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第29話 悪い噂

 客で賑わう大衆食堂『バイザウェイ』。

 昼は食堂だが、夜は酒場になるこの店は連日繁盛している。今宵(こよい)も酒を片手に各々が楽しく吞んでいた。


 そんな酒場の一角で職人ギルドの面々が酒を楽しんでいると、


「ちょっといいですかぁ?」

 舌足らずな甘ったるい声で、隣の席の若い女性客が声をかけてきた。

「実はこのお店初めてで何がおすすめか教えてもらえますかぁ?」


 職人ギルドの面々は中年から初老の親方たちが集まっていた。若い女の登場に、皆相好を崩す。そのまま、一緒に飲もうという話になった。


 ひとしきり話が盛り上がったところで、その女性――彼女はキャサリンと名乗った――は、こんなことを言い始めた。


「そう言えばぁ、こんな噂知ってますぅ?」


 そう言って、彼女が話し始めたのは『サカキ魔法薬店』についてだった。


「あそこの女店主って、()でお客さんを取っているらしいですよぉ?騎士団長サマもまんまと篭絡(ろうらく)されちゃって、女店主の言いなりだとかぁ。それで騎士団との契約にこじつけたらしいんですぅ。こんな手に出るなんて、同じ女として恥ずかしいわぁ」

「そりゃ酷い」

「なんて恥知らずな」

「売女と一緒だな」


 親方たちの口からそんな感想が漏れ、キャサリンはにやりとほくそ笑む――と。


 ダンッ!

 

 一人の男がテーブルを強く叩いた。


「ジャンヌちゃんが、そんなことするわけないだろうっ!!」


 唾を飛ばし、真っ赤な顔で怒っているのは靴屋の親方だった。

 その怒りのように、他の面々は「えっ?」と目が点になる。


「あの子はうちの嫁の幼馴染だ!わしもよく知っている!うちの嫁はいつも彼女のことを褒めているぞ!自慢の幼馴染だって」


 靴屋の親方の勢いに、あわあわとキャサリンは慌てふためいた。

 何か弁解の言葉を口にしようとする……が。


「アンタ!勝手なこと言ってるんじゃないよ!!」


 気色ばんで、間に入って来たのはバイザウェイの女将だった。


「ジャンヌちゃんが体を使って騎士団と契約したって!?あの子はそういうの、一番嫌がる子だよ!自分の仕事に誇りをもっているんだっ……って、アンタ!」

 

 ジロリと女将がキャサリンを睨む。


「アンタ!ピエトロ商会の店員じゃないかぁっ!?前に、うちに納品しにきたことあっただろう!わたしゃ、覚えているよ!」


 ギクリとキャサリンの顔が強張った。マズい雰囲気だ。

 だが、バイザウェイの女将はキャサリンが逃げることを許さなかった。


「なんだい、なんだい!ホラを吹いて他店の評判を落とそうとするなんて!!」

「あ、あの……」

「言っておくけれど、ピエトロ商会の商品より、ジャンヌちゃんの所の方がよっぽど良いものだからねっ!実力で勝てないからって、相手のデタラメな噂を流すなんて!なんて、性根の腐った連中なんだ!ピエトロ商会はっ!!」

