第34話 昔取った杵柄
先日、レオンが見舞い評して持って来た大量の焼き菓子。
私と母の二人暮らしで、いったいどうやって消費すればいいのか――と思うような量だった。不幸中の幸いは、それが日持ちするものだったことか。
まだ残っているその焼き菓子を、遊びに来たエチカとマルグリットにふるまっていると、店舗の方が騒がしくなった。
「なに?」
「問題ごと?」
エチカは不安そうに、マルグリットはなぜか興味津々に聞いてくる。
私は二人に母屋に行くよう指示し、自分は店に戻った。
*
「こ、困ります」
「困りますぅ~だってよぉ!」
ニナの声と、聞き覚えのない男の声。
そして男の方は、どうやら一人ではないようだ。品のない笑い声が幾つも聞こえてくる。
私が店舗に戻ると、そこには風体のよろしくない男たち――控えめに言ってチンピラにしか見えない――が五人ほど店内に押し寄せていた。
おそらくドミニクの差し金だろう。あの男、今度はならず者を使って、この店を脅すつもりらしい。
私は対応しているニナと代わり、その際に耳打ちする。
「お客様を避難させて。あとは予定通りに……」
ニナは軽く頷くと、残ったお客を誘導し店の外へ出て行った。
私は男どもに向き直る。
「何か、御用でしょうか?」
すると、二の腕に刺青を入れた男がにやりとした。
「そうだなぁ。不老不死の薬でも貰おうか」
「そんなもの、当店にはございません」
「ふぅん。じゃあ、石を金に変える薬は?」
「ございません」
キッパリそう言うと、
「何もねぇじゃないかよっ!!」
刺青の男は突然激高し始めた。
彼は拳を振り回し、棚に飾ってあった商品をなぎ倒す。それらは床に落ち、大きな音を立てた。瓶が割れ、中の魔法薬が台無しになる。
私はじろりと刺青の男を睨みつけた。
「金貨10枚です」
「はぁ!?」
「あなたが今、駄目にした商品の値段ですよ。金貨10枚、きっちりお支払い下さい」
「この女、舐めってんじゃねぇぞ!」
刺青男の怒号が飛び、その仲間たちもこちらに向かってギャアギャア言っている。それは言葉よりも雄たけびに近い。そして、彼らは店の商品を壊し始めた。
まるで人語を介さない獣の所業である。
私は冷ややかに男たちを見た。
「そちらの壊した商品もきっちり弁償してもらいます」
「お前……ホントに俺らを舐め腐ってるだろう?アァッ!?」
「別に。当然の権利を主張しているだけですが?」
「女だから手を出されないとでも思ってンのか?×××して×××してやろうか」
聞くに堪えない言葉を吐きながら、こちらに近づく刺青の男。
品性のかけらもない、下の下だ。
私は俯き……
「止めて……近づかないでください」
「そうだ。最初から怯えて素直にしていれば……」
顔を上げた。
「あなた臭いんですよ。野良犬よりも酷い臭いがします」
「なっ!?」
刺青男の顔が真っ赤に染まる。
「この女、もう許せねぇっ!ブッ殺し――!!!!!」
――バチバチバチッ!!
