第36話 女三人寄ればかしましい
ピエトロ商会の一件も片付いて、私たちは祝杯をあげることにした。
私たちというのは、サカキ魔法薬店のメンバー――私と母とニナの三人だ。
この日、女三人そろって、大衆食堂『バイザウェイ』に繰り出した。ここは昼は食堂だが夜は酒場で、安くて美味しい良い店だ。
私たち三人の姿を目にとめた女将さんは、ニコニコと笑いかけてきた。
「おやおや、ジャンヌちゃん。今日はお母さんと、お友達も一緒かい?」
「はい」
「ゆっくり楽しんでいっておくれ。ちなみに今日のオススメはクロム魚の炭火焼きだよ。今の時期は脂がたっぷりで美味しいよ。レモンをしぼって食べるんだ」
「それ、いいですね」
他にも適当なつまみを注文し、私たちは麦酒で乾杯した。
この店の麦酒はすっきりとしたのどごしが特徴だ。さらに、それを冷やしているから、さらに爽快さが味わえる。ちなみに、冷却用の魔法薬はうちが納品していた。
「皆さん、お疲れさまでした!」
「いやぁ、疲れたねぇ」
「お疲れ様です!」
口々に互いを労う。本当にピエトロ商会との一件は大変だった。
「それにしてもジャンヌさんがあんなに強いとは知りませんでした」
「一応、冒険者の真似事をしていたときもあったから……」
「そうなんですか?それはいつ?」
ニナに聞かれ、私は昔を思い返す。
「学生時代から小遣い稼ぎで冒険者稼業に手を出していたけれど、本格的なものは卒業後かな。王都からこの街に帰るまでの期間ですね」
自分の研究が奪われ、宮廷魔導士にもなれず、半ば自暴自棄になっていた時のことだ。
その頃、私は奇天烈な格好の魔導士に出会い、しばらくペアを組んでいた。
「冒険者をしていたとき、とある迷宮に潜って、そこで思わぬ宝物を見つけたんです。それで売ったら、結構な値段がつきました」
それを元手に、魔法薬を売る店を開けば良い――そう言ってくれたのが、奇天烈な格好の魔導士だった。
――おぬしには、そうした仕事が向いておると思うぞ。
あの人はそう言って、宝を売ったお金のほとんどを私に譲ってくれた。
その格好といい、彼は一見ふざけているようにしか見えないが、優しい人だった。
今思えば、冒険者稼業でペアを組んだのも、当時荒れていた私を心配してくれてのことだろう。
「それからこの街に戻ったんです。宝を売ったお金を元手に、廃業したお菓子屋さんを居抜きで買って、今のサカキ魔法薬店があるというわけで」
「なるほど。うちのお店にはそんな過去があったんですね」
なんて、私とニナがサカキ魔法薬店の歴史を語っていると――
「それはそうと、アンタ。レオン様にちゃんとお礼は言ったの?」
母がそんなことを蒸し返してきた。
「……言ったよ」
私は答える。無意識に、ぶっきらぼうな口調になってしまった。
今回、ピエトロ商会のドミニクが迅速に逮捕されたのはレオンのおかげだ。
彼は店を襲って逃げたならず者を追跡し、そのアジトを突き止めたらしい。そして、単身で乗り込み暴力団一味を一人で壊滅させてしまったのだ。
その後、捕まった暴力団構成員の口からドミニクの名前が出たのだった。
そういうわけだから、レオンは店の恩人である。母が彼にお礼を言ったかどうか、気にするのは道理にかなっている。かなっているのだが……。
「アンタ、もう少しレオン様に愛想よくできないのかい?」
母がそんなことを言い出して、私は内心辟易した。どうやらお説教モードに突入したようだ。
思わず、私は口を尖らせる。
「……母さんこそ、なんでそんなにレオン様を気に入っているわけ?」
「そりゃあ、とっても良い人だからね。お貴族サマなのに偉ぶらないし、親切じゃないか。私からすれば、どうしてアンタがそう邪険にするか分からないよ。ねぇ、ニナちゃん」
「えっと……」
母から話を振られ、ニナは少し困ったように笑った。
「私もレオン様は素晴らしい方だと思います。私の命を助けて、ジャンヌさんを紹介してくれたのもレオン様ですし……」
母とニナの二人から言われ、私は押し黙った。
そもそも言われなくとも、レオンが良い人だということはよく分かっている。私が一方的に、彼に対して嫉妬と劣等感を抱いているだけ。悪いのは私だということも。
「まぁ。アンタがそんな風に育っちゃったのは、私にも責任があるんだろうねぇ。ずっと苦労をかけてきたし」
「苦労は……別に母さんのせいじゃない。あの男のせいでしょう」
私の言葉に、ニナは「あの男?」と不思議そうな顔をした。
「ああ、この子の父親だよ。それがろくでもない男でね。私たち母子を見捨てて、別の女のところに行ったんだ。まぁ、顔は良かったんだけれど」
「母さんは男の人を見る目がないね」
「あはは。それを言われてしまうと、ぐぅの音も出ないね」
あっけらかんと笑う母だが、これまで相当苦労してきたはずだ。
「私は、男はもうこりごりだけれど……アンタまでそうならなくても良かったのに。しかも、あんな風にアンタのことを一途に想ってくれている素敵な男性がいるのにさ」
残念そうに言う母に、私はため息を吐く。
母は私に結婚しろとは言わないが、できれば結婚して欲しいと思っているようだ。
「仮に、私に結婚願望があったとしても、レオン様が結婚相手なんて土台無理な話だからね?相手が誰か分かってる?お貴族サマ、しかも侯爵家の子息だよ。そんな相手と平民が結婚なんて、おとぎ話の世界の話だよ」
「そりゃあ、そうかもしれないけれど……」
「正妻なんて絶対無理。よくて愛妾だよ」
こんなバカげた夢物語はコレで終わり。
そう締めくくろうとしたが、思いもよらぬところから母の援護が入った。
「で、でも!レオン様ならその辺のことを何とかしてくれるんじゃないでしょうか?私、彼が好きな人を愛人にするような男性には見えないんです!!」
やけに熱を入れてニナが話すと、それに母が同意した。
「そうそう!そうだよねぇっ!!」
「はい!レオン様ならジャンヌさんを幸せにしてくれると思います!」
いかん……。母とニナのレオンへの好感度が高すぎて、完全に二対一になっている。これは分が悪い。
本人の意思などよそに、「レオン様と結婚したら」というあり得ない空想話を酒の肴に盛り上がる二人。
そんな彼女らを私は諫めるが、二人とも聞いちゃいなかった。
そうして、夜は更けていった。