「―――っ!!」


 結局、バイザウェイの女将を前にしてキャサリンは弁解できなかった。



 コルネイユ老人は、今では街の一等地に高級宿泊施設を建てるくらいの資産家だが、元は小さなワイナリーの醸造家だった。

 成功のきっかけは、彼が造ったワインが王都で評判になったことだ。それ以降、彼はどんどんワイン会社を大きくしていったのだ。

 そんなコルネイユ老人は、時折自身のワインを卸している酒屋に出向いて、その売れ行きや評判を(じか)に聞いていた。


 この日もコルネイユ老人は、街中の比較的大きな酒屋を訪れていた。

 店主に話を聞いていると、ふと気になる話題が彼の耳に飛び込んでくる。

 そちらに目を向けると、一人の男性客が店員をつかまえ、他の客にも聞こえるような大声で話していた


「店員さん。アンタ知ってるかい?サカキ魔法薬店の女店主は、自分の()を使って客をとってるんだとよ」

「え……は、はぁ……」


 急にそんなことを言い始めた客に、店員の方は戸惑っている様子だった。


「ジャンヌとかいう女店主なんだが、ひどいアバズレだよな!」


 周囲の人々は「なんだ、なんだ」と注目し始める。そんな中、コルネイユ老人が(くだん)の男性客に穏やかな笑顔で話しかけた。


「それは本当かい?」

「ああ。本当だぜ。現に色気を使って騎士団長を誘惑して、競合店から仕事を奪ったって話だ」

「ほぉ。それは酷い話だね」

「だろぉ?」

「ところで、君。その話には何か根拠があるんだろうねぇ?」

「えっ……」


 そこで男性客はハッと気づく。先ほどまで笑顔だった老人の目が、とても鋭くなっていた。


「まさか根拠もないのに他人をそこまで悪く言っていたのかい?それじゃあ、ただの中傷じゃないか」

「こ、根拠は……み、皆がそう噂しているから!」

「ふむ。それで、その皆とは誰だい?」

「そ、それは……」


 男性客が言葉を詰まらせていると、コルネイユ老人はさらに言いつのった。


「わしも、君が悪しく言う女店主を知っているがね。聡明で親切なとても良い子だったよ。とても君が言っているようなことをする人物には思えないね」

「で、でも!あの女店主が汚い手を使っているのは本当だ!そうじゃなきゃ、騎士団がピエトロ商会なんて大店から街外れの小さな店に乗り換えるはずないだろう!?」

「ふむ…。ピエトロ商会か。あそこは最近、良い噂を聞かないね。商品の品質が悪いって噂になっているよ」

「えっ」


 コルネイユ老人の言葉を聞いて、目を丸くする男性客。すると周りにいた人々からも、こんな声が聞こえてきた。


「わたし、前にあそこで美容薬を買ったけれど、まるで効果はなかったわ」

「高いだけだよなぁ。あそこの商品」

「相手がピエトロ商会じゃなぁ。乗り換えられても仕方ないんじゃ……」


 深々とコルネイユ老人はため息を吐く。


「ピエトロ商会はずいぶんアコギなことをやるから、個人的には信用できん。例えば、他人(ひと)のトラブルを嗅ぎつけて弱みに付け込み、大枚はたいて買った土地を買いたたくようなマネをしたりのぅ」

「そんなことは……」

「なに、こちらは根拠があるぞ。なにせ、わし自らがピエトロ商会の連中に一等地を安く売れと言われたからのぅ」

「……」


 もはや何も言えなくなってしまった男性客。

 そんな彼にコルネイユ老人は尋ねる。


「さて。お主はいったい誰だ?何の目的でサカキ魔法薬店を(おとし)める?」


 男性客は冷や汗を流した。



 白魔導士のマリアは仕事帰り、夕暮れの街を歩いていた。

 今日も存分に働いた。相変わらず、レオンが医務室に来ることはなく、その点は残念だったが、負傷した団員たちを治療して感謝され、マリアは十分充足感を覚えていた。


 頑張った自分へのごほうびに、今日はいつもより豪華な総菜を買って奮発しようか。そんなことを考えていると、とある菜屋(さいや)の屋台の周りが妙ににぎやかなことに気付いた。

 何か珍しいおかずでも売っているのだろうか。マリアはわくわくして、そこに顔を出す。


「こんばんは」


 屋台には一人の中年女性をぐるりと囲む形で、主婦たちが集まっている。屋台の店主も含めて、皆その中年女性の話に耳を傾けていた。

 なんだ。珍しいおかずがあるんじゃなくて、噂話で盛り上がっているだけか――と、マリアは肩透かしをくらったような気分になる。

 店主は商売そっちのけで話に興じているし、そのまま立ち去ろうかとマリアが思った時、聞き捨てならない話が耳に飛び込んできた。


「サカキ魔法薬店の女店主は色気で仕事をとっているんだよ。ジャンヌっていうアバズレなんだけれどね」

「それは本当かい?」

「ああ、もちろんだ。騎士団長にも色目を使って、まんまと騎士団御用達に選ばれたっていう話だよ」

「とんでもない女だねぇ」


 瞬間、マリアはカッとなった。


「そんなわけないでしょうー!」


 皆が驚いてマリアの方を見る。


「私はその騎士団の白魔導士よ!だから知っているけれど、魔法薬の選定に団長は全く関わってなかったわ!何なら、サカキ魔法薬店を選んじゃったの私だしっ!!」

「え?」

「私たちは、薬がどの店のものか分からない状態で選定したの!どこかの店を贔屓(ひいき)にして選ぶなんて無理だわ!」

「あ、あの…」

「だいたい、自分の仕事にあんなにプライドを持っている人が、そんな卑怯な手を使うはずないでしょう!?そんなどうしようもない女がライバルなら私も苦労しないわよっー!!」

「……」


 ハァハァと息を切らせながら、まくし立てるマリアに皆ポカンと口を開けている。

 一方、マリアはサカキ魔法薬店を中傷していた中年女性をキッと(にら)んだ。


「アンタ!こんな嘘の噂を流すなんてどういうつもりなのよ!?いったい何が目的?どこの誰か白状なさいっ!!」

「い、いや……あたしゃ……」

「ハッ!アンタ、まさかピエトロ商会の回し者じゃないでしょうね?騎士団御用達の看板を奪われたから、その逆恨みで!?」

「っ!?」


 マリアの指摘に、ぎくりとする中年女性。

 その顔は真っ青だった。




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