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第39話 酔竜の果実*

*注意:ぬるいですが性的描写があります。苦手な人は1話飛ばしてください。



 ジョシュアが去って一週間が経った。

 去り際のあの不吉な捨て台詞に反して、特に私の周りで変わったことは起こっていない。日常が戻って来たような平穏さだった。


 本日の仕事が終わり、ニナも帰った後、私は店舗の奥の部屋に一人でいた。作業台には、薄赤い液体の入った小瓶がある。実はコレ、最近改良したばかりの解毒剤なのだ。

 もともと混乱や幻惑など精神異常状態を回復させることに特化した解毒剤で、今回の改良でさらにその効果が高まっている。

 この薬について、私は店頭で売り出す際の広告を考えているところだった。


 何か良い売り文句がないかと頭をひねりながら、ペンを片手に私はフルーツティーをすする。果実の甘い匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。

 その時、店の方から控えめなノックの音が聞こえてきた。

 すでに本日の営業は終了してしまっている。いったい、誰だろうと思いつつ、私は店舗の方へ出て行った。


 店の扉を開けると、そこにいたのはレオンだった。


「こんばんは。ジャンヌ」

「レオン様、こんばんは。どうかされましたか?」

「特に用はないんだ。そちらは何もなかったかい?」

「はい。特には」

「それは良かったぞ」


 ホッとしたような笑みを浮かべるレオン。

 これまでなら、また無駄話をしにきたのか――そう私は思っていただろう。しかし、今は状況が違う。

 ピエトロ商会や、この間のジョシュアのことがあって、レオンは私のことを心配してくれているのだ。


 その証拠に、


「閉店後に来てしまって、すまない。本当は日中に来られたら良かったんだけれど。それじゃあ、俺はこれで」


 私と店の無事を確認すると、早々にレオンは帰ろうとする。

 さすがに、このまま帰らせるのは悪いような気がして、私はその背に声をかけた。


「お茶でも飲んでいかれますか?」

「えっ」


 驚いたように、レオンが振り返った。



 奥の部屋に入ってすぐ、レオンは口を開いた。


「なんだか、いい匂いがする」

「ああ、先ほど私が飲んでいたフルーツティーの香りですね。同じものをお出ししましょうか?」


 そう聞くと、レオンは嬉しそうに頷いた。


 レオンはこのフルーツティーをいたく気に入ったようだった。


「こんなに美味しいお茶は飲んだことがない!これは何というお茶なんだい?」

「『酔竜の果実』のドライフルーツをお茶にしたものですよ」

「酔竜の果実?」


 耳慣れない単語なのか、レオンは不思議そうに首をかしげた。


「この国では珍しいですが、外国ではお茶にブレンドしたり、お菓子に使ったり、よく食されている果物ですね。リラックス作用があるんです」

「へぇ。確かに、気分が良いような気がするよ。それにしても、『酔竜』なんて変わった名前だね」

「その果実にまつわる逸話から名付けられたのでしょうね」

「逸話?」

「昔、街を荒らしていた竜を退治しようとした英雄がいたんです。彼はその果実から作ったお酒を竜に飲ませ、酔っぱらって寝た竜の首を剣で切り落とした……っていう昔話ですね」

「つまり、これは竜を酔わせる果実なのかい?」

「実際、どうなのかは分かりません。そういうお話があるというだけです」


 『酔竜の果実』が本当に竜に効き目があるか、それを確かめた論文は未だない。

 そもそも竜は最強の魔物の一角で、この国では存在自体がとても珍しいのだ。そんな魔物に、わざわざ酒を飲ませるという状況を作るのは至難の業だろう。


 そんなことを考えていた矢先、私はレオンの様子が少し()()()()ことに気付いた。何だか、目つきがとろんとして眠そうに見える。


「レオン様……?」


 不審に思って尋ねると、彼は無言のままじっと私を見返してきた。

 本当に大丈夫だろうか。もしかして、『酔竜の果実』が体に合わなかったのだろうか?


