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第27話 元同僚

 ニナは幸せな日々を過ごしていた。

 今の職場――サカキ魔法薬店に務めてから、すべてが良好だった。

 仕事は楽しいし、雇い主であるジャンヌも親切だ。


 ジャンヌはニナの仕事を丁寧で信頼できる、と褒めてくれる。怒鳴られてばかりの前の職場とは雲泥の差だ。

 ジャンヌの信頼にこたえるために、もっと頑張ろうと自然に思える。

 彼女は自分よりも年下だけれども、尊敬できる上司であり、同時に相当優秀な魔導士だ――そう、ニナは考えていた。


 ニナの魔法は全て祖父に教えられたもので、彼女自身は正規の魔法学校を出ていない。だから偉そうに魔導士の評価なんてできる身分でもないと思いつつ、それでもジャンヌが飛びぬけて優秀だということは、ニナにもすぐ分かった。


 ジャンヌが作る魔法薬一つにとっても、彼女の知識の豊富さが伺い知れた。その調合は模範的なレシピを押さえながらも、随所に独自の工夫が施されている。そんな方法があったのか――と、ニナは同じ魔導士として勉強するところが多い。

 さらに、ジャンヌは多分野の魔法に精通しているようだった。

 魔法薬には薬に『魔法をかける』という工程があるが、ジャンヌは精霊魔法だろうと白魔法だろうと苦もなく使ってみせる。

 ちなみに、ニナは水属性の魔法と白魔法は割と得意だが、火魔法や黒魔法なんかはまるで使えなかった。


 正直なところ、どうしてジャンヌが街はずれで小さな魔法薬店を営んでいるか、ニナにはよく分からない。ジャンヌくらい優秀なら、それこそ宮廷魔導士にもなれるのではないだろうか、そんな風にニナは考えていた。


 一度、雑談の中でジャンヌにもそう言ったことがある。

 すると、彼女は少し寂しそうな表情でこう言った。


()()して()()()()()()んです」


 いったい、何を失敗したのか。何から逃げたのか。

 ニナには分からなかった。



 定時で仕事を終え、ニナは帰路についていた。夕方のにぎやかな通りを歩く。

 惣菜を売る菜屋(さいや)の屋台に、夕飯のおかずを買い求める主婦たちの姿を目にして、ニナも今日はここで惣菜を買おうか……そんなことを考えていた。

 すると、


「ニナ先輩じゃないですかぁ」


 少し舌足らずな、自分の名前を呼ぶ声。

 それが誰なのかすぐに分かって、ニナは顔をこわばらせた。

 恐る恐る振り返ると、予想通りの人物――派手なメイクと服装をした金髪の若い女性が立っていた。


「キャサリンさん……」

「お久しぶりですぅ」


 声をかけてきた彼女の名前はキャサリン、ニナが前職場で共に働いた魔導士だ。

 キャサリンはニナの後輩だったが、見た目が可愛いのと甘え上手な性格からか店長に気に入られ、気付けばニナを見下すようになっていた。

 そのため、ニナはキャサリンが苦手としている。


「先輩、お店をクビになってから、どうしていたんですかぁ?まさか、()()無職ですか?」

「……」

「先輩って独身だし、その歳で無職ってちょっとマズいですよぉ。私、すっごく心配ですぅ」


 心配と言う割には、キャサリンの言葉の端々に棘を感じる。

 ニナは顔を曇らせた。


「まぁ、先輩って要領が悪くて、()()()()って店長にもしょっちゅう怒られていたからなぁ。中々仕事が見つからないのも分かりますけどぉ」


 一方的にこちらを見下した発言を続けるキャサリン。以前はよくあった光景だ。

 そんなことを思い出しつつ、ニナは「あれ?」と内心首を(かし)げた。


 少し前までは、キャサリンの言葉は『本当のこと』としてニナの耳に届いていた。

 彼女の毒を含んだ言葉を聞いて、その都度(つど)胸を痛めたものである。

 けれども、今はどうだろう?

