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第28話 元上司対現上司

 調合室は熱気がこもっている。私は汗をぬぐいながら、大鍋の火を消した。

 鍋の中には薄緑色の液体が入っている。騎士団に納品するための回復薬の一つで、あとは冷まして瓶詰するだけだった。


 今日は私が薬の調合をし、ニナには店舗の方に出てもらっていた。

 彼女は優秀だから、できるだけ色々な仕事を覚えてもらいたい。店舗での接客もその一つだった。


 私は店の方に顔を向ける。

 ニナが店舗に立つのは今日で三回目だが、どうやら上手くやっているようだ。特に騒ぎも起こっていないようだし――と思っていたら……、


「困りますっ!」


 ニナの悲鳴が聞こえてきた。



 慌てて調合室から店舗の方へ向かうと、男が嫌がるニナを連れ出そうしている場面に出くわした。周りのお客は何事かと、驚いているようだ。


「何やっているんですか!」


 私はニナと男の間に割って入り、男を(にら)み上げた。

 太ったくせ毛の中年男だが、私はその顔に見覚えがない。

 私は背中にニナをかばいながら、男に尋ねた。


(うち)の従業員に何か――?」

「うちの……ということは、お前がこの店の店主か?」

「ええ。そうですが」

「……まさかこんな小娘の店だとはな」


 チッと舌打ちをする男。

 どこの誰だか知らないが、ニナに対する態度といい、私に対する態度といい、ロクな男ではないことは確かだ。


「そこのニナは俺の店の従業員だ!それをこんな所で勝手に働かせやがって!どういう了見だっ!?」


 男が怒鳴ると、背中のニナがカタカタ震え始めた。

 どうやらこの男、ニナが以前働いていたピエトロ商会の店長らしい。


「どういうって?ニナさんはすでにピエトロ商会を辞めたと聞いています。そもそもニナさんを解雇したのはあなた自身でしょう?」

「それは……少し行き違いがあっただけだ!俺に解雇した覚えはない」

「クビだって彼女に宣言したのでしょう?」

「そりゃ、言葉のあやだ。コイツがあまりにも仕事ができないから思わず言っただけで、本心じゃないっ!」

「本気でもないのに『クビ』だなんて言ったんですか?」

「う、うるさいっ!!そもそもコイツが悪いんだ!コイツが役立たずの無能だから――」

「うるさいのはそっちでしょう!!」


 急に大声を上げた私に、ピエトロ商会の店長はびくりとした。


「さっきから聞いていれば酷いにもほどがある!ニナさんは優秀です!私の店の仲間をそれ以上(おとし)めるのは止めていただきたい!!」

「なっ……!?」

「そもそも、そんなに仕事ができないというのなら!どうして今あなたはここで、彼女を無理やり連れ戻そうとしているんですかっ!?」

「それは……」


 自らの言動の矛盾を自覚したのか、店長の男は言葉を詰まらせる。

 そのとき、私の背に隠れていたニナが一歩前に出た。まだわずかに震えていたが、彼女は深呼吸を一つすると声を張り上げて叫ぶ。


「私は絶対にピエトロ商会には戻りません!私はここで働きたいんです!!」

「ニナさん…」


 前の職場で、ニナは酷い扱いを受けていた。それこそ自殺しようと思い詰めるほどに。

 そんな彼女が、元凶に向って声を上げたことに私は驚いた。すごい勇気だ。

 一方、真っ向から拒絶された男は憤怒の表情を浮かべた。


「うるさいっ!俺が認めていないんだから、お前はまた俺の店で働くんだよっ!!」


 キャッ、と小さく悲鳴を上げるニナ。

 それにしても話の通じない男だ。こうなれば、いっそのこと―――。

 私はまたニナを背に庇い、男の前に立ちはだかった。


「そんな道理がまかり通るわけないでしょう?」

「黙れっ!部外者はひっこんでいろ!」

「部外者じゃありません。今のニナさんの雇用主は私です」

「ぐっ」

「そもそもあなた。雇用契約を奴隷契約とでも勘違いしているのでは?労働者には『辞める権利』があるんですよ。まさか、その歳でそんなことも知らないんですか?」


 そう言って鼻で笑ってやると、店長の男は茹でたタコのように真っ赤になった。


「うるさいっ!」


 男が腕を振り上げる。それを見て、私は歯を食いしばった。

 しかし――、


「貴様……何をしているんだ?」


