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第32話 後悔の夢

 これが夢だということは、すぐに分かった。

 過去の出来事――その夢だ。ちょうど、私が王立魔法学校を卒業する最終学年のことだった。


 今よりも少し若い私。ちょうど、教授に自分の研究成果を見せているところだ。

 分厚い書類の束を抱え、興奮気味に自らの成功を話す。

 すると、教授は大きく頷き拍手した。


「この研究成果なら宮廷魔導士の地位も、まず間違いなく約束されるだろう」

「本当ですか!?」

「いやぁ、君は素晴らしい。教え子が君で私も鼻が高いよ。もちろん、推薦書は喜んで書かせてもらおう」


 過去の私の弾んだ声と、教授の大げさに褒める声が耳障りだった。


 

 窓の外の風景から、季節が流れたのが分かった。

 先ほどまでとは一転、私は教授に食って掛かっている。その剣幕は物凄い。

 そんな私を教授は鼻であしらい、のらくらりしていた。


「学生の研究を盗んで自分のモノにするなんて――っ!」

「言いがかりはよしてもらおうか」

「私がこのまま黙っているとでも?訴えます!裁判を起こしてやるっ!!」

「どうぞ。やれるものならやってみなさい」


 顔を真っ赤にして怒る私に対し、教授はどこまでも余裕面だった。


「私のバックにはサヴォイア公爵家がついている。何の力もない平民の君が、どうにかなると思うか?」

「――っ!?」

「ここは大人しく諦めるのが賢明だと思うがね。不要に騒ぎ立てれば、魔法薬学の分野どころか、魔導士(この)世界ではやっていけなくなる……君は頭の良い子だから分かるだろう?」


 実際、研究の盗用で教授を訴えようとし、私は王都の弁護士事務所を片っ端から回ったが、味方になってくれる法廷弁護士は見つからなかった。すでに教授や公爵家により手を回されていたことを知り、私は絶望する。