 すると、レオンはいきなり立ち上がった。


「……帰る」


 そう短く言い、部屋を出て行こうとしたかと思うと、すぐに彼はしゃがみ込み、その場にうずくまる。


「えっ、レオン様!?」


 さすがにレオンの様子がおかしすぎる。私は彼に駆け寄り、そして――……



 気づけば、私の視界は反転していた。


 目に映るのは木目の天井、つまり私は床に仰向けになっているのだ。

 横目を向けると、すぐ近くの床に転がっている小瓶――改良型の解毒薬の瓶――が見えた。何かの拍子に床に落ちてしまったのだろう。幸い、瓶自体は割れてはいない。


――いったい、どうして私は床に寝っ転がっているんだ?


 状況を把握しかねていると、間近にレオンの顔が迫ってきた。それでどうやら、自分が彼に押し倒されたらしいと悟る。

 レオンは何かブツブツと呟いたかと思うと、その顔をさらに近づけてきた。

 というか近い、近すぎる……って、おい!?


 気付いたとき、私の口は塞がれていた。そう、レオンの口によって。


 私は驚き、思わず声を上げようとするが、塞がれた唇からはくぐもった声が漏れるだけだ。そして、その口の隙間からレオンの舌が侵入してくる。

 舌はまるでソレ自体が独立した生き物のように動き、逃げる私の舌を絡めとった。

 ますます深くなる口づけに驚きながら、私は考える。


――いったい、レオンに何が起こった?


 疑わしいのは『酔竜の果実』だ。アレを使ったフルーツティーを飲んでから、彼の様子はおかしくなった。

 その名の通り、竜を酔わせるという逸話のある果実。しかし、人間相手にこんな作用をもたらすなんて初耳である。これまでに、そのような作用の報告があっただろうか……なんて現実逃避をしていたら、私の状況はどんどん悪くなっていった。


 私の両手を片手で易々と縫い留めつつ、レオンはもう片方の手で、私のブラウスのボタンを外していく。意外に器用だなぁ……なんて感心している場合ではない。

 私は精神を集中させた。


 以前、暴漢に襲われたときのように、『灯り(ライティング)』の魔法で、レオンの目をくらませよう。その隙に逃げるのだ。この魔法なら口を塞がれていても、無詠唱で発動できる。

 私はギュッと自分の目をつむり、そして『灯り(ライティング)』の魔法を発動させようとした。

 これでレオンは(まばゆ)い光に目をつぶされて――


 ……なんてことは起こらなかった。

 どういうわけか、魔法が発動しないのだ。


――どうしてっ!?


 私は本格的に焦り始めた。

 そもそも私とレオンの力の差は歴然だが、これで魔法が使えなければ、私は彼の不意を突くことすらもできない。


「ぷはっ」


 何とかレオンのキスから逃れ、私の口は自由になった。新鮮な空気を吸い込む。

 無詠唱魔法でどうにもならないのなら、ここはしっかり詠唱するべきか。

 今一度、私は精神を集中させた。

 唱えるのは電撃魔法で、それでレオンを昏倒させようと考えていた。

 私は動揺を抑えつつ、できるだけ冷静になって魔法の詠唱呪文を口にする。


 これで絶対大丈夫――と思っていたのに、やはり魔法は発動しなかった。


「どうして!?」


 動揺のあまり、思わず声が出る。私は訳が分からなかった。

 理由は分からないが、私は本当に魔法を使えなくなってしまったみたいだ。いったいどうして……。

 そこで私はハッとしする。


――まさか、魔封じの魔法!?


 以前、レオンはウィリアムから『魔封じ』という黒魔法を習ったと話していた――ソレをを思い出した。

 今の状況はまさに、私の魔法がレオンに封じられた状況なのではないか?


 サーっと血の気が引く。

 なんてモノをレオンに教えたんだと、私は心底ウィリアムを呪った。


 そうこうしている間にも、私はどんどん追い詰められていった。


「ひゃあっ!?」


 思わず素っ頓狂(とんきょう)な声が出たとき、レオンの手が下着の隙間に入り、私の素肌に触れていてた。

 彼の大きな手が私の胸を揉みしだく。それどころか、その先端をぐりぐりと押しつぶすように、指でつまんできた。


 まずい、本当にまずい。本格的に私の貞操が危険である。

 そして、今の状況に追い打ちをかけるように、私にはレオンへの対抗策がない――これは万事休すか!?


