第35話 敵に回してはいけない人
簡単な仕事だと上から聞いていた。街はずれの小さな魔法薬店を脅迫するだけの楽な仕事だと。
しかも、そこの店員は女しかいないらしい。場合によっては、少し遊んでもかまわない――なんてことを言われ、良い気になって十数人の暴力団員たちはサカキ魔法薬店を襲ったのだが……
その結果は予想外のものだった。
若い女一人に次々と倒されていく仲間を見て、一番下っ端だった若者は恐怖におののき、走って逃げ帰った。
何が簡単な仕事だ、話が違う。相手は手練れの魔導士じゃないか。すぐにこのことをボスに伝えなければ。
そんなことを考えながら、下っ端の男はひた走る。
下っ端が逃げた先は、オルレアの繁華街にあるとある建物だった。
表向きは金貸し業の看板を掲げているが、その実態はこの辺りのならず者たちをまとめている暴力団事務所である。
血相を変えて飛び込んできた下っ端を見て、事務所の男たちに動揺が走った。
「仲間が皆、やられちまった!」
「いったい何があったんだ?」
「あの女、ただモンじゃない!腕利きの魔導士でっ…」
下っ端が必死になって説明しようとしていると、
――ガンッ!
派手な音を立てて、背後のドアが蹴破られた。
その入り口に、背の高い男が立っている。燃えるような赤い髪の青年――レオンだった。
「なんだてめぇは!」
侵入者を迎え撃つべく、事務所の奥からぞろぞろと、いかつい面構えの男たちが出て来る。
「おいっ、こいつ騎士団員だぞ!」
「なに!?騎士団の人間がなんでここに……?」
目ざとく誰かが、レオンが身に着けている軽鎧の竜のシンボルを見つけたようだ。
騎士団員が突然やって来たことに、暴力団員たちがざわついていると、ゆっくりと大柄な男がレオンの方に近づいた。
どうやら彼が、このならず者たちのボス。いわば悪党の親玉らしい。
「騎士団の方がうちにいったい何の用で?」
ボスの質問に、レオンは口を開いた。
「お前の所のチンピラが、街はずれの魔法薬店を襲っただろう」
「はて?何のことでしょうか?」
「とぼけても無駄だ。店からここへ逃げかえるソイツを追ってきたんだから」
レオンは下っ端を指さす。
誰かが「このバカ!つけられやがって!」と悪態を吐いた。
「お前ら全員、騎士団に連行する。そして、誰から魔法薬店を襲うよう依頼されたか白状してもらうぞ」
「ははっ!一人で乗り込んできて言うセリフか?無事に帰れると思うなよ!!」
ボスがそう言うや否や、レオンに向って一人の男がナイフを片手に突っ込んで来た。
レオンはその突進を軽くかわすと体を反転させ、男の頭を掴む。そして……
――ガッ!!
男の顔面を思い切り壁に叩きつけた。
鼻が折れ、歯が折れ、顔面血だらけになった男はずるずると床へ倒れこむ。
その光景を見て、暴力団員たちは思わず息を呑んだ。
「お、お前ら!行けっ!!」
ボスは動揺しつつも、部下に指示を出した。
すると、今度は数人の男たちが一斉にレオン襲い掛かる。いくらレオンが強くても、数で押せば勝てると思ったのだろうか。
けれども、その浅はかな考えは文字通り吹き飛ばされる羽目になった。
レオンは『疾風波』の魔法を唱える。彼が創りだした衝撃波は、襲ってきた数人をきれいに吹っ飛ばした。
「おいっ!コイツ、魔法も使うぞ!」
「ならっ、お前が行けっ!!」
前に出てきたのは、この暴力団で唯一の魔導士だった。彼は呪文を唱え、攻撃魔法をレオンに向って放とうとする。
「くらえっ!」
魔導士の男が詠唱したのは『炎の矢』の呪文だ。これで、燃え盛る炎の矢が宙に現れ、レオンを貫く……はずだった。
しかし実際は、何も起こらない。
「へっ?」
「バカ!こんなときにボケてんじゃねぇよ!」
「いや、俺はちゃんと魔法を使ったはずで……」
その魔導士はどうして『炎の矢』が発動しないのか、全く分かっていなかった。レオンが『魔封じ』の黒魔法で、魔導士の魔法を妨害しているなんて気づきもしなかったのである。
混乱している魔導士を殴り、あっさりと沈黙させるレオン。
この頃になって、暴力団のボスも自分たちが相手しているのが規格外の化け物であることにやっと気づいた。
「誰かっ、誰かぁ!!こいつを止めろぉおおおお!!」
悲鳴を上げながら、ボスは今回の依頼を受けたことを心の底から後悔していた。簡単な仕事だと思っていたのに、まさかこんな男を敵に回すことになるとは――。
しかし、時すでに遅し。
圧倒的な力の前に、暴力団員たちはなす術もなく、蹂躙されたのだった。
*
後日、レオンが事の顛末を私に教えてくれた。
店を襲った暴力団員の口から、今回の件がピエトロ商会店長のドミニクから依頼であることが明らかになったらしい。
まぁ、店に嫌がらせをする相手と言ったらドミニクしかいないから、これは意外でも何でもなかった。
ただし、暴力団員たちから証言を取れたのが何より重要だ。この証言が元になって、ドミニクは騎士団に逮捕された。
その罪状は、反社会的勢力を使った威力業務妨害だ。
加えて、ピエトロ商会は『竜の仮面の魔導士』の事件にも関与している可能性がある。この件についても、騎士団は厳しく追及していく方針らしかった。
なお、暴力団たちが散々荒らしてくれたうちの店。その被害総額は結構なもので、それをピエトロ商会本店に私は請求しているところである。
まぁ、彼らもこれ以上商会のイメージを損ないたくないだろうから、交渉には応じてくれるだろう。
こうして、私やニナをめぐるピエトロ商会とのトラブルは幕を閉じた。
少なくともこの時、私はそう思っていたのだった。




