第26話 子供の話
ニナが店で働き始めて、一週間が経過した。
元から即戦力としての実力があった彼女だが、この一週間で新しい職場にも慣れたのか、さらにガンガン働いてくれている。
おかげで私も過重労働から解放され、ちゃんとした休日を取れることの素晴らしさをしみじみと感じているところだ。
本当に、ニナには感謝してもしきれない。
そんな風に私が体を休めていると、意外な人物がやって来た。
少し風変りな少女――マルグリットだ。
彼女はエチカの友人であり、店に来るときはいつもエチカと一緒だった。だが、今日はマルグリット一人のようである。
「どうしたの?」
私が尋ねると、
「お店の魔法薬が見たくて。ダメ?」
マルグリットはそう言った。
そう言えば、初めて会ったときから、マルグリットは魔法薬に興味津々といった様子だった――と思い出す。
今日は休日だし、マルグリットはお客でもない。つまり私には、彼女の要求を聞く理由も義理もないわけだ。
その反面、こうして子供が魔法薬に興味を持ってくれることを私は嬉しく思った。
「勝手に商品を開封したりしないこと。商品は丁寧に扱うこと。約束できる?」
「できる!」
「それならいいよ」
「やった!」
嬉しそうに店に入っていくマルグリット。
彼女は約束通り、商品の魔法薬を注意深く取り扱い、真剣な目つきで眺めていた。
*
マルグリットの気が済んだようだったので、私たちはお茶することにした。天気が良いので裏庭に出る。
紅茶と共に、買い置きしたクッキーを出してやると、マルグリットは喜んでそれを頬張っていた。
「魔法薬に興味があるの?」
「ある」
私の質問に、マルグリットは即答する。
「作りたい薬があるんだ」
「たとえば、どんな?」
「そうだねぇ。過去に戻れる薬とか」
タイムトラベルか。何とも子供らしい、夢のある発想だ。
ふと、もしそんな魔法薬が本当にあったら私はどうするだろう――そんな考えが頭をよぎった。
もし過去に戻れたら……そんなの、望むことは決まっている。
私はあいつを――。
思わず握りしめていた拳を、ひんやりと冷たい手が触れてきた。マルグリットだ。
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、こう尋ねてきた。
「誰のこと、考えているの?」
「え…?」
「その人のコト、恨んでるの?」
「っ!?」
瞬間、私の心臓がドクリと音を立てる。
私は驚いて、マルグリットから数歩離れた。まるで、心を見透かされたような気がしたのだ。
そんな風に動揺を隠せない私に対して、マルグリットは「冗談だよ」と無邪気に笑っていた。
*
マルグリットは薬草畑にも興味を持ったようで、熱心に植えてある魔法薬用の植物を観察していた。
その小さな背中を眺めながら、色々な意味で「変わった子」だと私は考える。
そうしているうちに、今度は幼馴染のアニーが私を訪ねてきた。
「ジャンヌ、どう?少しは休めるようになった?」
「おかげさまで」
アニーは裏庭のベンチに腰を下ろした。
近頃忙しすぎて彼女とも疎遠になっていた。こうしてお茶を一緒にするのは、久しぶりだ。
私は彼女のために、お茶を淹れなおす。妊婦に良いとされるハーブティーを用意した。
今、アニーのお腹には赤ちゃんがいるのだ。
「アニーこそ調子はどう?」
私は彼女の腹部を見ながら尋ねた。まだ、それほど膨らんでおらず、はたから見たら妊婦かどうかはわかり辛い。
「元気よ。ちょっと、つわりがあるけれど…多分、軽い方だと思う」
「ご家族も喜んでいるでしょう」
「そりゃあ、すごいわよ」
アニーは苦笑した。
「デニスは毎日お腹の子に話しかけているわ」
「光景が目に浮かぶようだよ」
「お義母さんとお義父さんも、今から赤ん坊の服やら、おむつやら用意してくれているし、実家の母や父もそりゃ喜んでくれているわ。お祖母ちゃんも、ひ孫ができたって嬉し涙浮かべてた」