 その時、私の視界に床に転がっている小瓶が入ってきた。改良型の解毒剤が入った瓶である。それを見て、私は一縷(いちる)の希望を抱いた。

 レオンの精神が『酔竜の果実』でおかしくなったのであれば、この薬でどうにかできるかもしれない。後は、どうやって彼に薬を飲ませるか……。


 そう考え始めた矢先、今度はレオンの片手が私のスカートの中に入り、さわりと太ももを撫でた。

 いよいよ私の貞操は()()()としている。もはや、迷っている暇はなかった。


 私は精一杯手を伸ばし、例の魔法薬を取ると、その薬を自分の口に含んだ。

 そのまま、レオンに私の方から口づけをする。幸い、レオンは大人しく、されるがままになっていった。

 レオンの開いた口の隙間から、私は口移しで薬を流し込む。彼がしっかり嚥下するのを確認して、私は唇を離した。


――これでどうだ!?


 息を弾ませながら、私はレオンの様子を見守った。

 すると、とろんと眠そうだった彼の目は、徐々に焦点が合っていき、


 そうして――。



 レオンはまるで夢を見ているような、意識に(かすみ)がかかっているような心地だった。

 それがフッと覚醒し、現実に引き戻される。

 そして彼が目にしたのは――。


 目の前に、レオンが愛してやまない女性がいた。

 彼女は息を弾ませ、あろうことか()()()()()()姿を(さら)している。


 上半身はブラウスがはだけ、下着が丸見えで、その下着すら乱れていた。

 常日頃は服の下に隠されていて、日焼けしていない白い肌がほんのり赤く染まっている。下半身の方も、スカートがめくれあがり、太ももが露わになっていた。


 その煽情(せんじょう)的な姿に、レオンの顔は真っ赤になり、それからすぐさま青くなった。

 (かすみ)かかった意識の向こうで、自分が何をしでかしてしまったのか――おぼろげに思い出したのである。


 そう、あの『酔竜の果実』のフルーツティーを飲んで少ししてから、レオンは自分の様子がおかしいことに気付いた。

 最初は気のせいかとも思ったが、そうではない。

 気付けば、自分の理性が取り払われて、いつもあ自制している()がそのまま表に出ようとしていた。

 これはマズいと、レオンは焦り、早々にジャンヌから離れようと試みたのだが……ここからレオンの記憶はあやふやなものになっている。


 その後は夢うつつの状態で、自分で自分のことが制御できなかった。それでも、薄っすらと自分が何をしでかしてしまったのか――ソレだけは覚えている。


 レオンは青くなって額を床につけ、ジャンヌに謝った。


「ジャンヌ!すまない!俺は君になんて酷いことを……」


 そんな彼の様子を見て、ジャンヌはホッと息を吐いた。


「良かった。正気に戻られたんですね」


 ジャンヌは衣服を整えながら、レオンに話す。


「おそらく、レオン様がおかしくなってしまったのは、あの『酔竜の果実』のせいでしょう。まさか、私も人間にあんな作用をもたらすとはつゆ知らず……」

 彼女の声音はとても落ち着いていて、取り乱したところはなかった。

「だから、レオン様のせいじゃありません。幸い、()()で終わりましたし。どうか、お顔をお上げください」


 ジャンヌはレオンに対して怒らなかった。

 レオンがこんな暴挙に出たのは『酔竜の果実』のせいだから――そう、彼女は繰り返す。


 しかし、レオンの方はどうしてもジャンヌの顔が見れなかった。

 自分が彼女にしでかしてしまったこと――それを考えると面目ないと思うと共に、常日頃隠しているジャンヌへの劣情が露見したことを恥じ、彼は顔を合わせることができなかったのだった。




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