第37話 因縁の相手(前編)
とうとう、ピエトロ商会オルレア支店は潰れてしまった。
ピエトロ商会の店長が逮捕されたことが街の話題になり、彼らがうちの店にやった嫌がらせも噂で広がって、誰もピエトロ商会に近寄らなくなってしまったのである。
その結果の閉店だった。
渦中の人物であるピエトロ商会オルレア支店長ドミニク。
彼はうちの店に色々と嫌がらせをしてくれたが、その中でも酷いのは、暴力団に店を襲わせた件だ。
幸い、撃退することはできたものの、壊された商品は多数。その被害金額は、決して安いものではない。
私は当然の権利として、その被害の弁償をピエトロ商会本店に求めていたのだが、何とかそれもきちんと支払われる運びとなった。
これでピエトロ商会との対決もひと段落――そう思い、私はホッと胸を撫でおろしていた。そう、油断していたのだ。
まさかその後、最悪の再会があるなんて、思いもしていなかったのである。
*
その日は私が店舗の方に出ていた。
相変わらず、お客さんがたくさん来てくれていて店は盛況である。忙しく動き回っていた私は、その男が入店したことに気付いていなかった。
「少しいいかね?」
優しそうな老人の声だった。
はい、と私は声の方を振り返り、絶句する。
「ジャンヌ君。久しぶりだね」
たっぷりとしたグレーの髭をたくわえ、好々爺然とした人物――私が二度と会いたくなかった男がそこには立っていた。
店舗の方はニナに任せて、私は男を奥の部屋に通した。
ただならぬ私の雰囲気を察してか、彼女は心配そうな顔をしていた。
「元気そうで何よりだよ。ずいぶん、繁盛している店じゃないか。上手くやっているようだね」
穏やかな声と表情で男――元魔法学校の魔法薬学教授ジョシュアが話しかけてきた。
「君は昔からとびきり優秀な生徒だったからね。この成功も想像に難くな…」
「いったい、どういった用件でしょうか?」
私はジョシュアを睨みつける。すると、彼は悲しそうに目を伏せた。
「君が私に思うところがあるのは分かる。君には済まないことをしたとは思っているんだ」
「済まないことですって……?」
怒りのあまり、私は自分の声が震えるのが分かった。
ジョシュアが私にしたことは『済まないこと』なんて、一言で片づけられるようなものではない。
*
王立魔法学校の卒業が近づくにつれ、私は焦っていた。
何か、とびきりの成果を挙げなくては。そうでなければ、宮廷魔導士になれない、と。
在学中、私はありとあらゆる分野の魔法を勉強していた。しかしどれにおいても、『優』にはなれもて『秀』には一歩及ばなかった。一流にはなれなかったのだ。
だが、その中でも魔法薬学の分野だけはまだ一縷の希望があり、私はそれに賭けることにした。
ちょうどその頃、王国の辺境プラジール地方で新興の疫病が起こった。
『プラジール病』と名付けられたその病気は、患者の魔力がどんどん失われ、枯渇するというものだった。
魔力とは、魔法を使う上で必須の原動力だが、役割は何もそれだけではない。魔力は生き物の精神と密接にリンクしていることが最近の研究で分かっていた。
多い少ないの差はあれども、人間のみならず多くの生物は魔力を保有している。つまり、プラジール病で問題になるのは魔法を使う魔導士だけではないのだ。
プラジール病により魔力が枯渇すると、その患者は精神衰弱状態に陥った。病は気からというが、人の精神の如何は身体の健康に大きく影響する。
そうして魔力が失われ、精神が弱った患者たちは、ゆっくりと死に向かっていき、ついには衰弱死という結末を迎えるのだった。
この恐ろしい病気について、当時、まだ有効な治療法はなく、患者はただ緩やかな死を待つ状況だったのである。
――さて。
プラジール病の症状を聞いて、すぐに私は黒魔法の『吸魔』を思い出した。
『吸魔』は相手の魔力を吸収し、自分のものに換える魔法である。その原理は、相手の魔力と自分の魔力を同化させ、相手の魔力が自分の方へ流れるように操るというものだった。
これには対抗手段の魔法もあって、魔力の同化を阻害することで『吸魔』の効力をキャンセルすることができた。
一見、『吸魔』はとても強力な黒魔法のように思える。しかし、この魔法を使う魔導士は現在ほとんどおらず、魔法自体知る人も少なかった。
その理由は、魔力の吸収効率の悪さだ。この魔法を使っても微々たる量の魔力しか、相手から奪い取れず、次第に『吸魔』は忘れ廃れていった。
しかし――と私は考えた。
今回の流行り病の素となる『何か』が、人間なんかよりもはるかに効率よく『吸魔』を行えたらどうだろうか……?
もちろん、単なる思い付きだ。そもそもプラジール病にしたって、私は伝聞でしか知らない。実際に見てもいない。
ただ、その思い付きは私の頭から離れず、気付けば『吸魔』の対抗魔法をベースにした魔法薬を作製していた。そして、そのままプラジール地方まで私は足を運んだのである。
今から考えれば、当時の自分がどれだけ無謀なことをしていたか分かる。けれどもその時は、まるで熱に浮かされたような心地だったのだ。
野心よりも何よりも、純粋に――ただただ自分の魔法薬を試してみたかった。
プラジール病の流行地域に足を踏み入れることは、自身も同じ病にかかる可能性があることを意味する――それは十分に理解していた。
そんな中、私はむしろ好戦的な気持ちでかの地に赴いた。
私は自分の魔法薬を自ら使用する。私自身が被験者であり、当時の私はこう考えていた。
――自分の才能に賭けてやる、と。
何とも無茶な賭けをしたものである。少しでも冷静な思考があるのならば、そんな真似はしないだろう。
しかし驚いたことに、私はその賭けに勝ってしまったのだった。
私の作った魔法薬はプラジール病に効果てきめんだった。それで多くの人々を病から救うことができた。
あの時の達成感は今でも忘れることができない。
私は涙ながらに、患者やその家族たちと喜び合った。
その後、私はプラジール病とその特効薬ついて論文にまとめた。そして、自身の研究成果として、当時師事していたジョシュア教授に論文を提出したのである。
その結果、ジョシュアに私の研究成果を全て奪われてしまった。
ジョシュアは私から奪った研究成果を公に発表しなかった。彼はそれをピエトロ商会に持ち込むことで、プラジール病特効薬の利益を独占したのである。
つまり、プラジール病の患者はピエトロ商会から薬を買うしか助かる道がなくなったのだ。
そんなこと、私は許せるはずもなく、プラジール病特効薬の権利が自分にあることを証明し、その研究内容を世間一般に公表しようとした。
そのために弁護士を雇い、裁判をおこそうとしたが、私と共に戦ってくれる弁護士はどこにもいなかった。
ピエトロ商会のバックにはサヴォイア公爵家がついている。おそらく、そちらが根回ししていたのだろう。平民の小娘のために、公爵家を敵に回したい人間なんていない。
それどころか、私は逆にピエトロ商会から警告を受けた。
もしこれ以上妙な真似をしたら、教授やピエトロ商会からプラジール病特効薬の製造方法を盗んだ人間として私を訴えると。
そうなれば、私は他人の魔法を盗んだ魔導士として、一生後ろ指をさされることになるかもしれない。もう魔導士の世界ではやっていけなくなるだろう。
結局、私はジョシュア教授を訴えることを諦めた。
私は戦わず、逃げてしまったのだった。




