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第41話 ジャンヌの覚悟(前編)

 クローヴィス侯爵家の屋敷で、私は領主と面会した。

 二時間ほどの話し合いの末、領主の部屋を出ると、廊下でレオンが待っていた。


「まさか、ずっと待っていらしたのですか?」

「ああ。その……気になって」


 レオンは少し決まり悪そうにする。


「いったい、父と何の話をしていたんだい?」


 心配そうにこちらを伺うレオンに、私は笑ってみせた。


「プラジール病の対策についてですよ。」

「対策?ジャンヌ、君に何か妙案があるのかい?」

「ええ。さぁ、行きましょう。ぐずぐずしてはいられません」

「あ、ああ!」



 数時間前。

 私は領主と面談し、洗いざらいを話した。


 私がプラジール病の特効薬のレシピを知っていること。

 そもそもこれは私の研究であり、当時魔法薬学の教授だったジョシュアに不当に奪われたこと――全てだ。


 その際、領主からピエトロ商会が提示した取引についても伺った。彼らはクローヴィス侯爵領の窮地に付けこんで、驚くような金銭を要求したようだ。

 ここまで浅ましいとは……私は怒りを通り越して呆れ果てた。


 ピエトロ商会の要求をそのまま受け入れてしまうと、クローヴィス侯爵領の財政に過分な負担がかかる。そしてその負荷は回りまわって、領民に降りかかることになるだろう。

 私は領主にこう申し出た。


「私なら実費のみでプラジール病の特効薬を作ることができます」

「それは本当か!?」

「ただ、いくつか()()()が……」


 私はこれから持ち上がるだろう問題について、領主と話し合い――そして今に至るわけだ。

 


 話し合いの後、早速私はプラジール病の特効薬の作製にとりかかることにした。

 しかし、感染の規模を考えて、うちの店だけでは製薬が追い付かない。そこで、領主の名の下、オルレアの街にある他の魔法薬店にも協力を仰いだ。


 私は集まった魔導士たちにプラジール病の特効薬のレシピを詳しく伝えた。もちろん、ピエトロ商会が独占しているはずの治療薬の詳細を私がなぜ知っているのか、彼らは不思議に思ったようだった。


「嬢ちゃんは、どうしてそのレシピを知っているんだ?」


 白髪交じりの男性魔導士がそう尋ねてきた。

 この街で長年、魔法薬を売っている老舗店の経営者だ。店の規模もピエトロ商会に次ぐくらい大きく、この街の魔法薬店の顔役のような存在だった。


「それは私がこの魔法薬の考案者だからです」

「それはどういう――?」

「申し訳ありませんが、詳しくお話する時間はありません。ただ、一つ明確なのは……」


 私は皆を見渡しながら断言した。


「プラジール病の特効薬について、その全ての責任は私が取ります」


 疑問はまだ残っていただろうが、魔導士たちは私に協力してくれた。

 それは、私への疑問よりも何よりも、危機的状況にある街を救いたい――という彼らの熱い想いが勝った結果だと思われる。

 そして、急ピッチでプラジール病の特効薬は作製され、それらは病で苦しむ患者たちの元に届いたのだった。



 皆の街を守りたい気持ちが奇跡を起こしたのだろうか。

 今回のプラジール病の流行で死者は一人も出なかった。感染源と思われる浮浪者の子供すらも助かったのだ。

 プラジール病は進行の遅い病気とはいえ、これは驚異的と言って良い成果だった。


 皆が窮地をしのいだことを喜び合う。

 その中には、もちろんレオンの姿もあった。


「ジャンヌ!君はすごいぞ!!」


 彼は興奮した様子で、私を掻き抱いた。ぎゅっと抱きしめられ、彼の体温を(じか)に感じる。温かい――私は素直にそう思った。

 それから彼はハッとしたようだ。


「すまない、ジャンヌ。つい……」


 レオンが慌てて私から身を離そうとする。

 いつもなら、私もそのまま押し返すところだ。けれども、その時――私は思い付きでレオンに抱擁を返す。


「えっ?ジャンヌ?」


 戸惑ったレオンの声と顔が面白かった。



 私は(うち)の近くにある小高い丘に登り、オルレアの街を眺めていた。

 夜も近くなった頃合いだ。街の中心部に目を向けると幾つもの灯りが見え、人々の生活している様子が分かった。

 それをらしくもなく、少し感傷的な気持ちになりながら私は見つめる。


「ジャンヌ」


 子供の声がして、驚いてそちらを振り返れば、よく見知った少女がいた。


「マルグリット!こんな時間にどうしたの?」

「へへ」


 もう子供は家に帰るべき時間だろう。(とが)める私に対して、しかしこの少女はいつものようにマイペースだった。


「とりあえず()()()()()を言っておこうと思って」

「さようなら?」

「だって、ジャンヌはこの街を出ていくつもりなんでしょう?」


 前も一度思ったことがあるが、マルグリットは妙に鋭いところがある。今回もその洞察力に、私はハッとさせらた。


「相手の出方次第だけれどね。おそらく、そうなると思う」

「ふぅん。帰って来るの?」

「そうできれば良いけれど…」


 マルグリットの大きな双眸がこちらを見つめてくる。ヘーゼル色の瞳はまるで猫のようだった。


「まるで死地に赴く兵士みたい」


 マルグリットの言葉に、思わず私は声を立てて笑った。

 本当に、この子は妙に鋭い。


「死にはしないよ。確かに負け戦かもしれないけれど」

「ふぅん。負けるのに戦うの?」

「もう逃げるのはうんざりだからね」



 ジャンヌはすごい。すごい、すごい。

 プラジール病を克服し、街の皆が喜び合う中、レオンは始終、興奮気味だった。


 領主である父と話したかと思うと、ジャンヌはプラジール病の特効薬を作り始めたのだ。

 そのおかげで、オルレアの街が救われたのは誰の目にも明らかである。


 ピエトロ商会が独占していたはずのプラジール病の特効薬の製造方法――それをなぜジャンヌが知っているか、レオンは疑問に思えども、ジャンヌを疑うことはしなかった。

 彼女はレシピの考案者は自分だと、皆の前で言い切っていた。ならばそれが真実だと、レオンは思う。ジャンヌが他人の魔法を盗んだなんて発想は、思いつきもしなかったのだ。


 だからこそ、王都にいるはずの王立騎士団がジャンヌへの逮捕状を手にオルレアの街にやって来たときは、まさに青天の霹靂(へきれき)であった。


「いったい、どういうことだ!?」


 最初、自分は悪い夢でも見ているのか――とレオンは思った。

 しかし実際に、ジャンヌの手に錠がかけられ、どこかへ連れていかれようとしている。

 そして、ジャンヌを逮捕するためにやって来たという王立騎士団の面々に――かつて、レオンはそこに在籍していたのだが――レオンは見覚えがあった。彼らは正真正銘の王立騎士団員であり、偽物ではない。


 何が何だか、レオンには分からなかった。

 ただ、目の前で恐ろしいこと、取り返しのつかないようなことが起こっている――それだけは分かる。


 レオンは叫んだ。


「ジャンヌ!」


 その声に、ジャンヌは振り返る。彼女の表情に焦りはなく、淡々と現実を受け止めているように見えた。

 ジャンヌはレオンの姿を認めると、口角を上げて不敵に笑う。

 そして、彼女は何も言わず、王立騎士団に連れられ、そのまま街を出て行った。

 



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