第21話 竜人サマ(後編)
それから騎士団は、二枚目の魔法陣――古代魔法を使った降霊術――がいつ頃、子供たちの間で使われ始めたのか、詳しく聞き取り調査をした。
元となったでたらめの魔法陣と、本物の降霊術の魔法陣。
それらは一見、同じに見えるため、いつ頃から後者が現れたのか――特定は難しいように思えた。
しかし、意外に子供たちの記憶力は良かった。
自分たちが使っている魔法陣が、前のものと変わったような気がする……そんな感想を抱いた子たちが何人もいたのだ。
その子たちの話をよくよく聞いた結果、降霊術の魔法陣が現れたのは、最初の犠牲者と思われる行方不明の生徒が出た後、少しして――ということだった。
ちょうど三か月ほど前の話である。
つまり、事件のカギは最初の行方不明の生徒にあるというわけだ。
本日、レオンとルネは行方不明の生徒を受け持っていた教師から事情を伺うことになっていた。
それに私も同行する。魔導士としての意見が欲しいと、捜査協力を依頼されたのだ。
事件の舞台になった学校は、七歳から十二、三歳くらいの子供が通っている教育機関だ。
普段なら放課後の校庭には、子供たちの活気ある声が響いているはずだろうが、今はなりを潜めていた。おそらく『竜人サマ』の影響だろう。
保護者の間でも『竜人サマ』はずいぶんと問題視されているらしく、親は子供たちに妙なまじないをしないよう言いつけているらしい。
さらに、それだけでは不安な親たちは、我が子のために護符まで買っていると聞く。
子供を邪悪な霊から守るという聖なる護符――それを売っているのは、あのピエトロ商会だ。まったく、商売根性たくましいものであった。
*
あらかじめアポイントメントをとっていたためか、行方不明の生徒の担任とはすぐに会うことができた。私たちは、すでに生徒が帰宅した後の教室に通される。
担任教師はポールという二十代半ばの男性で、眼鏡をかけて生真面目そうな雰囲気をしていた。
「…そちらの女性も騎士団の方ですか?」
眼鏡を持ち上げながら、ポールは私を見た。それにルネが答える。
「いいえ。彼女は外部の人間ですが、降霊術に詳しく…」
「やはりあの『竜人サマ』は本物の降霊術でしたかっ!!」
興奮したようにポールが叫ぶ。
「ということは、ヤンはやはり良くない霊に連れ去られてしまったのですね?」
「まだ断定はできませんが、そういう可能性もあるかと」
「ああ、なんてことだ」
ポールは眼鏡をとり、目頭を押さえた。
ヤンというのは、行方不明になっている男子生徒の名前だ。
ルネは少年の行方が分からなくなった当時のことを、ポールに尋ねた。
「最初は、どこかをほつき歩いていると思ったんです。そのぅ、ヤンは活発な良い子だったのですが、いたずら好きで少し落ち着きがなくて……授業中もウロウロと歩いてしまうような子だったので…」
「あなたがヤン少年を最後に見たのは?」
「課外授業があった日ですね。授業が終わって、皆と一緒に家に帰ったはずです」
「しかし、保護者の方に伺うと、その日ヤン少年は家に帰って来なかったと言っていました」
「ならば、帰り道に霊に体を乗っ取られてどこかへ行ってしまったのか…。ああ、ヤン。いったい、どこへ行ってしまったんだ……」
ハァとポールは大きくため息を吐いた。
「『竜人サマ』が生徒の間で流行っているのは知っていました。でも、しょせん子供の遊びと、僕は軽んじていたんです。それがまさか、こんなことになるなんて……」
「あの…」
私は嘆くポールに話しかけた。
「先生はどうしてヤン少年が『竜人サマ』のせいでいなくなったと思われたのですか?」
「えっ?」
「もしかしたら、彼は『竜人サマ』とは別の事件に巻き込まれた――そう考えることもできるでしょう?」
「いや、だって……」
ポール少し目を泳がせる。
「だって、霊に体を乗っ取られた生徒がたくさん出てるんですよ?それと無関係だと思う方がおかしいでしょう?」
「……確かに。それもそうですね」
私はニヤリと笑って見せた。
「まぁ、それも本人に聞けば分かることです」
「えっ?」
虚を突かれた様子でポールは目を瞬かせる。
「本人って?」
「もちろん、ヤン本人ですよ。降霊術を使って死んだ彼の霊を喚びます」
「ちょ、ちょっと待ってください。つまり、ヤンはもう亡くなっていると言いたいんですか?」
