第30話 ピエトロ商会の疑惑
閉店後、ニナと一緒に作業をしているとレオンがやって来た。
しかし、いつものような五月蠅いくらいの元気がない。私は彼の様子がおかしいと首をひねる。
何か変な物でも食べたのだろうか。そう思った矢先、レオンはいきなり頭を下げてきた。
「ジャンヌ!すまなかった!」
「え?どうしたんですか」
いったい、どうしてレオンは私に謝っているのか。
よく分からず面食らっていると、彼はおずおずとこちらを見てきた。
「もしかして、まだあの噂について知らないのか?」
「は?噂……あっ」
そこまで言われて、私はポンと手のひらを打つ。
「私が女の身体を使って仕事を取っているっていう?」
「わああああああああっ!」
「ちょっ!?どうしたんですか?」
いきなり大声を上げるレオン。
私がびっくりしていると、彼はがしっと私の肩を掴んできた。
「君、あんな酷い噂を立てられて大丈夫なのか?」
「あ、はい」
「はい――って、そんな簡単に……」
レオンは困惑しているようだ。
「私も……あの噂を聞いたときは、どんなにジャンヌさんがショックを受けてしまうのだろう――そう心配したのですが……」
ちらりとニナが私を見る。
「その、案外平気そうで、ケロリとしていらして……」
ニナもレオンも、どうやら私に気を遣ってくれているようだ。しかし、本当に私はさほど気にしていない。というか、そもそも……。
「そもそも、こういう噂が出る可能性は考えていましたから」
「えっ!?それはいつから……?」
「騎士団御用達になったときからですよ」
さほど知名度もない小さな店が、騎士団の取引き相手に選ばれたこと。それに驚く人間はいるだろう。中には面白半分に、下衆な噂をたてる輩もいるかもしれない――と私は予想していた。
「それより、どうしてあの噂のことでレオン様が謝るんですか?」
「それはその……俺が君の周りをうろちょろしているから…あんな噂を立てられたのかと思って……」
申し訳なさそうにするレオンに、私は肩をすくめてみせた。
「レオン様のことがなくても一緒ですよ。違う切り口から、また噂を立てられたでしょう。ともかく、ピエトロ商会はうちを目の敵にしているようですから」
そう、今回のデタラメな噂を流したのはピエトロ商会だった。あの店長の様子から何か仕掛けて来るだろうと思っていたが、案の定である。
――と、ピエトロ商会という単語を聞いて、今度はニナがオロオロとし始めた。
「それって、わ、私のせいですよね……。私がピエトロ商会を辞めてココに来たから……」
まったく、レオンもニナも気にし過ぎだ。
「ニナさんのせいじゃありませんよ。もちろん、レオン様のせいでもありません。悪いのはあくまで中傷の噂を流しているピエトロ商会。お二人が気に病む必要は全くないです」
それに何より、と私は付け加える。
「あんな噂を立てられても、客足には変化ありませんし」
そう。例の噂が影響してお客さんが減るかと危惧したが、それは全くの杞憂だった。
いつもと同じようにお客さんは店に足を運んでくれる。中には、
「がんばりなさい」
「噂なんかに負けるんじゃないよ」
「ピエトロ商会なんかに負けないで」
――と応援してくれる常連客までいて、私はちょっと感動していた。
「お客さんがこの店を信じてくれている。それなら、噂なんて何ともないですよ」
私がそう言うと、やっとレオンとニナはホッとしたように表情を緩めた。
*
「そう言えば、ニナ。君も魔導士だから、聞きたいことがあったんだが…」
落ち着きを取り戻すと、思い出したかのようにレオンがニナに話しかけた。
「竜の仮面をかぶった魔導士について何か耳にしたことはないかい?」
「竜の仮面……ですか?」
ニナはコテンと首を傾げ、それから左右に振った。
「申し訳ありませんが、心当たりがありません。その魔導士が何か…?」
「最近、街で起こった事件に関わっているかもしれなくてね」
レオンは取り壊し予定の屋敷で起こった魔物偽装の騒動と、学校で起こった『竜人サマ』事件の話をする。
