第22話 騎士団御用達の店
「では、新たな回復薬と解毒薬の仕入れ先は『サカキ魔法薬店』ということで」
ルネがそう締めくくって、オルレア騎士団の定期会議は終了した。
会議室からぞろぞろと団員たちが出て行く。その中には、各班の隊長たちに加え、医務室勤務の医療従事者の姿もあった。
実は、今回の会議のメインの議題は、騎士団で常備する回復薬等の検討についてだった。
今まで騎士団では、ピエトロ商会からこれらの魔法薬を購入していたのだが、最近品質の悪さが目立つようになり、団員たちから苦情が出ていた。それで、他店から薬を仕入れることにしたのである。
購入店を変えるにあたって、オルレアの街で評判の良い魔法薬店を幾つかピックアップし、さらに其処の商品を実際に購入して使用し、比べてみた。
余計な先入観が入らないよう、各々の薬は中身を別の容器に移し替え、どこで購入したのか分からないように細工した。その上で、医務室の団員たちが審査したのだ。
その結果――ほぼ満場一致である魔法薬店が選ばれた。
「品質と金額、どちらを考えても此処が一番です!」
今回の審査に加わった白魔導士のマリアは、自信たっぷりにそう言っていた。
「それはそうと、これは何という店の商品なんですか……サカキ魔法薬店?どこかで聞いたことがあるような……あっ!」
彼女はハッとする。
「ま、まさかあの女の……」とブツブツ呟いて、頭を抱えるマリア。
サカキ魔法薬店――それはオルレアの街外れにあった。数年前にオープンしたばかりの、小さな店である。
そこの店主は女性で、ジャンヌという名の魔導士だった。
*
無事、騎士団の御用達としてジャンヌの店が選ばれたことをルネが知らせると、レオンはひどく嬉しそうな顔をした。
「そうか。それは良かったぞ」
「そう言えば、レオン様は今回の件についてほとんどノータッチでしたね」
ルネは不思議そうに首をかしげた。
レオンがジャンヌにかなり一方的な好意を抱いているのは明白だ。
それなのに、なぜ審査でジャンヌの店が有利になるよう働きかけなかったのだろうか。
いや、そもそも今回の件がなくても、騎士団長という身分なら、ピエトロ商会からサカキ魔法薬店に取引先を変更することも簡単だったのでは……?
もちろん、それは公私混同も甚だしいが――そんな風にルネが考えていると、レオンがおかしそうに笑いだした。
「ハハッ。何となくだが、君が何を考えているか分かるぞ」
「あ~、いやぁ…」
ルネは気まずそうな笑みを浮かべる。
「もし、俺が自分のわがままでジャンヌの店に融通したら、彼女は激怒するだろうね」
「あっ。そう言えば、ご自分の仕事に誇りを持っていると……そうおっしゃっていましたね」
「ああ。ジャンヌは正当な評価の上で彼女の店を盛り立てたいんだ。だから今回の件については、俺はあえて距離をとった。ジャンヌに余計な勘繰りをさせないようにね」
そこまで考えてのことだったのか、とルネは感心した。
「よく、ジャンヌさんのことを理解されているのですね」
「これでも十年来の付き合いだからね」
*
午後の遅い時間、珍しい組み合わせが店に現れた。
「ジャンヌー!」
「ご無沙汰しております」
レオンとウィリアム。
オルレア騎士団の騎士団長サマと黒魔導士だ。
「レオン様、こんにちは。ウィリアムさん、お久しぶりです」
「ジャンヌ!今日はビックニュースがあるんだぞ」
「ニュースですか?」
「ああ!」
レオンは満面の笑みを浮かべると、こう続けた。
「おめでとう!君の店の商品が騎士団の常備薬に選ばれたよ!」
「えっ…」
私は驚き、目を見開いた。
騎士団で現在使用している回復薬や解毒薬に不満の声が出ていたため、それらの購入先を改めて検討しようという話がもちあがった――と、私はウィリアムから聞いていた。
光栄にも、その検討に私の店も加えてもらえ、ウィリアムが店の商品をサンプルとして購入していった。それが先日の話だ。
その比較検討の結果、私の店が騎士団に選ばれたのだろうか?
