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第18話 焼きリンゴと回想

 私はちょっと暇な午後を過ごしていた。

 ドロシーの効果もあって、近頃とても忙しかった店だが、今日は午後からほとんど客が来ない。まぁ、こんな日もあるだろう。

 今日はちょっと早めに、店を閉めても良いかもしれない――そう思っていた矢先、店の扉が開いた。


 入って来たのは、子供が二人。どちらも粗末な服に身を包んでいる。

 二人のうちの片方の少女を、私はよく知っていた。


「こんにちは、エチカ」

「こんにちは!」


 元気よく少女――エチカが返事をする。

 彼女は以前、この店で万引きをしようとした少女だ。ただ、その理由は生死の境をさまよう父親のためだった。

 エチカの父親はとある騒動に巻き込まれ、毒を受け負傷した。そのとき私は、彼を治療するために店の解毒薬を使ったのだ。

 幸いにも無事、エチカの父親は一命をとりとめた。


 さて。エチカ親子は暮らしにあまり余裕がなかったため、薬代は分割払いになている。

 貧乏を盾にして支払いを踏み倒そうとする者もいるなか、毎月律儀にお金を持ってくるエチカ親子に私は好印象を抱いていた。


「これ、今月分です」


 そう言って、エチカは麻袋に入った貨幣を私に渡す。

 確かに、と私はそれを受け取った。


「あと、これも」

「見事なリンゴだね」


 エチカが差し出したのは、バスケットに入ったリンゴだった。真っ赤に色づいていて、とても美味しそうである。


「マルグリットがうちにくれたの。そしたら、お父っさんがジャンヌお姉ちゃんにもおすそ分けに行きなさいって」

「マルグリット?」


 いったい誰だ――と思っていると、


「はい!ボクだよ」


 エチカの隣にいた子供が、元気よく挙手した。


 ボクという一人称と、中性的な顔立ち。

 一瞬、男の子かとも思ったが、長い髪と名前から察するに女の子なのだろう。


「美味しそうなリンゴだね。わざわざ、ありがとう」


 エチカとマルグリットは、物珍し気に店内の商品をあれこれ眺めていた。他に客もいないので、彼女らの好きにさせていると、

「ここって魔法薬を売っているんだよね?」

 そう、マルグリットが尋ねてきた。


 私は「そうだよ」と頷く。

 彼女は興味津々といった様子で眼を輝かせた。


「じゃあ、不老不死のお薬ってある?」

「えっ?」

「死者を(よみがえ)らせるお薬は?」

「……な、ないかな」

「物を黄金に変えちゃうのは?」

「ごめん。それもない」


 残念ながら、そんな伝説級の魔法薬を私は目にしたことがない。

 すると、マルグリットは口を尖らせた。


「なんだぁ、何もないじゃん」

「そのうち、どれか一つでも発明出来たら、私は世紀の魔導士として後世に語り継がれるだろうね」

「そっかぁ……」


 私の答えに、シュンとマルグリットは肩を落とす。


 私はそんな彼女の様子を見て、「う~ん」とうなった。

 もしかすると、子供の夢を壊してしまっただろうか。

 ちょっとバツが悪くなって、私は頬をかく。そのとき、名案を思い付いた。


「二人とも時間はある?」

「あるよ?でもなんで?」

「せっかくだから、このリンゴを使っておやつにしよう」


 私は早々に店じまいをし、リンゴのおやつを作ることにした。



 おやつを作ると言っても、そんなに手を込んだ物ではない。

 簡単な焼きリンゴだ。

 ただし、今日は贅沢にも砂糖やスパイスを使うつもりだった。

 リンゴの芯をくりぬき、そこにバターと砂糖、シナモンを入れる。あとは裏庭の石窯に放り込む――というだけの簡単な作業である。

 バターとシナモンの甘い香りがただよってくると、子供たちは目を輝かせた。


 エチカもマルグリットも、焼きリンゴがお気に召したようだ。

 そもそも砂糖は貴重品だから、『甘い菓子』というだけで庶民の子供は喜ぶ。

 アツアツのリンゴは甘く柔らかく、それでいてリンゴの酸味がちょうどいいアクセントになっている。自画自賛だけれども、とても美味しい。

 

 そうやって私たちが焼きリンゴに舌鼓を売っていると、


「ジャンヌ。お客様だよ!」


 母の声がした。

 店はもう閉めたはずなのだが、急用のお客でも来たのだろうか。

 そう思って、慌てて腰を上げた矢先――母に連れられて()()が私たちの前に現れた。


「やぁ、ジャンヌ」

「……こんにちは。レオン様」


 この男は客じゃない!!

