第44話 真実の証言台(その壱)
第一審の初日、私は王立裁判所にやって来た。
本来3回与えられるチャンスが私には2度しかない。しかも、最高裁判所への上告が認められるとは必ずしも限らない。
つまり、チャンスは一度だけという可能性も十分考えられるのだ。
この王立裁判所で負ければ、有罪の烙印が決定的となるやも……そう思うと、私はにわかに緊張した。
事情が変わったこともあり、ロベールは弁護士として、こう助言してきた。
罪を認めるのも一つの手です、と。
そう、それは賢い選択だ。
しかし結局、私は自分の無罪を訴える――その姿勢を変えなかった。ここで逃げてしまえば、また元の木阿弥だから。
私は決死の覚悟で裁判に臨んだ。
*
裁判所には多くの傍聴人が訪れていた。
ふと、視界に燃えるような赤色が飛び込んでくる。
すぐにレオンだと分かった。彼も証人として、今回の裁判に協力してくれることを、私はロベールを通じて知っていた。
オルレアを離れてからまだ一か月ほどしか経っていないのに、レオンのことがとても懐かしく感じられる。彼の姿を見て望郷の念にかられてしまったのか、胸にこみあげるものがあった。
それを何とか収めて、私は平静を保つ。
レオンは私の視線に気付くと、いつものようなはつらつとした笑顔をこちらに向けてきた。そして、力強く肯く。
私は勇気づけられたような気持ちになった。
左側の当事者席に検察官、右側には被告人――つまり私――と弁護士が座る。
法廷の一段高くなっている場所には、三人の裁判官の席があり、そして中央には証言台が鎮座していた。
あの証言台は『真実の証言台』と呼ばれるものだ。証人が真実を言っているかどうか判別できる古代文明時代の魔道具であり、元は遺跡から発掘されたらしい。
下級裁判所と王立裁判所の大きな差の一つは、この証言台を保有しているかどうかだった。
さて、いよいよ裁判が始まる。
冒頭の手続きのところで、私の起訴状がアドリヤン検事によって読み上げられた。
私がピエトロ商会の保有している魔法薬の作製方法を盗み出し、その知識から作り出した魔法薬を売って利益を手にしたこと、本来ピエトロ商会が得るべき利益を侵害したこと――それが審判の対象だった。
たっぷりとした白髭をたくわえた裁判長から、黙秘権と真実の証言台の説明を私は受ける。
真実の証言台の上に立って証言すると、その内容が真実の場合は台が青く光り、虚偽の場合は赤く光ると言う。
つまり、証人は嘘が吐けない。
おそらくこの真実の証言台が、私の無実を晴らすための大きなアドバンテージになるだろう。あちらがどれだけ嘘の証拠を固め、取り繕っても、証言台の上では虚偽がバレてしまうのだから。
真実の証言台を前にして、検察側の証人は決定的なことは口にせず、のらりくらりと焦点をぼかすはずだ。
こちらはその曖昧さを指摘し、追及する。
そうやって、私たちは何としてでもジョシュアたちの悪行を暴かなければならなかった。
*
まず、私は当事者席で自分の言い分を述べた。
「検察側の容疑は全くのでたらめであり、そもそもプラジール病の特効薬は私が考案したものです」
私の言葉に、傍聴人席がどよめく。
「静粛に、静粛に」
裁判長の声が朗々と法廷に響いた。
「それでは検察側。起訴内容の立証を」
「はい。検察側は証人としてピエトロ商会のジョシュア最高顧問を召喚します」
アドリヤン検事に促され、ジョシュアが真実の証言台の上に立つ。
そこから二人の問答が始まった。
「先ほど、被告人からプラジール病の特効薬を考案したのは被告人自身である――そう述べられましたが、それは真実ですか?」
その問いに、ジョシュアが答える。
「いいえ。それは真っ赤な嘘です。あれは私の発明です」
真実の証言台は青く光った。
――え?
ドクンドクンと――心臓がうるさいくらい音を立てる。
私の額に脂汗が浮かんだ。
青い光ということは……ジョシュアは真実を口にしている……?
彼の言葉が真実……?
そんな……そんなはずはないっ!
私は自分でもひどく動揺しているのが分かった。
「被告人には宮廷魔導士になりたいという夢があった。しかし、気の毒なことにその才能はなかったのです!だから、私の研究を妬んで……」
ジョシュアが立っている証言台は青い光を宿したままだ。
「被告人は学生時代、私の教え子でした。おそらく、そのときすでに私の研究を盗んでいたのでしょう」
もう、彼が何か言っているか分からない。その内容も私の頭に入ってこなかった。
そんな私の動揺にロベールも気づいたのだろう。彼は小さく「落ち着いて下さい」と話しかけてくる。しかし、それは私に何の効果ももたらさなかった。
どうして、どうして、どうして。
どうして、真実の証言台は青く光る?
絶対に何かまずいことが起きている――混乱する頭の中で、それだけは分かった。
ジョシュアの証言が終わると、今度は現職の宮廷魔導士が証言台に立った。
ニコラと言う壮年の男性で、彼は専門家の立場からプラジール病の特効薬の研究価値を述べ、「当時、まだ学生だった被告人がこれほどの研究成果を挙げるのは難しいと思われる」と締めくくった。
その時も、真実の証言台は青い光を放っていた。
今まで、真実の証言台は私のアドバンテージだと思っていた。どれだけ相手が証拠を捏造しようとも、裏で手を回そうとも、真実の証言台をうまく活用すれば、こちらにも勝機がある――そう考えていたのだ。
それが今、どうだろう。
どうして、真実の証言台はジョシュアの嘘に反応しない?どうして、なぜ?
私は、ガラガラと足元が崩れ落ちていく心地だった。
アドリヤン検事やジョシュアが余裕の笑みを浮かべてこちらを見てくる。あちらはすでに自分たちの勝利を確信しているようだった。