 そこにはレオンが立っていた。



 私に殴りかかろうとするピエトロ商会店長の腕をレオンが掴んでいた。


「は、はなせっ!」


 店長の男は暴れるが、彼を掴むレオンの手はびくともしない。


「お前、誰だよっ!?」

「俺か?俺の名はレオン・クローヴィスだ」

「へっ?」


 そこで店長の男はやっと、自分の腕を掴んでいる人物が何者か気付く。

 そう。この街の騎士団長で、領主の息子だと。

 赤かった男の顔色がみるみる青くなった。


「それでお前はジャンヌに何をしようとしていたんだ。この腕を振り上げて」

「いっ、痛いぃぃぃぃ」


 レオンに強く腕を掴まれて悲鳴を上げる男。


「申し訳ございません申し訳ございません申し訳――」

「謝る相手は俺じゃないだろう」


 そうレオンに指摘されると、男はやっと私とニナの方を見た。


「申し訳ありまぜんでじだぁぁぁっ」


 男の悲鳴混じりの謝罪を聞いて、「どうするか」とレオンが目で問いかけてくる。


「うるさいので放してあげてください」

「分かったぞ」


 あっさりとレオンは男を解放した。

「それでどういう状況なんだい?」と尋ねるレオンに私が答えようとすると、


「そ、それはですね。ちょっとした行き違いで」


 男が早口でまくしたて始めた。自分に不都合なことを話されたくないのだろう。

 そんな彼をレオンが(にら)む。


「お前には聞いてないぞ」


 凄みのある声でそう言われて、ピタリと男は押し黙った。



 私とニナの説明を聞いて、レオンは軽蔑の目で店長の男を見る。


「それで女性に暴力とは……見下げた男だな」

「違いますっ!アイツらが都合のいいように話をでっち上げているだけで」


 男は必死に言い訳をするが、レオンは呆れ顔をした。


「つまり彼女らが嘘を言っていると」

「そうです、そうです!」

「……あんた、周りをよく見てみろ」

「え?周り……」


 そして、店長の男は気付く。

 店内にいた客、店の前を通りかかった通行人。

 大勢の人間が、自分を見ていることを。その視線の冷たさを。

 同時に、周囲の人間のコソコソと話す声。それが男の耳にも届いたようだ。


「あれがピエトロ商会の店長?」

「酷い話だ。従業員を何だと思っているんだ?」

「こんな所までおしかけて。恥ずかしくないのかしら」

「女性を怒鳴って、暴力まで振るおうとするなんて……最低のクズだな」


 さぁーと、男の顔からまた血の気が引いて行った。



「ジャンヌ!あれ、ワザとだろう!」

「バレましたか」

「バレましたかじゃないぞ!ワザとあの男を挑発するなんて!」


 閉店後、店内に私とニナ、レオンだけが残ると、彼は私を責め始めた。

 どうやら、ピエトロ商会の店長をわざと(あお)っていたことがバレていたらしい。


「いったい、どういうつもりなんだい?」

「いやぁ……一発殴られた後なら、魔法で反撃しても正当防衛になるだろうと思いまして……」


 私が白状すると、

「そんなことを考えていたのかい!?」

「そんなことを考えていたんですか!?」

 レオンとニナが同時に悲鳴を上げた。


「心臓に悪いから本気で止めて欲しいぞ……」


 心なしか、レオンの顔が青い。


「私のせいで…本当にすみませんでした」

「いいえ。悪いのはあの店長で、ニナさんじゃないですから」

「でも……ジャンヌさんを矢面に立たせてしまって。本来ならば、私が自分で対応しなくちゃならなかったのに……ジャンヌさんは本当に勇敢です」

「私だってそう大したものじゃないですよ。怖気づき、どうせ無理だと諦めて、()()()()()()()()()()こともありますし……」

「えっ?」

「何でもない。こちらの話です」


 コホンと私は咳払いをした。


「それにしても、あの店長。アレで諦めてくれたら良いんですけれどね」


 レオンにこってり絞られて、這うような格好で(うち)から出て行ったピエトロ商会の店長を私は思い出す。

 今回のことで懲りてくれれば良いが、あの手のタイプはねちっこいからなぁ。そう、心配になった。



 そして、数日後。

 悪い予感とは当たるもので、私の心配は現実のものとなる。




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