いわゆる初孫兼初ひ孫フィーバーというやつだろうか。アニーの周りは幸せいっぱい、お祭りムードのようである。
「ただ…」
「うん?」
「皆、口には出さないけれど、男の子がいいみたい。跡取りを、って」
「あ~なるほど」
この国では男児が親の跡を継ぐのが一般的だ。アニーの嫁ぎ先は代々靴職人だから、余計に男の子が望まれるのかもしれなかった。
「アニーはどう思っているの?」
「妊娠する前はできれば男の子って思っていたんだけれど……」
「今は?」
「今は男でも女でもどちらでも良いわ。この子が無事生まれてくれれば、それだけで私は幸せよ」
そう言って、自分のお腹をさするアニーの表情はすっかり『お母さん』だった。
「それはそうと、あの子は誰?」
ふと、アニーは薬草畑の方に目を向けた。そこには興味津々に薬草を眺めているマルグリットがいる。
私が事情を話すと、アニーはおかしそうな、少し呆れたような顔をした。
「せっかくの休みに、よその子の子守をしていたの?」
「まぁ……結果的には、そういうことになるかな」
「そう言えば、ジャンヌ。あなた昔から面倒見が良かったわね」
「そうだっけ?」
私は首をかしげる。
「意外に世話好き、子供好きよね」
「……うん、そうだね。子供は好きかもしれない」
「自分の子が欲しいとは思わないの?」
「う~ん」
私には結婚願望がまるでない。結婚する気もないので、子供のことは最初から考えていなかった。
しかし、改めて自分の子が欲しいかどうか聞かれると……。
「いてもいいかも…」
私の呟きに、アニーはパアッと顔を明るくする。
「ならっ!」
「あ、でも結婚はしないよ」
「……そこはブレないのね」
アニーは苦笑いした。
「まぁ、結婚しなくてもジャンヌなら大丈夫かぁ。店も繁盛しているし、一人で十分子供を育てられそう」
「ん?」
「さくっと子供だけ作っても良いんじゃないかしら」
「えっ…」
「子供は父親にも似るんだから、どうせならイケメンで優秀な男がいいわよね」
顔が良くて才能のある男……それを聞いて、私の頭にとある人物がまっ先に浮かぶ。
いやいや――と、私は頭を振った。
「あの人と子供なんて作ったら、それこそ大問題でしょう」
侯爵家の血を受け継ぐ庶子なんて、あとあと問題にしかならない。そう思っていると、にやりとアニーが意地の悪い笑みを浮かべた。
「あら?あの人って誰のことかしら?私、イケメンで優秀な男としか言ってないけれど」
「……アニー?」
私が横目でにらむと、アニーは「ごめん、ごめん」と肩をすくめた。
「まぁ、とは言っても一人で子供を作って育てるのは難しいわよね」
「そりゃそうでしょう」
いくら手に職があると言っても、女一人で子育てするのは大変だ。そんなの考えるまでもない――と、思っていると…
「ジャンヌの場合は別の意味でね」
「別の意味?」
アニーはよく分からないことを言う。
「だって、もしあの人との子なら、ジャンヌが結婚しないって逃げても、彼は地の果てまで追ってきそうだし」
「……」
「もしあの人とは別の男との子なら、それはそれで発狂しそう」
「は、発狂って……」
「しないと思う?あんなにあなたに執着しているのに?」
「……」
レオンのことを考えた場合、即座に否定できないのだから困りものだ。
さて。
私たちがそんな無駄話をしていると、薬草畑で遊ぶのも飽きたのか、マルグリットがこちらにやって来た。いったい、何をしていたのか、その顔は土であちこち汚れている。
「泥が付いてるよ」
「えっ?」
マルグリットは不思議そうに目を丸く見開いた。
私はハンカチでマルグリットの泥を拭おうとする――と、驚いたのか、彼女の身体はびくりと跳ねた。
しかし、驚きつつもマルグリットに抵抗する様子はない。私にされるがままマルグリットは顔を拭われた。
その様子はちょっと気持ちよさそうで、なんだか猫みたいだと私は思う。
すると、くすりとアニーが笑った。
「ジャンヌ。それでもあなたには、子供がいた方がいいかも」




