第20話 竜人サマ(前編)
オルレアの街が優れていることの一つは、庶民の子供たちが通う『学校』があることだ。
元々は教会が母体になっていた学問施設だったが、前領主時代に領内の公的な教育機関として整備された。これはこの王国内でも珍しいことだった。
『学校』の存在のおかげで、オルレア市民の識字率はとても高い。こんな成功例があったため、クローヴィス侯爵家は領内に次々と『学校』を建てている。
文字を読み書きできるだけで、就ける職業の幅はぐっと広がる。庶民にとっては嬉しい限りだ。
そんな『学校』で、最近妙なことが流行っている――という噂があった。
「竜人サマ?」
私が聞き返すと、アニーは神妙な顔で頷いた。
「子供たちの間で流行っているおまじない……?みたいなやつなんだけれど」
そう言って、アニーはその『竜人サマ』とやらを説明し始めた。
まず魔法陣と、文字や数字を記入された紙を一枚ずつ用意する。さらに、文字の書かれた紙の上には一枚の銀貨。
『竜人サマ』の参加者は魔法陣に左手を、銀貨に右の人差し指を置く。そして全員で「竜人サマ、竜人サマ、おいでください」と呼びかける。
すると、『竜人サマ』とやらが降臨し、あらゆる質問に銀貨を動かして答えてくれるのだ。
例えば、明日の天気を聞くと、文字の上を銀貨がひとりでに動き、「晴れ」や「雨」などを示すらしい。
「なんだか、一種の降霊術みたいだね」
私が感想を述べると、アニーは首をかしげた。
「降霊術?」
「占い目的のために人間や動物の霊を呼び寄せる魔法だよ」
かなり古典的な魔法で、昨今の流行ではない。私も知識として知っているくらいである。
子供たちの間で、どうしてそんな代物が流行ったのか分からない。ただ、子供の想像力と言うのはすさまじいものだから、もしかしたら誰かがふと思いついたのかもしれなかった。特に女の子は占いやおまじないが好きな子が多い。
「降霊術って危ないの?」
アニーは心配そうな顔だった。
現在、彼女のお腹の中には赤ちゃんがいる。もしかしたら子供ができたせいで、よその子供のことも気になるのかもしれない。
「まぁ、失敗したら霊に体をのっとられる……なんて話も聞くね」
「えっ!?やっぱりそうなの?」
「でも、心配することないよ。そもそも、素人の適当なまじないじゃ、霊自体降りてこないから」
魔法の知識なしに降霊術を成功させるのは、ほぼ不可能だろう。どうせ、何も起こらないはずだ。
「だから、放っておいて問題はないよ」
「そっか」
アニーはホッと胸を撫でおろしつつ、「でも…」と言葉を濁した。
「実際に、行方不明になった子がいるらしいの。噂じゃ、霊に取り付かれてどこかへ行ってしまったんだって」
「えぇっ!?」
「それにその子以外にも、ちらほら様子がおかしくなる子がいるらしくて。何か悪い霊を呼んでしまったのかも」
「……」
私は押し黙る。
子供の遊び程度のまじないで、本当に霊がやって来た――?
そんなことがあり得るのだろうか?
私は胸につかえるような感覚を覚えた。
*
数日後、レオンがルネを伴って店にやって来た。
「……まさか、『竜人サマ』ですか?」
「ジャンヌ!よく俺の考えていることが分かったね!」
妙に嬉しそうなレオンの隣で、「実は捜査に協力していただきたいんです」とルネが説明した。
「私に、ですか?」
「コレとコレを見比べて欲しいんだぞ。何か気付いたことがあれば、言って欲しい」
そう言って、レオンが差し出してきたのは二枚の紙だった。
そこには赤いインクで魔法陣が描かれてある。どちらの魔法陣も一見似ていて、子供が描いたような拙い代物だった。
私はまず一枚目の魔法陣を観察する。予想通り、魔法陣に描かれている文字や図形は全くのでたらめで意味をなさなかった。
しかし、続く二枚目を見て私は息を呑んだ。
「…っ!?」
「何か分かったのか?」
尋ねるレオンに対して、
「少し待っていてください」
そう言い残して、私は母屋の自室に走った。
自室の本棚にぎっしりと並んだノートの数々。その中から、数冊ひっつかむと、急いでレオンとルネの元へ戻る。
「……ッハァ、お待たせしました」
「ジャンヌ、いったい何が分かったんだい?」
「少しお待ちを……確かこの辺りに……あった!」
私はノートをパラパラめくり、目的の箇所を見つける。それを件の魔法陣と見比べた。
結果、自分の考えが間違いでない事を確信する。
「この二枚の魔法陣。一見、似ていますが中身がまるで違います。一方は全くのでたらめ……しかし、こちらは」
私は二枚目の方をレオンとルネに見せた。
「おそらく降霊術の魔法陣が描かれています」
「なっ…!?」
「ほ、本当ですか!?」
二人が驚く。
「俺にも魔法の知識はあるが、ちゃんとした魔法陣には見えない……あっ!別にジャンヌを疑っているわけじゃないぞ」
「レオン様。こちらの魔法陣には、現在私たちが使っている呪文字とは別物――古代魔法で使われていたという神秘文字が使われています」