「ヤンが行方不明になってから、すでに三か月も経っているのでしょう?残念ながら、その可能性が高いかと」
「で、でもだからって、わざわざ降霊術なんて……大げさなことをしなくても」
「何が大げさなんです?降霊術を行えば、彼の生死を確定することもできる。彼がどこで、どのように死んだかが分かれば、遺体を埋葬することも可能かもしれません」
「……それもそうですが。降霊術の魔導士なんて、この街のどこに――?」
「目の前にいるじゃないですか」
私は自らを指した。
「今では街はずれのしがない魔法薬店の店主ですが、これでも昔は王都で本格的な降霊術を学んだ身です。ご安心を」
そう言って、私は立ち上がった。
「レオン様。さっそく、今夜。降霊術でヤン少年の霊を喚びよせてみます」
「あ、ああ」
レオンが慌てて頷く。
「今、ヤンと交信することはできないのかい?」
「月夜の方が都合良いのです。幸い、今夜は満月。そうそう、降霊術は私一人で行いますね」
「他人が入らない方が良いと?」
「ええ。警戒して霊が出てこない可能性もありますから。結果は、明朝お知らせします」
そんな会話をしてから、私たちは教室を後にした。
*
街外れの魔法薬店。
暗くなった店内に、ろうそくの灯りが揺らめいていた。
男が窓から店内をこっそり伺うと、何かの魔法陣が書かれた大きな布の上に、一人の女性が祈るような格好で鎮座している。
何やら儀式めいた雰囲気だった。
男はその女の顔を見て、昼間会った女だと確信した。
彼はぎゅっと手に持った短剣を握りしめる。
そして、そっと店内に侵入した。
都合の良いことに、女は扉にちょうど背を向けていた。
儀式に集中しているのか、男にも気付かない様子である。
男はその無防備な女の背中に短剣を突き刺そうとし、そして――
「っ!?」
気が付けば、男の腕を誰かが捕まえていた。加減の無い力で握られ、痛みのあまり、男は短剣を落としてしまう。
カラン、と乾いた音が響いた。
「貴様…何をしようとしていた?」
地を這うような低い声。
ろうそくの灯りに浮かび上がったのは、オルレア騎士団の団長の姿だった。
団長は瞳孔の開いた目で男を見下ろす。
その視線の恐ろしさに、男――ヤンの担任教師ポール――は何も言えなくなった。
さて、ポールがジャンヌの店に侵入したその数時間前に話は遡る。
*
学校からの帰り道、私たちはこんな会話をしていた。
「話を合わせて下さって、ありがとうございます」
私はレオンにお礼を言うと、彼は少し心配そうにしていた。
「ああ。でも、あんな嘘は危険じゃないか?」
「あ、ジャンヌさんのアレ。やはり嘘でしたか」
ルネがポンと手のひらを打つ。
「それにしても、あの担任教師。どうやってもヤンという少年を『竜人サマ』の被害者にしたいようでしたね」
「あからさまだったぞ。ジャンヌがヤンの霊を喚びよせると言ったら慌てていた」
「『竜人サマ』の被害者の中で行方不明になっているのがヤン少年だけというのも引っ掛かります」
「ああ、あの男が何か知っているのは間違いないだろう」
ルネとレオンの言葉に私も同意しつつ、自らの意見を付け加えた。
「そもそもヤンは、『竜人サマ』による被害者ではないと私は考えています」
「ジャンヌ、根拠はあるのかい?」
「『竜人サマ』は女子生徒の間で流行っていたおまじないです。現に、他の被害者たちは全て女の子。そんなおまじないを、わんぱく坊主がするとは思えません」
私がそう言うと、「なるほど」とレオンとルネは顔を見合わせた。
「それで君は、降霊術でヤンと交信するなんて嘘をついたんだね」
「ええ。うまく罠に引っ掛かってくれれば良いのですが…」
私が降霊術を使えるというのは真っ赤な嘘。ポールを誘い出すためのでたらめだ。
もしヤンが死亡していて、それにポールが絡んでいた場合、ヤンの霊の口から真実を語られたらポールとしては非常にまずい事態となる。
ならば、そうなる前に私に対して何らかのアクションを起こすだろう。
「――ということで、警護の方をよろしくお願いしますね」
「ああ。絶対に君のことは守るよ」
レオンは力強く肯いた。
*
街の北東部にある森林公園。
以前、ポールが課外授業に使った場所で、ヤン少年の遺体が発見された。
騎士団の取り調べに際して、ポールは次の通り語った。
