証言台にはこのような仕掛けはない。
「これは全くの偽物だな」
裁判長がそう判断した結果、裁判は中止となった。
*
後日、私の裁判は最初からやり直しとなった。
開廷早々に裁判長から、
「今回の裁判において、前代未聞のあってはならない出来事が起こってしまいました。法と良心に従って事件を解決するべき裁判官が、あろうことか真実の証言台を偽物とすり替えていたのです」
裁判長の両脇に座っている裁判官を見ると、左側の裁判官が以前と人が変わっていた。前の裁判官はその役を降ろされてしまったらしい。おそらく、証言台を偽物に替える手引きをしたのは彼だろう。
「これはこの国の裁判システムの根幹を揺るがす大事件です。証言台のすり替えについて、関わった者たちを今後厳しく追及し、二度とこのようなことが起こらないよう、裁判所側も対応していきます」
そう言って、裁判長と両側の裁判官たちは深々と頭を下げた。
「真実を追求するべき裁判で混乱を招いてしまい、誠に申し訳ございませんでした。特に被告人側と、その関係者」
そう言って、裁判長は私たちの方を見る。
「先の審理では、我々は誤った判断をしてしまうところでした。今回の審理ではそのようなことはないと保証します」
私は法廷の真ん中に鎮座している真実の証言台を見る。
裁判長がここまで言うのだから、今回の証言台は本物だろう。さすがに、こんな事態に発展しては、ピエトロ商会やサヴォイア公爵家側も工作できないと思われた。
さらに、私は検察側の当事者席にも視線を送った。
そこには遠目から見ても分かるほど青い顔をしたジョシュアとアドリヤン検事がいる。
前回、検察側の証人として出廷したニコラ宮廷魔導士の姿はそこにはない。どうやら彼は、検察側の証人を断ったようだ。そして、当の本人は傍聴人席に座っていた。
「それでは改めて審理を行います」
厳かな裁判長の宣言と共に、やり直しの裁判が始まった。
*
真実の証言台に立ち、ジョシュアは震える声で話し始めた。
「ひ、被告人の話は嘘で……プラジール病の特効薬を発明したのは……わ、私です」
真実の証言台は赤く光る。
「被告人は宮廷魔導士になりたいがために……そ、その……私を妬み、研究を盗みました」
真実の証言台は赤く光る。
「たしかに、盗んだというのは言いすぎだったかもしれません。しかし、プラジール病の特効薬については……そ、その……私が考えた理論をベースにして……ジャンヌ君が研究したもので……だから、あの研究の大枠を考えたのは私……」
真実の証言台は赤く光る。
「わ、私のアドバイスが役に立ったんですよ!だからあの研究は、私も貢献したはずで……」
真実の証言台は赤く光る。
「わ、私は……私は……」
最後には、ジョシュアの声は蚊の鳴くような小さなものになっていた。
検察側が沈鬱な空気に包まれている中、私たちの方はというと――。
「ジャンヌは誠実で、自分の仕事に誇りを持った魔導士です。他人が考えた魔法薬の製造方法を盗むなんて考えられません!」
レオンの証言に、真実の証言台は青い光を放つ。
「ともすれば、自分自身もプラジール病にかかってしまうかもしれない中、私たちの村に赴いて治療してくださったのは、そこにいるジャンヌさんです!間違いありません!!」
王都から遠く離れたプラジール地方出身のアンナ、私がかつて診た患者。
わざわざ今回の裁判のために、遠路はるばるやってきた彼女の証言に対して、真実の証言台は青の光で応えた。
そして、最後に私が証言台に立つ。
「私の意見に変わりはありません。プラジール病の特効薬を開発したのは私です」
真実の証言台は、私の言葉に青い光で答える。
その光の色見て頷きつつ、ロベール弁護士は問いかけてきた。
「現在、プラジール病の特効薬はピエトロ商会の独占状態にあります。あなたが考案したというのなら、どうしてそうなったのでしょうか?」
「それは、私が学生だったときの指導教官であるジョシュア教授に研究を奪われたからです。彼はそれを手土産に、ピエトロ商会の顧問になったそうです」
証言台はまた、青い光を放つ。
「それは酷い話だ。あなたはそれに抗議しなかったのですか?」
「もちろん、抗議しました。そして実際に、ジョシュア教授を訴えようともしました。しかし当時、訴えようにも私の依頼を受けてくれる弁護士はいませんでした」
「それは、どうしてでしょう?」
「ジョシュア教授は、何度も自分の背後にはサヴォイア公爵家がいる――そうおっしゃっていました」
「まさか、国王の血縁にあるサヴォイア公爵家がそのような悪事に加担していると?」
「少なくとも、当時のジョシュア教授がそう言って、私を脅してきたのは確かです」
私の答弁全てにおいて、真実の証言台は青い光を示していた。
ざわざわと傍聴人席が騒がしくなる。
一方、検察側の面々の顔は紫色になっていた。
「最後に、被告人。何か意見はありますか?」
私はそう問われて、一つ深呼吸した。それから、裁判長の目を真っすぐ見据え、口を開く。
「もし、プラジール病の特効薬を考案したのが私だと認めていただけるのなら、私はこの製造方法を独占するのではなく、公開したいと考えています」
「それはなぜでしょう?」
「研究や発明は、社会的に活用されることに意義があると私は考えます。私が考案した薬をもとに、現在の薬が改良されたり、別の薬が開発されたりする可能性もあります。プラジール病の薬の情報を秘匿することは、そのような発展の妨げになる。魔導士として、私はそれを望みません」
私の言葉に、傍聴人席から拍手が起きた。
それは最初、小さなパチパチという音だったが、徐々に大きくなり法廷全体に広がる。
「静粛に静粛に」
裁判長がそう言った。
*
審理から数日後、判決が告げられた。
私は裁判長に名前を呼ばれ、真実の証言台の上に立つ。
そして、私が裁判長から言い渡されたのは――
「主文。被告人は無罪」