「古代魔法と神秘文字…?」
レオンは首をひねった。
「そういえば、そんなものがあると歴史の授業で習ったような……」
「古代魔法は失われてしまった魔法。未だ研究途上の分野です。私もその全てを理解しているわけではありませんが……」
そう断りをいれつつ、私はレオンとルネに、自分の学生時代のノートを見せた。
「コレ。今回の魔法陣と似ていませんか?」
レオンが真剣に、問題の二つを見比べる。
「……確かに。文字や図形を崩しているが、根本は同じだ。ノートの魔法陣は何なんだい?」
「古代の遺跡で発見されたという降霊術用の魔法陣、その写しです」
「写し?」
「これは魔法学校時代の私のノートなんです。庶民の学生が古代魔法の書物なんて高くて買えませんからね。魔法学校時代、図書館にあった書物の内容をノートに写したんですよ」
「君はそんなものまで勉強していたのか?」
驚くレオン。私はその反応を見て、内心苦笑する。
そう、そんなものまで勉強していた。マイナーな分野なら、一流になれるかも――浅はかにもそう考えたのだ。
そして、古代魔法を勉強した結果分かったのは、自分にはソレを扱えそうにない、ということだった。
「おそらく誰かが、このでたらめな一枚目に似せて、神秘文字で二枚目の降霊術用の魔法陣を描いたのだと思います」
「なるほど…」
「レオン様。そもそも、この二枚の魔法陣はいったいどこで?」
私が尋ねると、レオンはその経緯について話し始めた。
*
『竜人サマ』の噂はオルレア騎士団にも届いていた。
学校の子供たちの間で流行っているおまじないと、それに伴う怪談話。
当初、騎士団の面々も全く気にしていなかったが、噂はどんどん大きくなっていく。
とりあえず簡易的に調べたところ、行方不明の生徒一名と、何らかの精神的異常を示す生徒が八名ということが判明した。
被害者は皆、同じ学校に通う十歳前後の子供である。
さすがにこれは何かある――そうして騎士団は本格的な調査に乗り出したのだった。
現場となった学校の聞き取り調査を行い、その学校では半年以上前から『竜人サマ』という遊びが、主に女子生徒たちの間で流行していたことが分かった。
けれども、その当時は単なる子供のお遊びで大事には至らなかったようだ。
そんな『竜人サマ』が問題になったきっかけは、一人の生徒が行方不明になったことだ。
それを契機に、精神異常を示す生徒が次々と報告されたという。彼らは皆、自我を曖昧になり、まるで何かに乗り移られたような様子だった。
精神異常が認められたのは八人とも女子生徒で、彼女たちは白魔導士の治療により回復に向かっている。
ただし、行方不明になった生徒は依然として見つからなかった。
騎士団は呪術的な関与を疑い、『竜人サマ』のおまじないについて調べた。そして、ソレに使われた二種類の魔法陣を入手したのである。
「『竜人サマ』のおまじないに使用された魔法陣が二種類あったと分かっても、我々はソレを偶発的なものと考えていました。その……一見したところ、ただの子供の真似事に見えたもので」
ルネはおずおずと、面目なさそうに白状する。
しかし、それも仕方ないと私は思った。
「確かに。魔法に精通していない人には同じような落書きに見えるでしょうね」
「ええ。そして、この二種類の違和感に気付いたのはウィリアムなんです」
「ウィリアムって……あの黒魔導士の?」
私は『魅了』という珍しい性質を持った騎士団の青年のことを思い出した。
「はい、そのウィリアムです」
ルネが頷く。
ウィリアムは魔法陣の一方に、何かしらの意図があることを読み取った。しかし、古代魔法の知識に乏しい彼には、それをハッキリと示すことはできなかった。
「そこでウィリアムがジャンヌさんを推薦したんです。幅広い魔法の知識を持っているあなたなら何か分かるかもしれないと」
「……」
幅広い魔法の知識……か。物は言いようだ。
実際は器用貧乏なだけなのだが。
「ジャンヌ。これが古代魔法の降霊術の陣なら、素人でも降霊が可能だと思うかい?」
そうレオンが聞いてきた。
「普通は難しいでしょうね。九割がたは何も起こらないでしょう」
「残りの一割は?」
「……降霊術は技術よりも、術者本人の資質に依るところが大きいと聞きます。魔法陣という条件が整った上で、タイミングと波長が合えば、もしかしたら素人でも……」
「ふむ」
レオンは腕を組んで何か考えているようだった。
「つまり、この二枚目の魔法陣が原因で、子供たちに良くない霊が降りてしまう可能性はあるわけか」
「あくまで可能性の上では」
「とにかく、この二種類の魔法陣についてもっと詳しく調べるべきだな。この降霊術の魔法陣がいつ頃から出回ったのか。それがカギだ」
「私もそう思います」
単なる噂話だと思っていた『竜人サマ』騒動。
どうやらひと悶着ありそうだった。




