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第17話 黒魔導士の秘密(後編)

 重大な話がある。相談に乗ってい欲しい。

 上司(レオン)から真剣そのもの表情でそう言われ、ルネは気を引き締めていた。

 だが……。


「ジャンヌがウィリアムを好きかもしれない」

「……」


 この世の終わりかのような悲壮な顔で、レオンが口にしたのは何ともしょうもない内容だ。

 思わず、ルネは半眼になった。

 ジャンヌと言うのは、レオンが長年片想いをしているらしい平民の娘である。

 ルネ自身も何度か会ったことがあり、聡明な印象を受けた。また、昔は神童と呼ばれていたくらい魔法の才能があるらしい。

 もっとも、当の本人は自らを「凡人」と称していたが……。


 さて。ルネから見ても、レオンの恋路が多難なことは明らかだった。

 ジャンヌは明らかにレオンを迷惑そうに扱っている。

 完全に彼の片想い。一方通行の恋だ。

 レオンが騎士団長でも貴族でもなければ、ジャンヌはストーカーとして彼を訴えていたかもしれない。


 今回も、そんなレオンの片想いが空回りしているのだろう。

 ルネはそう思いつつ、一応レオンに尋ねてみた。


「ジャンヌさんがウィリアムを?どうしてそんな風に思ったんですか?」

「彼女の店に行ったら、二人が意味深に見つめ合っていたんだよ!しかも、ジャンヌの方からウィリアムをじっと見つめていたんだ!その後も、彼が気になるみたいで、熱い眼差しを送っているし……」

「え?まさか……」

 

 ルネは目を瞬かせる。

 ウィリアムは最近、騎士団に入った黒魔導士だ。中々優秀だと聞いているが、その容姿はあまり女性受けするものではない。

 それならば、レオンの方がずっと見た目が良いはずだ。

 背が高く、引き締まった身体をしていて、顔も整っている。天才魔法剣士と誉れ高く、家柄も良い。

 ジャンヌが関わると色々と残念だが、本来は仕事ができる男で、きちんと騎士団長を務めている。


 レオンとウィリアム。

 二人を比べたら、()()ならどちらがモテるかなんて一目瞭然だ。

 しかし、ルネはハッとする。

 果たして、ジャンヌが()()の女性だろうか――と。


 ジャンヌは一般的な女性……とは言いにくい。それは間違いないだろう。

 そんな彼女だからこそ、もしかしたら男の好みも変わっているのかもしれない。

 うーん、とルネは腕組をしてうなる。


「ねぇ、俺はどうしたらいいだろうか?もし、本当に二人が恋人同士になってしまったら……」


 ふと、レオンの眼の奥底が真っ暗になる。それに危うさを覚えて、ルネは慌てた。


「落ち着いて下さい!まだそうと決まったわけじゃないでしょう!?」

「それはそうだが……」

「とにかく、早まらないで下さいよ!」


 普段は良識あるレオンだが、ジャンヌが絡むと何をしでかすか分からない所がある。まさに、ネジが外れてしまう感じだ。

 そして、彼には金と権力があり、大抵のことは何とでも出来る立場にあるのだった。


「大丈夫だ。ジャンヌに嫌われるようなことはしないさ……()()


 暗い表情で、ボソリとレオンが言う。

 ()()ということは、()()()は何かしでかす気だろうか?

