第47話 真実の証言台(その四)
しばらく考えた後、裁判長は口を開いた。
「異例のことではあるが、被告人の提案を受け入れます」
その途端、左の裁判官が素っ頓狂な声を上げる。
「裁判長!?正気ですか?」
「もちろん、正気だとも」
裁判長は重々しく頷いた。
「王立裁判所において真実の証言台による判断は、審理の最重要事項と見なされる。故に万が一、それが間違ったものだとしたら誤った判決を生み出してしまう」
「真実の証言台が間違った判断をするなど考えられません!これまでになかったことです!」
「そうならば、なおのこと。それをここで示すべきだ。今後の禍根を残さないためにも」
「しかし……」
「私も真実の証言台の力はよく知っている。だが、先ほどの被告人側の女性の証人。個人の意見だが、どうしても彼女が嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ、今ここで証言台の正否を確認しておきたい」
左の裁判官は食い下がるが、裁判長の意思は固く、私の提案は受け入れられることになった。
「ところで被告人。具体的に、どのようにして真実の証言台の力を試しますか?」
裁判長の問いに私は答える。
「今から私が魔法薬学の専門的な知識を話します。もちろん、わざと間違った内容を織り交ぜながら。その真偽を証言台に判断してもらい、その結果の正否を人間側で確かめましょう」
おそらく、この偽の証言台をコントロールしている人間には、魔法薬学の専門知識はないだろう……と私は踏んでいた。
というのも、先ほど私が口にしたガセリ草は、腸の調子を整える作用のある薬草で、どうやっても護身用の魔法薬の材料になり得ないからだ。魔法薬学の知識があるのならば、ガセリ草の名前が挙がった時点で『嘘』と判断できるはずだった。
つまり、私がマニアックな魔法薬学の知識を披露すれば、その内容を正しく判断できないはず――そう考えたのだ。
私の提案に裁判長は「なるほど」と頷いたが、すかさずアドリヤン検事が口をはさんだ。
「意義あり!そんなの君の思惑一つで、何とでもなるじゃないか!君のご自慢の知識とやらが、正しいのか間違っているのか。素人の我々には判断できない。つまり、君が間違った知識を披露して証言台が『嘘』と判断した場合でも、君は『真』と言うことができるわけだ!」
額に汗を浮かべながら、アドリヤン検事は抗議を続ける。
「そうやって君が不正を働いたとしても、魔法薬学の知識がない我々にはそれが分からない!」
思わず、プッと私は噴出した。
「あなたのお隣に座っていらっしゃる方々は、魔法薬学の専門家じゃありませんか」
「あっ」
そこでようやく、アドリヤン検事はジョシュアの存在を思い出したようだ。
「では、君の知識と証言台の結果の答え合わせはジョシュア氏に行ってもらおう!」
そこに活路を見出したのか、アドリヤン検事の表情が目に見えて明るくなる。
しかし、私は首を横に振った。
「それは困ります。ジョシュア氏と私は今、敵対関係にありますから。それこそ思惑一つで間違ったことを言われかねません」
「だったら――」
「もう一人いらっしゃるでしょう?この国の魔法薬学の最高峰にいらっしゃる方が、そこに」
私が見つめる先、そこには検察側の当事者席に座る宮廷魔導士ニコラがいた。
第三者の専門家という立ち位置で、今回の裁判に参加している男だ。先ほど「学生だった私がプラジール病の特効薬を考案するのは難しい」と余計な見解を述べてくれた人物である。
「私ですか?」
驚いたように、そのニコラ宮廷魔導士はこちらを見た。
「しかし、私も検察側の証人として参加している身ですが……」
「けれどもあなたは、今回の件の関係者ではありません。そして、裁判の内容は全て記録に残されます。もし、あなたが間違った判断をすれば、それがずっと先まで残ってしまう。宮廷魔導士のキャリアにも傷がついてしまうでしょう」
「……なるほど、確かに。私にも宮廷魔導士としての矜持があります。いいでしょう。完全に公平な立場から、あなたの知識と証言台の結果を照合をさせていただきます」
アドリヤン検事やジョシュアはまだ何か抗議をしようとしたが、それを遮って裁判長が「それでいいでしょう」と決断した。
そして、私は自分の魔法薬学の知識を披露することになった。青春時代、それ以外の全てなげうってガリガリ勉強した成果を発揮するときである。
比較的一般的なものから、他国の一部の地域でしか使われていないようなマニアックな魔法薬の知識まで――私は話す。
そして、私の知識と証言台の示す結果、その答え合わせをニコラ宮廷魔導士がしていった。
さすがは宮廷魔導士ということで、彼は一つの誤りもなく、私の知識を正確に判断してくれた。
そして、答え合わせの結果は――
「ふむ。証言台の正解率はおよそ三割ですか。まさか、半分を切るとは……。これでは何のために証言台を使っているか分かりませんね」
ニコラ宮廷魔導士の言葉に、法廷は大騒ぎになった。
目の前で『真実の証言台が正しい』という前提が崩れてしまったのだから無理はない。
おそらく、これは前代未聞の話だろう。この国の裁判システムを揺るがすスキャンダルだ。
これらの結果を受けて、裁判長が立ち上がる。
「今すぐ、真実の証言台を調べなさい!」
そう係員に命じたところ、その前にレオンが動いた。
彼は何を思ったのか、証言台に近づき……そして、
――ドゴッ!!
証言台すぐ近くの床を素手で破壊した。
床には大きな穴が開き、そこにレオンが拳を突き刺している形だ。
あまりの彼の突飛な行動に、騒がしかった法廷がシンと静まり返る。
そんな中、床から引き抜いたレオンの手は何かを掴んでいた。
それは――人間の腕である。
「神聖な法廷の床下に鼠が潜んでいたようですが……これはどういうことですか?」
レオンが言った。




