第25話 有能な新人
今日から私の店――『サカキ魔法薬店』に仲間が一人加わることになった。
「店舗の奥の部屋が雑務をする部屋で、別棟は丸ごと調合室になっています。後は、私と母が住む母屋、裏庭には数種類の薬草を植えてあります」
私はニナにざっとこの店の概要を説明する。
「ニナさんに担当してもらうのは魔法薬の調合です。最初は私と一緒に作業してもらって、店のレシピを覚えてもらいます。慣れてきたら、店舗の方にも出てもらいたいです」
「わ、分かりました」
昨日よりはいくらかマシになったが、ニナはまだ少し緊張しているようだった。
「ニナさん。おそらくあなたはご自分が思っている以上に優秀です。どうか自信を持ってください」
「あ、ありがとうございます」
私の励ましの言葉が一応効いたのか、ニナはホッとしたような顔つきになった。
さて、いよいよ仕事を開始すると、予想通りニナは即戦力になってくれた。
もちろん、初めての職場での仕事だからミスがないわけではない。しかし、取り返しのつかない間違いはなかったし、すぐに気付いて修正してくれた。
これは断言できる。私はとても良い人と巡り会えた!
嬉しい反面、ハッとする。
また、大きな貸しが一つ、レオンにできてしまったのではないか……と。
*
ニナの初出勤日の仕事を終えて、私と彼女は店の奥の部屋でお茶を飲んでいた。
「あ、あの…私、お役に立てたでしょうか?」
「もちろんです。本当に助かりました」
おずおず聞いてくるニナに、私は即答する。
今日も非常に忙しかったが、ニナが居ると居ないとでは雲泥の差だ。これからは、ちゃんとした食事と睡眠をとって、私も人間らしい生活に戻れそうだった。
「正直、どうしてピエトロ商会があなたを手放したのか分からないくらいです」
「そう言っていただけると嬉しいです。あそこでは毎日、店長や同僚に怒鳴られてばかりだったので……」
「えっ……怒鳴る?」
「仕事が遅い、仕事ができないって……ずっと言われ続けてきました。そうすると不思議なもので、それが本当のように思えてくるんです。私ってダメな奴なんだって……」
「……」
「だから少しでも誰かの役に立ちたくて、色々と雑用も引き受けるようになって。そうすると、それが当たり前になって……皆が私に仕事を押し付けるようになってしまって……。任された仕事が出来なければ、また怒られて……」
そしてニナは、休日も返上し、早朝から深夜まで働き続けていたと言う。
何という劣悪な職場環境だ――私はドン引きした。
これではニナも精神がまいるわけだと、そう思う。
「せ、せめてお給料はちゃんと貰っていたんですか?」
「基本給はここと同じくらいです。ただ、私が役立たずだったので、ペナルティでどんどん差し引かれて半分くらいに……」
「半分!?そんなに働かされて!?」
私は信じられなかった。
「ソレ、弁護士を探して訴えましょう?あまりにも酷すぎます!!」
「そ、そんな訴えるだなんて……」
ふるふるとニナは首を横に振った。
「それに証拠もありませんし……。前のお店で協力してくれそうな人もいません。むしろ、口裏を合わされて、私がまた悪者にされるかと……」
「でも……」
何ともやりきれない話である。
真面目に働いて努力している人間が損するなんて……不条理すぎる。
「ジャンヌさん、ありがとうございます」
「えっ」
「私のためにそんなに、真剣になってくださって。このお店で働けるだけで、私はもう十分幸せです」
ニナは感激したように瞳を潤ませた。
「質問しても嫌な顔一つせずに教えていただけるし、残業代を付けて下さるし、罰金もないし」
「いや。それが普通で、今までがおかしかったんですよ……」
「何より、魔導士として誇らしい気持ちで仕事ができます。レシピ通りのちゃんとした魔法薬を作ることができる」
「えっ…?」
何か今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような……?
「それってどういうことですか?」
私は尋ねた。
「ピエトロ商会では、模範的なレシピ通りには薬を作りません。コスト削減と言って、必要な材料をケチり、手順をすっ飛ばしてしまうんです。そんな薬を作らされて売っていることが、私は心苦しくて……」
「そりゃそうです!そんなの魔導士失格ですよ!」
「そうですよね!だから私、何回も店長に直訴したんです……って、あっ」
「どうかしましたか?」
ニナは何かに気付いたように、目を見開いている。
「そう言えば…店長から怒鳴られるようになったのは、私が直訴してから……だったような?店長が私を皆の目の前で叱責するようになってからは、同僚も私にキツくなって……」
「とんだ八つ当たりですね」
話を聞けば聞くほど、ピエトロ商会は信じられない劣悪な職場だったようだ。こんなのが老舗の大店なのだから、世も末である。
私自身、個人的なことからピエトロ商会に良い感情を抱いていなかったが、ソレが今日さらに悪化した。
しかし、これで一つ合点がいったことがある。
そんなめちゃくちゃな調合をしていれば、そりゃ商品の質は低下するばかりだろう。騎士団が見限るのも納得だった。
こんな酷い話が、オルレア支店に限るのかどうか分からない。
だが、安全性を無視した『夢見の薬』などを販売したことを考えると、ピエトロ商会全体がどうしようもなくなっている可能性はあった。
「酷い商品を売るくせに、表向きはお客様第一みたいな顔をしているのも嫌でした。相談室なんか設けたりして……」
「相談室?」
「はい。製品にはない、お客様個人の要望を聞いて作るオンリーワン魔法薬のご相談――を謳っていました。実際のところ、どれくらい実績があったのかは分かりませんが、相談件数自体は結構あったんです」
「へぇ。そんなことまで…。それにしても、ニナさんはピエトロ商会では調合専門で雇われていたのでしょう?相談室のことまでよく知ってますね……って、あ。まさか……」
「はい。雑務の押し付けで、そちらも担当させられました」
「……本当に酷い店だ」
ニナが話す前職場の壮絶な話に、私はもはや怒りを通り越し、呆れるしかなかった。
*
一方、その頃のピエトロ商会オルレア支店は大騒ぎになっていた。
「どうして今日納品分の魔法薬ができていないんだ!?」
「おいっ!薬が全然効かないって…苦情がすごいぞっ」
「材料の補充が全然できていないじゃないか!どうなってんだ!」
店の裏方で、あちこちから悲鳴が飛び交う。
これまでニナが懸命に働いて、何とか帳尻を合わせていた部分が、彼女がいなくなったことにより、どうしようもなくなってしまった結果だった。
この大混乱に、ピエトロ商会オルレア支店の店長ドミニクは、額に青筋を浮かべていた。
ドミニクも他の従業員たちも、ニナがどれくらいの仕事を担い、処理していたのか、把握できていなかった。
しかし全員、いつも「無能」「仕事ができない」「役立たず」と怒鳴られていたニナがやっていることなんて、大したことはない――そう思い込んでいたのである。
ニナ自身もそれらの罵声によって「役立たず」と思い込むようになっていたが、罵声を浴びせた本人たちも暗示がかかり、彼女の能力を錯覚していたようだった。
しかし、ニナがいなくなって仕事が回らなくなるという現実を突きつけられると、さすがに自分たちの誤った認識に皆気付く。
ただ今更、目が醒めたところで後の祭りなのだが……。
「くそっ!すぐにあの女を連れ戻せ!」
ドミニクの怒号が飛んだ。