 不安になったルネは、一つ提案してみた。


「とりあえず、ウィリアムに話を聞いてみてはいかがでしょうか?何か事情があるかもしれませんよ?」



 ルネのアドバイスに従って、レオンはウィリアムに尋ねてみた。


「君はジャンヌが好きなのか?」

「は?」


 超どストレートにそう聞かれ、ウィリアムはキョトンとした顔をする。

 彼からすれば、急に騎士団長に呼び出されたら、思いも寄らない質問を投げかけられ大混乱――というところだろう。


「どうなんだ!?」

「え、えっと……どちらのジャンヌさんでしょうか?」


 レオンの気迫に気圧されながらも、ウィリアムは聞き返す。

 ジャンヌと言うのはありきたりな名前だから、ウィリアムはそもそもレオンが誰のことを指しているのか分からなかったらしい。


「街外れの魔法薬店!そこの店主だよ!」

「あぁ!あの方ですか……って、でもどうして?僕が?彼女を?」


 首をかしげるウィリアムは、本当に不思議そうだ。少なくとも、彼がジャンヌに対して恋心を抱いている様子はなかった。

 それを見て、レオンはとりあえず胸を撫でおろす。


「この前、店で彼女は熱心に君を見ていただろう?」

「そうですね。彼女は僕のことを気にしていたようでした」

「――っ!?」

「あ、でも。恋とか、そういう甘い雰囲気じゃないですよ。あの一つ質問なんですが……」

「……なんだ?」

「彼女、黒魔法の心得ってあります?」


 ウィリアムの質問の意図がつかめず、レオンは首をひねる。不思議に思いつつも、彼の質問に答えた。


「ああ。黒魔法だけじゃなく、精霊魔法、白魔法、幻想魔法に時空間魔法まで。大概の魔法は使えるぞ」

「え!?ソレ、すごいじゃないですか!」

「ああ!ジャンヌはすごいんだ!」


 そう言うレオンは、自分のことでもないのに誇らしげだった。

 ジャンヌ自身は、どの魔法分野でも一流になれなかったと(おのれ)卑下(ひげ)するが、これだけありとあらゆる魔法を使えるだけで十分すごい。

 彼女の才能と努力の証明である――少なくともレオンはそう思う。


 ジャンヌは宮廷魔導士を目指していた。だから、それになれなかった自分を『凡人』と評する。

 だが、レオンはそれを間違いだと考えていた。

 宮廷魔導士は各分野を極めようとする専門家が集う職種なので、ただジャンヌの適性とかみ合っていなかった――それだけの話だと。

 魔導士の才覚は、なにも宮廷魔導士になれるか否かだけで決まるものではない、とレオンは考えていた。


「なるほど。でも、そういうことなら……ジャンヌさんが僕の()()気にしていたのか。想像がつきます」

「それは一体なんだい?」

 グイっとレオンは詰め寄る。それにウィリアムは苦笑いしつつ、

「そうですね……。この騎士団のトップであるレオン様には、知っておいてもらった方が良いかもしれません……」

 彼はそう言い、レオンは更に首をひねるのだった。



 話があるからと、ジャンヌに無理言って、レオンとウィリアムは閉店後の彼女の店にやって来た。


「それでお話とは?」

「実は僕のことです。ジャンヌさんは、おそらく僕に何か()()ものを感じ取って、それが気になっているのではないかと……。だから、その説明に」


 ウィリアムの言葉に、ジャンヌはポンと手のひらを打った。


「もしかして、ウィリアムさんが()()()黒魔法をかけていることですか?」

「!?」


 黒魔法――それは、『呪』の力を用いて敵の能力や健康状態を害する魔法だ。

 そして、ウィリアムはその黒魔法を敵ではなく()()()()に使っている――そうジャンヌは言っているのである。

 そんなことがあり得るだろかと、レオンは目を瞬かせた。


「ウィリアムさんの言っていた通り、私は何だかあなたに()()()を覚えていたんです。それが何なのか最初は分かりませんでした。でもある時ふと、自分が黒魔法を使ったときの感じに似ている、そう気付いて……」

