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第40話 プラジール病

 あの『酔竜の果実』の一件以来、ぴたりとレオンは(うち)への訪問を止めていた。レオンの代わりなのか、彼の部下であるルネがちらほら店を訪れている。


 あんなことがあって、レオンも気まずいのだろう――ということは私にも分かった。

 ただ、ほぼ毎日のように(うち)を訪れていたレオンが急に来なくなったものだから、母やニナは「どうしたのか」と騒ぎ立てていた。


「まさか、あんた。レオン様に失礼なことをしたんじゃないだろうね?」


 そんな(いわ)れのないことを母に責められる。

 失礼なことをしたのは私ではなく、レオンだ。むしろ私は被害者側の立場だ。『酔竜の果実』でおかしくなったレオンに襲われ、危うく貞操を失うところだったのだから。

 といっても、その詳細を声高に訴えるわけにもいかず……。


 さて。レオンに無体を働かれた私だったが、自分でも驚くほどショックは受けていなかった。存外、私の神経は図太いらしい。

 いつものレオンと、『酔竜の果実』のせいで我を失ったレオン。その二つは、私の中できれいに分けられていた。

 どうやら、私はレオンのことを自分が思っている以上に信頼していたようだ。『酔竜の果実の』がなければ、彼があんな暴挙に出ることはない――と確信していた。


 外野がうるさいから――特に母だ――レオンも気にしないで、いつも通り振舞ってくれれば良いのに……と、そんなことまで考える余裕がある。

 まぁ、レオンが(うち)に来てしまえば、また別の意味で煩わしく思ってしまうのだろうけれど。

 我ながら勝手だと呆れつつ、私はそんなことを考えて日々を過ごしていた。


 その日常は突然崩れることになる。



 事の発端(ほったん)は、オルレア北部の商業地区で倒れていた浮浪者だった。その人物はまだ子供で、衰弱していたところを教会附属の医療院に運ばれたのだ。

 浮浪者という背景から、当初医療院の人々は子供が栄養失調か何かで弱っているものだと考えていた。それで、その子に栄養価の高いものを摂らせようとしたのだが、中々回復しない。


 そうこうしている内に、その子供を担当していた白魔導士が魔法を使えなくなってしまった。原因を探ったところ、白魔導士の魔力がかなり減少しているらしいことが判明したのである。

 さらに、同様の症状が医療院の関係者で認められるようになった。

 さすがにおかしいと思った医療院は、このことを公的衛生機関とオルレア騎士団に連絡する。

 その結果、今回不調を訴えた者がプラジール病に罹患(りかん)していることが分かったのだった。



 私がそのことを知ったのは、事態が深刻化し、オルレアの一区画が封鎖されてからのことだった。

 プラジール病はゆっくりとだが、着実に人を死に誘う病だ。治療しなければ、患者はいずれ衰弱死してしまう。

 そして、その特効薬はピエトロ商会が独占しているものだった。


 この話を聞いて、私の中でジョシュアの言葉が(よみが)る。


――私の手を取らなかったこと。君もこの街も、()()後悔するよ


 まさか、あの男。今回のプラジール病の流行に何か関与しているのではないか?

 私はすぅーと背筋が冷たくなった。



「くそっ!ピエトロ商会めっ!!足元を見やがって!!!」


 アクセル・クローヴィスは彼にしては珍しく、口汚く罵った。

 常は王都で官僚の仕事をしている彼だが、自領でプラジール病が流行しているという知らせに、急遽帰郷したのである。


 室内には、アクセルの他にもう一人男がいた。五十歳くらいで、一目でアクセルと血縁関係にあることが分かった。

 燃えるような赤い髪に、琥珀色の瞳。

 彼がアクセルとレオン兄弟の父親であり、領主でもあるクローヴィス侯爵だった。


 今回の緊急事態については、もちろんクローヴィス侯爵も重く受け止めていた。下手をうてば、オルレアの街中の人間がプラジール病に感染してしまうかもしれない。

 現在、プラジール病の感染拡大を防ぐために封鎖政策をとっているが、それがどこまで効果があるか分からなかった。

 一刻も早く、プラジール病の治療薬を手に入れる必要があるのは明白である。


 プラジール病の治療薬を作れるのは、国内でもピエトロ商会だけだ。早速、侯爵はピエトロ商会に治療薬を求めた。

 しかし、ピエトロ商会から提示された対価は目を疑うような大金だった。おそらく、通常時の価格の数倍以上の金額だ。

 こちらの弱みにつけこむあくどい商売のやり方に、当然侯爵は抗議した。だが、「原材料が高騰しているので適正価格である」とピエトロ商会側は提示金額を変えなかった。


 侯爵がピエトロ商会の悪辣(あくらつ)さを国に訴えるも、その反応は鈍い。おそらく、サヴォイア公爵家が裏で手を回しているだろうと思われた。


「まさか、こんな嫌がらせをしてくるなんて。ピエトロ商会のオルレア支店が潰れたと聞きましたが、その逆恨みでしょうか?」


 アクセルの問いに、侯爵は唸る。


「それもあるだろう。しかし、それだけでもない。以前から、サヴォイア公爵家と我が侯爵家は対立関係にある。その点も大きいだろう」

「父上。これからどうします?やつらの言い値なんて、ほとんどの民が払えません。だからと言って、侯爵家の資金を使うには負担があまりにも……財政へのダメージが大きい」

「……」

「それに、こんな外道なやり方をとってくるピエトロ商会ですよ?連中、さらに金額を釣り上げたり、マガイ物の薬をよこしたりするかもしれない。信用なんてできません!」


 アクセルの指摘はもっともだと、侯爵も理解していた。

 彼らは苦渋の決断を迫られている。そして侯爵が下した決断は――


「それでも、民の命には代えられんだろう」



 レオンに会うため、私はオルレア騎士団本部を訪れていた。今回のプラジール病の件で、騎士団もてんやわんやの大騒ぎである。

 そんな中、どうにか私はレオンと会うことができた。

 さて。久々に会う私を見て、レオンは面白いくらい狼狽(ろうばい)する。


「あ、あの……ジャンヌ。俺は……」

「レオン様。一つお願いがあるのですが……」

「えっ?それはもちろん!君からの頼みなら何でも」


 またも、お願いの内容も聞かず、了承してしまうレオン。私はそんな彼に呆れつつも、くすりと笑った。

 そして、本題を口にする。


「領主様…クローヴィス侯爵にお目にかかりたいのです」

「父に?」


 私の申し出が意外だったのだろう。

 レオンは目を大きく見開いた。




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