その二つの出来事自体は、新聞でも大きく取り上げられていたので、ニナも知っていたようだ。
「その二つの事件に仮面の魔導士が?」
「ああ。犯人はどちらも魔法の素人だったんだが、彼らを手助けしたのが件の魔導士だ。しかし、素性がまるで分からない。そもそも、彼らが仮面の魔導士と出会った状況も不可解なんだ」
「おかしな点でもあるんですか?」
「二人とも、魔導士の方からふらりと現れてコンタクトをとってきたと言っているんだ。そんな偶然ってあるかい?」
レオンが訝しむのも当然だった。
いったいどうやって、これらの犯人たちが魔法的な手助けを求めていると、例の魔導士が知ったのか。謎である。
「幻術用の魔法薬や毒はともかく、古代魔法を使った降霊術の魔法陣……アレを構築するには相当な知識と技術が必要です。そんな魔導士が偶然現れるなんてあり得ない」
「幻術?魔法陣?」
私の言葉に、ニナは不思議そうな顔をする。
「ああ。新聞にはそこまで詳しく載っていなかったんですね。魔物の騒ぎを起こした元使用人の犯人は、幻術用の魔法薬と毒の短剣を使って、屋敷に蛇の魔物がいると偽装したんです」
「蛇の魔物の幻……」
「もう一つの事件では、教師である犯人が一人の生徒を殺してしまったことを隠蔽するために、『竜人サマ』という子供たちの遊びを利用したんです。本物の降霊術用の魔法陣を子供たちの手に渡し、本当に霊が降りるような状況を作り出して、自分の犯行の隠れ蓑にしました」
「降霊術用の魔法陣……」
「ニナさん?」
私の説明を聞いて、ニナが何やら考え込む。
「あの、すみません。その降霊術用の魔法陣って。一見、子供のラクガキのように見えるものですか?」
「何か知っているのか!?」
バッとレオンが身を乗り出す。その勢いに気圧されながらも、ニナは説明し始めた。
「私、前のお店……ピエトロ商会では色々な仕事を押し付……いえ、任されていました。その中に、『相談室』の業務がありました」
「相談室?」
「はい。お客様個人の要望を聞いて作るオンリーワン魔法薬のご相談です。その中に、奇妙なご相談があり……それが今聞いたお話と似ているのです」
ニナ曰く、眼鏡をかけた二十代半ばの男性がある日やって来た。
彼は子供のラクガキのような絵を見せ、これに似せて降霊術用の魔法陣を作成してほしい――そんなことを言いだしたのだ。
今までに例になかった相談だったので、ニナもよく覚えていると言う。
「それで君はどうしたんだい?」
「もちろん、ピエトロ商会にはそんな技術はありません。だから、お断りさせていただきました。ですので、仮面の魔導士とどう繋がるかは分からないのですが……」
「なるほど」
「あと、もう一つ」
「まだ、あるのか!?」
おずおずとニナは頷く。
「蛇の魔物に偽装するための幻術用の魔法薬の話ですが……蛇の魔物に変身する魔法薬が欲しい。そう言ってきたお客様はいらっしゃいました。たしか、中年の女性の方だったと」
「!!」
「変身薬を求めるお客さんは多いです。美女になりたい、美男になりたい、若くなりたい……とか。共通するのは、その対象は人間であるということ。魔物になりたいなんて言う方は珍しいので覚えていました」
ニナの話を聞いて、私とレオンは顔を見合わせた。
「ジャンヌ。こんな偶然があるだろうか?」
「一つなら偶然でも、二つも重なると……やはり怪しいかと」
「しかし、この件にピエトロ商会が噛んでいるのなら、その目的は何だろう?」
「やはりお金でしょうか?」
「しかし調べたところ、犯人たちは仮面の魔導士に金銭を渡してはいたが、それはそれほど多くない。わざわざ犯罪に協力し、危ない橋を渡るには見返りが少ないと思う」
レオンの意見はもっともだ。
事件の犯人たちに加担しても、ピエトロ商会の利益は少ないように思われ――
「あっ」
「何か分かったのかい?」
「『竜人サマ』の事件で、霊に脅えた保護者達が子供を守るために護符を買っていませんでしたっけ?確か、それを売っていたのが……」
「ピエトロ商会だ!」
レオンが声を上げた。