「さすがです」


 パチパチとウィリアムは拍手をした。どうやら正解らしい。

 それを見て、レオンも「ジャンヌ、すごいぞ」と驚嘆する。


「しかし、あなたが自分の()に黒魔法をかけているのか――それは分かりませんでした。その理由も気になるので、もし良ければ教えていただきたいです」

「ここまで話してしまったのですから、もちろんです」


 そうして、ウィリアムは語り始めた。

 それは彼の()()()()()()()についてだった。



 ウィリアムは生まれつき『魅了』という力を持っていた。

 相手の心を奪い、惚れさせる特殊能力だ。それは自分を『恋愛対象』として、少しでも見ている者に作用した。


 事情を知らない者がこの話を聞くと、「えっ!?つまり、モテモテってこと?」と羨ましがるかもしれない。

 しかし、ウィリアムにとってこの能力は、そんなに良いものではなかった。


 『魅了』の能力のせいで、子供時代からウィリアムは何度も被害にあってきた。

 体を触られる――というセクハラはまだ序の口で、時には誘拐にまで及んだ。

 相手は若い女であることもあれば、老婆だったことも、たまに男だったこともある。


「想像してみて下さい。レオン様が僕だったとして、若い美女ばかりが群がってくるわけじゃありません。自分の母親や祖母のような年齢の女性から迫られたり、友人だと思っていた男の子に押し倒されたりしたら……。相手が変態だと、その場で裸になったりするんです」


 その話を聞いて、レオンとジャンヌは鳥肌が立った。


「両親が懸命に守ってくれたおかげで、何とか大事には至りませんでした。ですが、今でもトラウマものです」

 そう語るウィリアムは、何を思い出したのか、ぶるりと体を震わせる。

「そもそも、こんな能力のおかげで人に好かれても全然嬉しくありません。そこに本当の心はないんですから」


 ウィリアムは何とか自分の『魅了』の能力を制御しようと試みた――が、叶わなかった。

 もはや、彼にとって『魅了』の力は害悪でしかなかった。

 そこでウィリアムが思いついたのは、何とかして自分の能力を弱体化できないか――ということだった。


「もしかして、それで黒魔導士になったんですか?」

「その通りです」


 ウィリアムは自分の能力を抑えるために黒魔導士の道を歩んだ。自らの安寧のため、彼は日々鍛錬に励むことになる。それはもう必死だった。

 そしてついに、黒魔法で『魅了』の力をほぼ無力化することに成功したのだ。


「君が黒魔導士として優秀なのも、その鍛錬の賜物(たまもの)なのか」

 そう、感心した様子のレオン。

「文字通り、死に物狂いで訓練しましたから」

 ウィリアムは苦笑いする。

 以来、ウィリアムは常に自分の『魅了』の能力を黒魔法で抑えこんで生きてきた。


「僕の『魅了』の力は、相手を『素敵だな』『良いな』と思う感情を極限まで増幅させるものなんです。たから、できるだけ他人から『恋愛対象』として見られないことが大事でした」

「もしかして、それでその格好ですか?」

 ジャンヌの問いにウィリアムは頷く。

「はい。できるだけ『ダサい』格好を心がけています」

 涙ぐましい努力であった。


 ウィリアムの話を聞いて、ジャンヌはふと思い当たった。


「もしかして、先日のクレーマーの女性客。もしかして、あの人にも……」

「ええ。あのとき『魅了』の力を使いました。といっても、完全に開放したわけではありません。少し、黒魔法での弱体化の程度を小さくしたんです」

「つまり、あのクレーマーはウィリアムさんに惚れたから、あなたの言う事を聞き、すんなり引き下がったと?」

「ええ」

「すごい能力ですね」

「そうかもしれません。今は、黒魔法を習得したことにより『魅了』の力もある程度コントロールできます。でも……それまでは、本当に僕にとって害悪でしかない力でした」



 一通り説明を終えた後、ウィリアムは気がかりそうにレオンに尋ねた。


「レオン様。僕はこんな妙な能力を持っていますが、それを悪用するつもりは一切ございません。この力を使ってオルレア騎士団の顔に泥を塗るようなマネは絶対しないと誓えます。ですから、このまま騎士団に置いてもらえないでしょうか?」

 すると、レオンは「もちろんだ」と答える。

「こちらこそ、言いにくいことを話させてしまって悪かった」


 レオンの反応を見て、ウィリアムはホッと胸を撫でおろした。


「それにしても『魅了』の力か……。にわかには信じられないような、まるでおとぎ話のような不思議な力だな」

 レオンがポツリと言った。それにウィリアムが反応する。

「もし、僕の力をお疑いなら今証明することもできますが……」

「ん……?」


 レオンはウィリアムの言葉の意味を一瞬考え――、


「ダメっ!絶対にダメだぞ!!」


 慌ててジャンヌを抱き寄せ、彼女がウィリアムを見れないよう、手でその視界を塞いだのだった。




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