元々、やんちゃで言うことを聞かないヤン少年を、担任教師のポールは持て余し気味だった。
ヤンは日ごろから力が有り余っている様子で、生徒や先生にもよくちょっかいをかけていた。無論、それは担任のポールに対しても同様だ。
そして、課外授業で行った森林公園で悲劇は起こる。
ヤンは一人佇んでいたポールを驚かそうとして、背後からいきなり飛び掛かったらしい。
当然、ポールはひどく驚いた。驚いた拍子に彼は強か尻もちをつく。その様子を見て、ヤンは笑い転げた。
日ごろから、ポールは自分の言うことを聞かないヤンに対して鬱憤がたまっていた。そして、それが爆発する。
気が付いたとき、ポールはヤンを力任せに殴りつけていた。
大人の男に殴られて、小さなヤンの身体は簡単にふきとんだ。そのとき運の悪いことに、大きな石に頭をぶつけてしまう。
呼吸が止まり、だらりと伸びたヤンを見て、ポールは己がしたことの重大さに気付いたのだった。
ポールは何とかヤンのことを隠蔽しようとした。
そこで目を付けたのが、最近学校の女子生徒の間で流行っている『竜人サマ』だった。
ヤンのことも、何とかこの『竜人サマ』のせいにできないか……そう考えたポールはとある魔導士に依頼をする。
子供たちが勝手な想像で描いた『竜人サマ』の魔法陣に似せて、本物の降霊術の魔法陣を作れないか――そのように頼んだ。
そのとある魔導士は「面白そうだ」と二つ返事し、そして翌日には、本物の降霊術用の魔法陣を用意してきたという。
それが古代魔法を使った例の魔法陣だった。
それからポールは、新たな魔法陣の写しを何枚も書き、それを生徒たちが持っていた、でたらめな『竜人サマ』の魔法陣と差し替えたのだ。
子供たちは知らず知らずのうちに、本物の降霊術用の魔法陣を用いて『竜人サマ』のおまじないを行っていた。
その多くは何事も起きなかったが、タイミングや波長が合ってしまった場合には、本当に霊が降りてきた。
もちろん、子供たちは魔法においてずぶの素人だ。降りてきた霊に対処できず、中には体を乗っ取られて、精神的異常を示す生徒が現れた。
そんな中、ポールは声高に訴えた。
ヤンもおそらく、『竜人サマ』の霊によってどこかへ連れ去られたのだと――。
これが今回の事件のあらましだ。
子供に手をかけるだけでも許せないのに、ポールは保身のために大勢の生徒の身を危険にさらした。その罪はしっかり償わなければならない。
また、騎士団はポールに手を貸したとある魔導士についても捜査を続けている。
――ということを、レオンとルネはジャンヌに説明しに行った。
*
ジャンヌの店からの帰り道、ルネはぼうっと考えていた。
ジャンヌは今回の事件の功労者だ。
古代魔法を使った降霊術用の魔法陣に気付いただけではなく、ポールのおかしな点にもいち早く気づき、罠を仕掛けて彼の逮捕に協力してくれた。
どれも誇って良いことだとルネは思う。けれども、ジャンヌはこう言った。
――こんな凡人でもお役に立ててよかったです。
凡人。
事あるごとに、彼女は自らをそう評する。それがルネには不可解だった。
「どうしてジャンヌさんは自分を凡人などと言うのでしょうか」
それは、ほとんど独り言だったが、レオンの耳にちゃんと届く。
「ジャンヌは宮廷魔導士になりたかったんだ。彼女にとって、それこそが一流の証だったんだよ」
「宮廷魔導士ですか。確かにエリート中のエリートですね……ジャンヌさんはなれなかったんですか?」
「ああ。宮廷魔導士は、ある分野で突出した才能を持つ人間を評価する傾向にある。彼女の多分野に及ぶ才能とは相性が悪かったんだ……と思う。それに……」
「それに?」
「大きな声では言えないが、いわゆるコネの存在が大きな世界でもあるんだ。裕福でもなく、ただの平民の彼女にはソレがなかった」
レオンの話を聞いて、ルネは思わず口を尖らせた。
「……そんなの、ジャンヌさん自身にはどうしようもないじゃないですか」
「ああ、その通りだ」
レオンが肯定する。
「けれども、当のジャンヌは諦めなかった。諦めず、努力し続けたが…」
「結局、宮廷魔導士にはなれなかったんですね」
「ああ。そして、そのことが尾を引いて、自分の過小評価につながっているんだと思う」
そう話すレオンの表情は、とても悲しげだった。