私は信じられないような思いで、ウィリアムを見た。彼は私の視線に気づくと、控えめに笑いつつ、しっかりと頷いた。
「レオン様の言う通りです。これから騎士団で使う回復薬等はこちらの店にお願いしようかと」
「本当ですか!?」
もしかしたら騎士団という大口の取引相手がゲットできるかも……と淡い期待を抱いていたが、まさかうちの店が本当に騎士団の御用達になれるとは思ってもみなかった。
私は小躍りした気持ちだったが、そこでハッと気づく。
私は恐る恐るレオンを見た。
「まさか…レオン様。裏で手を回したり……なんてしていませんよね?」
「してない!してないぞ!」
心外とばかりにレオンが首を横に振った。
「俺は今回の選考に関与していない!なぁ、ウィリアム」
「ええ。その通りです」
ウィリアムが言うには、余計な先入観が入らないようにと、どの魔法薬がどの店のものなのか、それらは伏せて薬の審査は行われたらしい。そして、質と金額の面で最も適したものを御用達の品として選んだ――ということだった。
それを聞いて私はホッと胸を撫でおろした。
「当店の商品を選んでくださって、ありがとうございます。ご期待に添えられるよう頑張ります」
*
私は母親に店番を任せ、店の奥の部屋にレオンとウィリアムを通した。今後、どれくらいの頻度で、どれくらいの量の薬を納品するか相談するためだ。
騎士団側の担当者はウィリアムとのことだったので、正直レオンはこの場に不要だったが、彼は当たり前のような顔をして居座っていた。
話し合いが一通り終えて、私は彼らにお茶のお代わりを出す。すると、商談中は黙っていたレオンが口を開いた。
「そうそう。最近、ウィリアムに黒魔法を教えてもらっているんだぞ」
「え?レオン様がですか?」
レオンは一流の精霊魔法の使い手だが、その他の系統の魔法はあまり得意ではないことを知っている。だから、私は意外に思った。
「俺自身には黒魔法の適性はあまりないが、それでも何とか『魔封じ』の魔法は使えるようになったんだ」
得意満面のレオン。
一方、私は非難をこめてウィリアムを睨んだ。
「それはまた……とんでもない魔法を教えてくれましたね」
「あはは……」
ウィリアムが渇いた笑みを浮かべる。
『魔封じ』の魔法と言うのは、その名の通り、相手を魔法が使えない状態にしてしまう術である。
イメージとしては、自分の魔力で相手の魔力を包み込み、干渉することで、相手が自身の魔力にアクセスし辛くなる。結果、魔法が使えない……といったところか。
黒魔法の中では原理がシンプルで、扱いやすいものだ。
しかし『魔封じ』を成功させるためには、相手の魔力を自身が凌駕していなければならない――そういう制限があった。
なお、レオンの魔力量は化け物並みである。彼以上の魔力を持った人間を私は知らない。
つまり、ほとんどの魔導士は、『魔封じ』によりレオンの前で無力化させられることを意味する。
「ちょっと、私に近寄らないで欲しいです」
思わず本音が漏れると、レオンが血相を変えた。
「どうして!?」
「魔導士にとって魔法が使えないことがどれほど恐怖か。お分かりにならないのですか?」
「俺が君相手に使うワケないだろう!?」
「…………確かに、そうですね」
「なんだか妙な間があったような……」
そもそも――と私は思い直す。
『魔封じ』がなくとも、私とレオンがやり合えば、私は手も足もだせず負けてしまうだろう。結局、『魔封じ』があろうとなかろうと同じだ。
「僕もレオン様から精霊魔法を教えてもらっているんです」
その場を取りなすように、ウィリアムが会話に入ってきた。
「レオン様、教え方がすごく丁寧で上手いんですよ。天才肌の方だと思っていましたから、ちょっと意外でした」
確かにレオンは天才だ。
しかし、それに至るまで、芽が出るまでには長くかかった。
不遇のときも腐らず、努力し続けた彼だからこそ、教え方も上手なのだろう。
とにもかくにも、私は騎士団という新たな顧客をゲットした。
この店にとって初めてとも言って良い大口の契約だ。これでさらに店の売り上げが増える――なんてことを、私は呑気に喜んでいた。
少なくともそう、このときは……。