 一言母親に文句を言ってやろうと思ったが、彼女はそそくさとどこかに行ってしまった。


「美味しそうだね。何を食べているんだい?」

「焼きリンゴだよ!すっごくおいしい!!」


 レオンが尋ねると、エチカが満面の笑みで言う。

 一方、マルグリットはレオンにリンゴを取られると思ったのか、ムッとした表情をして彼から距離をとった。


「へぇ、いいなぁ」


 レオンの声に羨望の気持ちがあふれていたので、思わず私はこう言ってしまった。


「……レオン様もお召し上がりになりますか?全く、大したものではないですが」

「え!?いいのかい?」


 パァアアっと、レオンの表情が輝く。

 そのあまりの喜びように、私はたじろいだ。


「謙遜でも何でもなく、ただの焼きリンゴですよ?あなたのお口に合うかどうか…」

「君が作ってくれるだけで最高だよ!!」


 自分が言い出したことを後悔しつつ、私は追加の焼きリンゴを作り始めた。



***

 自分のために焼きリンゴを作ってくれているジャンヌの背中を見て、思わずレオンは頬を緩めた。

 なんて幸せなんだろう、とそう思う。

 もし、こうやって毎日彼女が自分のために料理を作ってくれたら――そんなことを考え、それからレオンは慌てて首を横に振った。

 さすがにソレが起こり得そうにない()()であることを自覚しているのだ。


 ただ……。

 もし、子供時代に戻れたのなら、その妄想にも少しは希望を持てたかもしれないが……とレオンはふり返る。

 あの頃、自分とジャンヌの仲は今よりもずっと良好だった。



 レオンは子供の頃、騎士学校でも魔法学校でも劣等生だった。

 彼の身体はまるで薄い()が張られたような感覚で、自分の身体なのにそれをうまくコントロールできなかったのだ。魔力も同様である。

 さらに悪いことに、時折大人の手にも余るような力を暴発させた。今思えば、ケガ人が出なかったのは不幸中の幸いだった。


 周囲の皆は、劣等生のレオンを(さげす)むと同時に、力を暴発させる彼を怖がった。生徒だけではなく、教師までもそうだった。

 レオンはそれに歯を食いしばって耐えていた。


――こんなことで負けるものか。


 そう思って、彼はまるで何ともないように(つと)めて明るく振舞い、鍛錬も怠らなかった。魔法の練習も、放課後の教室にひとり残って続けた。

 そんなレオンが(くじ)けそうになったとき、声をかけてくれたのがジャンヌだった。


「こうすると良いかも……」


 彼女はそう言って、いくつかアドバイスをくれた。だが当初、レオンはそれを素直に受けとれずにいた。

 なにせ、当時のジャンヌは才能にあふれ、『神童』と呼ばれるほどだった。習った魔法はすぐに覚え、実際に使って見せて、周りの者たちをあっと驚かせた。


 そんな彼女がどうして俺を気に掛ける?教師ですら相手にしない劣等生(自分)を?

 レオンはそう不信がった。


 ともすれば、落ちこぼれの自分に親切にすることで優越感に浸りたいのか――なんて、最低なことまで考えた。

 しかし、レオンはそんな自分をすぐに恥じることになる。


 ジャンヌはいつも真剣だった。

 真剣に、レオンがどうにか自分の魔力を制御できるよう考えてくれていた。

 そうして、彼女が同情や憐れみ、ましてや優越感からではなく、()()として自分を応援してくれていることに気付いたとき――レオンはすでに恋に落ちていたのだった。



 それから数年後、眠っていたレオンの才能が開花する。

 ある日突然、自分を覆っていた()が取り払われた心地だった。身体が、魔力が、思うように制御できる。

 そのまま騎士の叙任を終えたレオンは、程なくして『天才魔法剣士』と呼ばれるようになった。


 才能が開花したレオンが、その事実を一番に伝えたかった人物は、もちろんジャンヌだった。

 彼女は笑顔でレオンの成長を喜んでくれた。頑張ったかいがありましたね、と。

 けれども、レオンを褒める彼女が、陰で苦しんでいることに彼は気づいた。

 折しもレオンの才能が開花した頃、『神童』と呼ばれたジャンヌは自分の限界にぶち当たっていた。


 自分が落ちぶれる一方、友人がどんどん成功していくのが()()――それは人間なら当たり前の感情だろう。

 ジャンヌはそんな感情が表に出ないよう必死に隠していたが、レオンにはそれが分かった。なぜなら、彼はこれまでジャンヌをずっと見てきたのだから。


 自分の存在が大好きな相手を苦しめている――そう知って、レオンは辛かった。だからこそ、ジャンヌと距離を置くことを決心した。

 ジャンヌが帰郷しても、レオンは王都に残り、騎士の仕事に励んだ。いっそ、ジャンヌのことを忘れられるようにと――がむしゃらに。


 けれども、ダメだった。

 レオンはジャンヌを忘れられなかったのだ。ジャンヌと距離を置いていた数年間、幾度となく彼女を思い返し、夢にまで見た。

 そして、結局――レオンはオルレアの街に帰って来る。

 ただただ、彼はジャンヌの(そば)で過ごしたかった。



 

 現在、ジャンヌがレオンを見るその目に、学生の頃のような悲壮感はない。

 おそらく、時間が経ったことで、ジャンヌの中でもある程度気持ちの整理がついたのだろう。

 もっとも、レオンが彼女に好かれているかというと――全くそんなことはなかったが……。

 ジャンヌが自分のことを迷惑に思っている、そして彼女の自分に対するわだかまりも完全に消えたわけではない――レオンはソレを自覚していた。

 ただ、それでもいい、とレオンは思う。傍にいられるだけで幸せなのだと。

 

 結婚願望がないと豪語するジャンヌだが、もしかしたら、いつか恋する相手を見つけるかもしれない。そのときは、ちゃんと身を引かなければ――とレオンは自分に言い聞かせる。

 ウィリアムの一件では思った以上に心が揺れた。アレは誤解だったから良かったものの、次はどうなることか。

 そう不安に思いつつ、レオンは祈る。


 ただ、今は。今だけは。

 ジャンヌの傍に居させてほしい、と。




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