 さらに追い打ちで、「これ以上妙な真似をしたら、教授()()研究を()()()人間として私を訴える」という通達があった。


 相手の権力の大きさ――それを私は実感した。

 ただ魔法が少々できるだけの小娘が、敵に回して勝てる相手ではない。これ以上食い下がれば、教授の言った通り、本当に魔導士の世界ではやっていけなくなるかも――。


 ここは戦わずに諦めるのが――()()判断だ。

 私はそう自身に言い聞かせ、魔法学校の卒業と同時に、逃げるように王都を去ったのだった。



 ものすごく嫌な夢を見てしまって、私の気分は最低最悪だった。

 よりにもよって、あんな男の夢をみるなんて。

 正直な話、自分の生物学上の父親の夢を見るのと同じくらいの嫌悪感だ。なお、この二人が私がこの世で忌み嫌う人間のツートップである。


 そんな夢で気力体力を削られてしまったのか、この日私は店に出ても失敗ばかりだった。周りの人たちからも様子がおかしいと言われる。


「ジャンヌさん。どうかしたんですか?」

「アンタ、ちょっと今日おかしいよ」

 そうニナと母親に指摘され、

「ジャンヌちゃん。大丈夫かい?」

 常連客にも心配される始末だった。


 さすがにこれではいかん、気持ちを切り替えないと――そう思っていると、


「アンタ。熱があるんじゃ?」

「えっ?そう?」


 母親にぺたりと額を触られる。冷たい手が気持ちいい。


「うん。熱があるわよ」

「じゃあ、解熱剤を飲んで店に出るよ」

「――はぁ、ジャンヌ。あんた、今日はもう休んでな。あとは私とニナちゃんでやっておくから」

「そういうわけには……」


 熱があると言っても、おそらく微熱程度だ。咳や鼻水も出ていないし、寝込むほどのことでもない。

 だが、母親だけではなくニナまで「無理をしないで休んだ方が良いですよ」と言いつのる。


「でも」

「でも、じゃない。ミスばかりされる方が迷惑だよ」

「うっ……」


 私は母親の正論に反論できない。すると、私たちを取りなすようにお客さんたちが声をかけてきた。


「お母さんは心配しているんだよ」

「体を大事にしなさい」

「若いからって無理は禁物だよ」


 そして、皆にやいのやいの言われ、私は店を追い出されてしまった。



「急に暇になってしまった……」


 仕方なく私は自室に戻り、寝間着に着替えてベッドに入った。

 働けないほど辛いわけではないのに目を閉じると、すぐに眠気がやって来る。自覚はなかったが、もしかしたら存外に私は疲れていたのかもしれない。


 うつらうつらと夢うつつを彷徨(さまよ)いつつ、私は先ほどのことを思い返した。

 母親もニナも――そしてお客さんまでも、私のことを心配してくれた。

 今だけじゃない。

 ピエトロ商会によって悪い噂を流されたときでも、私や店を信じて、心配してくれる知り合いやお客さんは大勢いたのだ。

 私は確かに宮廷魔導士という夢を叶えることができず、故郷(オルレア)に逃げ帰ったわけだけれど、だからこそ手に入れたモノもちゃんとあるのだ。


 サカキ魔法薬店は間違いなく私にとって大切な場所だ。

 今、大切なものがあるはずなのに、かつての夢に囚われて続けるなんて未練たらしい。どうして、私は過去と決別できないのだろうか?


 不意に(よみがえ)るのは、今朝方(けさがた)見た夢のことだ。

 自分の研究成果を奪われても、何もできなかった私。

 巨大な敵に恐れをなし、(あらが)っても勝ち目はないと戦うことを諦めて逃げてしまったこと――それが()()選択だと自分に言い聞かせて。


 もしかして、私は逃げるべきではなかったのではないか?

 私はそう自問自答した。



 ノックの音で私は目を覚ました。

 むくりとベッドから起き上がると、赤い日差しが部屋の中に差し込んでいた。空は夕焼けに染まっていて、自分が長時間眠っていたことを知る。

 しかし、よく寝たおかげか、疲れはかなりとれたようだった。


――と、また控えめなノックの音。

 そうだ、誰か部屋を訪ねているのだ。

 私は欠伸をしながら、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく扉を開ける。おそらく、母親かニナ……もしかしたらアニーかもしれない、なんて思っていたのだが――


「えっ」

「あっ」


 目の前にいたのはレオンだった。


「その、君のお母さんから体調が悪いと聞いて…心配になって……」


 レオンはしどろもどろになり、視線を泳がせる。


「……それで(ここ)まで勝手に上がりこんできたと?」

「ちっ、ちがうぞ!お見舞いをしたいと言ったら、君のお母さんが通してくれて――」

「冗談ですよ」


 レオンが無断で人の家に上がり込むような人間でないことはよく分かっている。

 問題なのはそれを許した母親の方だ。前々から思っていたが、母はレオンのことを気に入っているのか、妙に肩入れしているような気がした。


「ここがジャンヌの部屋なのか…」


 扉の間からレオンは部屋の中を伺った。興味津々といった様子だ。

 特に隠す必要もないので、私は扉を開け放ち、彼から部屋の中がよく見えるようにする

 おそらく、一般的な若い娘の部屋とかけ離れているだろう。私の部屋は華やかさや可愛らしさと無縁だ。

 棚にはぎっしりと本やノートが並び、そこに入りきれなかったものは床に積まれている。どれも私にとっては大切で貴重な財産だった。


「なんだか君らしい部屋だな」


 レオンはにこりと笑った。

 さて、こんな部屋の前でいつまでも立ち往生しているわけにはいかない。

 母が勝手に通してしまったとはいえ、レオンは一応私を見舞いに来てくれた客人だ。


「リビングに行きましょう。お茶を()れますから」


 私がレオンを促すと、彼は慌てて止めてきた。


「病人がそんなこと、しなくていいからっ!」

「病人って大げさな…。ちょっと、疲れていただけですよ」

「君はいつも頑張り過ぎだぞ。でも、思ったより元気そうで良かった。それじゃあ、俺はこれで……」

「えっ?もう、帰るんですか?」

「あぁ。俺が居たら君も休めないだろう。ゆっくり体を休めてくれ」


 それもそうだが、私は重病人ではない。そこまで気を遣ってもらわなくともいいのだが……。

 戸惑う私をよそに、レオンはぽつりと言う。


「顔を見たかっただけだから」


 そして、レオンはそのまま帰ってしまった。



 おそらく、レオンは本当に私のことを心配してくれたのだろう。

 本来ならば、「心配してくれてありがとう」の言葉の一つでも、私は彼にかけるべきだった。

 相変わらずのレオンへの態度の悪さに、我ながら自己嫌悪してしまう。


 もし、あの時逃げずに戦っていれば…。

 それがどういう結果を招いたとしても……。


 私は過去の夢をすっぱり諦められたのではないか?

 こうやってレオンの才能に嫉妬と劣等感を抱くこともなかったのでは?

 レオンの好意も、少しは素直に受け止められるのでは?


 そんなことを私はぼんやり思った。




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