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第23話 過重労働

「…………」


 私は無言のまま、ベッドに倒れ起こんだ。

 疲れすぎて、もはや言葉も出ない。

 深夜まで働いて、夜明けと共に起き、休日もない。

 プライベートな時間などもっての他で、自室には寝に戻るくらいだ。


 最近、ずっとこんな調子だった。



 店が忙しい。繁盛している。

 騎士団という大口の契約もでき、売り上げ増加。

 それは本来、喜ばしいことのはずだった。

 

 もちろん、騎士団の案件に伴って仕事量が多くなるのは分かっていた。

 けれども、店舗での接客を母に任せ、私が薬作りに専念することで十分カバーできると思っていた。

 そのはずだった。

 そのはずだったのだが……。


 最近の店の繁盛具合は、私の予想を大きく超えていた。

 おそらく『オルレア騎士団の御用達(ごようたし)』という評判が広まったせいだろう。開店から閉店まで、狭い店の中はお客さんでいっぱいである。


 そういったわけで、朝から晩まで薬を作り続けても仕事が終わらない状況に私は陥っていた。

 完全な誤算、キャパシティーオーバーである。


 目下、従業員を雇うことが急務だった。



「ジャンヌお姉ちゃん、大丈夫?」

 心配そうなエチカと、

「顔に死相が出てない?」

 容赦ないマルグリット。


 以前、エチカの父親に解毒薬を使ったのだが、その支払いは分割になっていて、毎月エチカが私の所にお金を持って来ている。

 この日はちょうど、その月に一回の薬の支払い日だった。


 店舗の方が混雑しているので、私はエチカたちを店の奥の部屋に通した。なお、マルグリットはエチカの友人で、彼女の付き添いである。

 二人とも、私の疲労困憊(ひろうこんぱい)ぶりを見て驚いていた。


「人手が足らないなら、雇うしかないんじゃない?求人募集はしたの?」

 マルグリットは大人びた口調で正論を言う。


「もちろん、募集はしてるよ。でも、魔法薬を作れる魔導士なんて、中々見つからない……」

 私が肩を落とすと、マルグリットはニヤリと笑った。


「なら、ボクが応募してあげようか?」

「……気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」

「むぅ。ボクは本気で――」


 マルグリットがそう言いかけた矢先、店の方から誰かやってきた。


「ジャンヌ?君のお母さんがこちらに通してくれたんだが……」


 やってきたレオンを見て、私はさらに疲れを覚えた。

 母よ……なぜ彼をここに通した?死体に鞭打つ――とはこのことである。

 私は愛想笑いの一つすらできず、ぼうっとレオンを見上げた。



 レオンが来るなり、マルグリットはエチカを連れてさっさと帰ってしまった。どうも彼女は、レオンのことが苦手らしい。

 まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 問題は目の前のレオンだ。


「ジャンヌ。本当に体調は大丈夫なのか?」


 レオンは私の様子を見て、何度も何度もそう尋ねてきた。

 心配してくれるのは分かるが、それなら早く話を切り上げて欲しいというのが本音である。こうしている間にも仕事が溜まっていくのだから……。


「私のことは大丈夫です。それでどうされましたか?」

「その……最近、忙しそうで店頭にも出ていないみたいだったから、遠慮していたんだが……。どうしても君に相談しておきたいことがあって」

「相談?」

「君は()()()()()()の噂を聞いたことがあるかい?」

「仮面……?」

「ああ。竜の仮面をかぶった魔導士なんだが…素顔は誰も知らず、性別も分からない。声は若者らしいんだが……」

「この街にいる魔導士ですか?」

「そうらしい」


 竜の仮面――そう聞いて、脳裏にふと、いつも奇天烈な格好をしている知り合いの魔導士がよぎった。

 だが、すぐに私は否定する。

 あの人をこの街で見かけたことはない。さすがに、彼がこの街にやって来たのなら、私を訪ねてくれるだろう。

 どうせ、あの人のことだ。今頃、また世界のどこかをあてもなく旅しているに違いない。


 私は首を横に振った。


「すみません。心当たりはありません」

「そうか…。君ならもしかして、と思ったんだが」

「その仮面の魔導士がどうかしたんですか?」

「うん、ジャンヌ。街中で蛇の魔物が出た騒動について覚えているかい?」

「それはもちろん」


 なにせ、アレは私がレオンを巻き込んだ事件だった。

 取り壊し作業中の屋敷で、かつてそこで働いていた使用人が起こした騒動である。

 彼女は死んでしまった主人の遺産を探すため、幻術用の魔法薬を利用して、屋敷で蛇の魔物が現れたように偽装し、解体工事を中止させた。

 なお、このとき作業していた男たちの中にエチカの父親がいて、彼は使用人に毒を塗った短剣で斬りつけられ、生死の境をさまようはめになったのである。


「あの時、犯人の使用人が使った幻術用の魔法薬と毒の短剣の出所。それが仮面の魔導士らしいんだ」

「なんですって?」

「それに、まだある。『竜人サマ』の事件だ」

「もしかして……」


 ここまで言われれば、私もピンときた。

 『竜人サマ』は、とある教師が誤って自分の生徒を殺害してしまい、それを誤魔化すために起こした事件だった。

 その際に使われたのが、古代魔法を利用した降霊術用の魔法陣である。


「もしかして、あの魔法陣も…」

「ああ。アレを用意したのが、その仮面の魔導士らしい」

「いったい、何者なんですか。その魔導士は?」


 私の質問に「分からない」と言い、レオンは表情を曇らせた。


「今は()()()()()使用人や教師が、その仮面の魔導士にコンタクトをとったのか、仲介役はいたのか――を調べている」

「なんだか、きな臭い話ですね」

「ああ。仮面の魔導士の目的は何なのかは分からない。単なる金目的かもしれない。ただ、このままヤツを放置していれば、さらに事件が起こる気がする」


 レオンの意見に私は同意した。



「ジャンヌ。忙しいのに時間をとってくれて、ありがとう」


 用件を話し終えると、レオンは腰を上げた。

 今日は帰りが早い。

 いつもなら、なんやかんや粘って、まだまだこの場に居座っているのに。


「いいえ。こちらこそ、お役に立てずに」

「仕事、大変そうだね」

「ええ、まぁ」


 私はあいまいに笑う。

 完全に私の見通しの甘さが引き起こした自業自得だ。

 できれば、そこには触れないでいて欲しかった。特にレオンには触れないでいてほしい。また、劣等感を覚えてしまうから。


「魔法薬を作れる魔導士の求人……俺も心当たりを聞いてみるぞ」

「それは……ありがとうございます……」

「だから、あまり無理をしないでくれ」


 そう言い残してレオンは帰っていった。


 レオンが百パーセント善意で言ってくれているのは分かる。

 そこに他意はない。

 しかし、彼の一言一行に、私の劣等感が(あお)られるのだ。


 結局、いつまでも過去の夢に囚われて、素直にレオンの好意や心配を受け取れない私の方に問題があるのだろう。

 そして、己の矮小(わいしょう)さに自己嫌悪し、さらに劣等感が(あお)られるという負のループ。


――パンッ!


 私は思いきり自分の頬をひっぱたく。

 良い音がした。そして、当然のように痛い。

 しかし、いくらかウジウジとした思考は晴れたような気がする。


「さぁ。仕事、仕事」


 私は自分に言い聞かせるように、そう(つぶや)いた。


 


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