 キャサリンの言葉は、前ほどニナに響かない。なぜなら、ニナの価値はジャンヌが認めてくれているから。


 そして、「打ちのめされて悲しい」という気持ちより「どうしてこんな風に言われなくちゃいけないんだ」という怒りが沸き起こった。


「だからぁ、店長に頭を下げてクビを取り消してもらったらどうですかぁ?店長って優しいから、ちゃんと謝れば先輩をもう一度うちの店で雇って――」

「心配ありがとう」


 ニナはキャサリンの言葉を遮った。

 ニコリともせず、真顔のまま見据えてくるニナに、キャサリンはたじろぐ。


「でも心配いらないわ。私、もうよそで働いているから」

「なっ……そんなウソ言って恥ずかしくないんですかぁ?先輩を雇ってくれる店なんてあるわけ……」

「あるわよ。私、サカキ魔法薬店に勤めているの」

「えっ」

「話はそれだけ?それじゃあ、私は帰るわ」


 そう言って(きびす)を返すニナ。その後ろでキャサリンの声が響く。


「ちょっと待ちなさいよ!先輩のくせにっ!ねぇ、ちょっと!!」


 ニナは一度も振り返らず、その場を後にした。



「なんだとっ!?」


 キャサリンからの報告を受けて、ピエトロ商会オルレア支店の店長ドミニクは声を荒げた。


「まさか!あんな辛気臭い女を雇う店なんてあるはずないだろう?」

「でもぉ、先輩のあの態度を考えると、たぶん本当のことですよぉ。ってか、あんな強気な先輩初めて見た」


 頬を膨らませながらキャサリンは言う。


 キャサリンを含め、オルレア支店の従業員たちは「もしニナを見かけたら店に戻るように説得しろ」とドミニクに命じられていた。

 怒鳴られても謝るばかり、仕事を押し付けられても文句の一つも言えなかったニナだから、店に連れ戻すのは簡単なことのように皆思っていた。

 それがどうだ。ニナはきっぱりとキャサリンを拒絶した。

 いったい、どういう心境の変化があったのかと、キャサリンも驚いたものだ。


 当てが外れてしまって、ドミニクはせわしなく(かかと)を床に打ち付ける。


「あの女を雇う店があるなんて……いったい何という店なんだ?」

「サカキ魔法薬店ですって」

「なっ……サカキ魔法薬店だとぉ!?」


 その名前を聞いて、ドミニクは怒りに顔を歪めた。今、一番聞きたくない店名である。


 もっとも、最近になるまでドミニクはサカキ魔法薬店の存在なんて知らなかった。

 そんな街はずれの小さな店、老舗の大店であるピエトロ商会の(ライバル)になるわけない、眼中にもない相手……のはずだったのだ。


 事情が変わり始めたのは、人気舞台女優のドロシーがサカキ魔法薬店を贔屓(ひいき)にしている――そういう噂が出回ったくらいからだ。

 そこから徐々に、サカキ魔法薬店の名前が知られるようになってきた。ドミニクが(くだん)の店を知ったのもこの頃である。


 それでも、まだまだサカキ魔法薬店は格下の存在だった。

 それが一転したのは、つい最近のこと。

 オルレア騎士団がピエトロ商会との契約を切り、サカキ魔法薬店に乗り換えたのだ。これがピエトロ商会にとって大打撃だった。


 単純に、騎士団に納品していた分の利益がなくなってしまったことも大きかったが、それよりもイメージダウンの方が深刻だった。

 『騎士団御用達』という看板がなくなり、さらには『騎士団に()()()()()』という印象を客に与えてしまったのである。

 外野から見れば、サカキ魔法薬店にピエトロ商会が()()()のだ。

 そのせいで、最近はどんどん売り上げが落ちていた。


――本店になんと言い訳をすればいいんだ!!


 ドミニクは頭を掻きむしった。


――そうでなくても()()()がどれも上手くいかなくて、本店から嫌味を言われていたのに。さらに、売り上げがこんなに落ちたら……俺のクビが切られてしまう!!


 そんな悩みを抱えていたドミニクは、ストレスから八つ当たりし、発作的にニナを解雇してしまった。その結果、事態はさらに悪化することになる。

 そのニナがよりにもよってサカキ魔法薬店に雇われたというのだ。


「いったい、どこまで俺をコケにすれば気が済むんだっ!?」


 ドンッ、とドミニクは机を叩く。その様子を見て、キャサリンはぎょっとした。


「サカキ魔法薬店だとっ!?絶対に許さないっ!」


 そう(つぶや)く、ドミニクの目には憎悪がこめられている。

 完全な逆恨みだが、それを指摘する者はその場にいなかった。




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