ビリビリと音がした。
途端に、ビクンビクンと刺青の男の体が痙攣し、そのまま床に倒れる。
いや、彼だけではない。店内にいた彼の仲間は全員、感電し気を失っていた。
「有難く思ってくださいね。死なない程度にしてあげましたから」
私はコツコツと床を靴で叩いた。
そこには床の素材と同色で、雷撃用の魔法陣が描かれてあった。
私はそのまま表に出た。
どうやら刺青の男の仲間は、店の外にもいたらしい。その数は七人。一人だけ無傷で店外に出てきた私を見て、彼らは驚いていた。
私は素早く周囲を確認する。
幸いなことに、お客さんは無事店から離れられたようだ。この場に残っているのは、騒動を起こしたならず者たちだけ。
つまり、手加減せず暴れまわれる――ということである。
「おっ、お前!何をしやがった!?どうして……アニキたちは?」
「……」
「答えやがれ!」
怒鳴る男を無視し、私はポケットから魔法薬の瓶を取り出した。蓋を開けるや否や、薄紫色の煙がもくもくと瓶の口から出て行く。紫の煙は四方八方に分かれると、ならず者たちの身体にまとわりついた。
「うわっ!?なんだこれ!」
「前が見えねぇっ!」
視界を煙でふさがれた男たちは慌てふためいていた。濃い煙を吐き出すケムリ茸と風魔法のコンビネーションで作った煙幕の魔法薬である。
その間に、私は『石の礫』の魔法を発動させた。男たちめがけて幾つもの拳大の石が飛んで行くと、鈍い音と同時に彼らの悲鳴が聞こえてきた。
これで大方片付いたか――そう思ったが、まとわりつく煙を払いのけて、一人の男がこちらに突進してくる。素直にやられていれば良いのに、何てしぶとい奴だろう。
私は素早く『泥濘呪』の詠唱をした。土と水の精霊の力を借りた混合魔法で、私の呼びかけに反応して地面が突如ぬかるんだ土になる。
こちらに走ってきた男はまんまと泥に足を取られ、顔面から転倒した。そこへ私は『石の礫』で追撃する。
放った礫の一つが男の後頭部にまともに当たると、彼はぴくりとも動かなくなった。
*
通報を受けて駆け付けた騎士団が、店を襲ったならず者たちを次々に捕えていく。といっても、全員気絶しているので、それは簡単な作業だった。
「いやぁ、見事です。見事ですけれど……」
褒めつつも、ルネは少し困ったような表情で、失神し伸びた男たちを見た。中には石の礫を顔面にくらい、鼻が折れて血まみれの者もいる。
結構な重傷を負っている彼らを見て、ちょっとやりすぎたかも――と私は不安に思った。
「一応、死人は出ていませんが……コレ、私が罪に問われたりします?」
「向こうから手を出してきたことは、お客さんやニナさんの証言もありますし、まぁ……正当防衛で大丈夫でしょう」
そのルネの言葉に、私は胸を撫でおろす。
「あっ。一応、映像の証拠もあります。この男たちが店を襲ったときの記録は魔道具でしっり録っているので。あとで提出しますね」
「それはずいぶん、準備が良いですね」
そりゃあ、ドミニクが何か仕掛けて来ることは容易に予想できたからだ。そのための準備は怠らなかったつもりである。
母親とニナには、緊急時でのお客の避難の誘導と騎士団への通報をあらかじめ頼んでいた。今度こそドミニクの尻尾を掴むために、店内には映像記録用の魔道具を設置。
また、反撃のための用意もばっちりした。
店の床には、よくよく注意しなければ分からないよう、床と同色で雷撃の魔法陣を描いたし、戦闘に役立つ魔法薬も色々と私は携帯していた。
まさに備えあれば患いなし、である。
「私が驚いているのは、ジャンヌさんがこれほど戦えるとは思わなかったからです。魔法が相当できることは知っていましたが、それと実戦はやはり別物ですし……」
「昔。少しの間、冒険者の真似事をしていたことがあったんです。昔取った杵柄というやつですね」
「へぇ。それは初耳です……って、アレ?」
ここで何かに気付いたように、ルネが辺りを見回した。
「どうされましたか?」
「いえ、その。団長……レオン様の姿が見当たらないもので」
「えっ?レオン様も一緒にいらしていたんですか?」
「一緒にと言うか……、この店の窮地を聞くや否や、物凄い速さで飛び出て行かれました。現地で会えるかと思ったのですが……」
「でも、私はレオン様の姿をお見かけしていません」
いったいレオンはどこに行ったんだ?
私とルネは顔を見合わせた。




