第16話 黒魔導士の秘密(前編)
とある男性客が真剣な表情でこう聞いてきた。
「モテる薬ってありますか?」
「ありません」
バッサリと切り捨てると、彼は肩を落として店を出て行く。その背中を見送りながら、レオンは首をかしげた。
「なんだい?アレは……」
「言葉通り、女性にモテる魔法薬をお探しだったのでしょう」
モテる薬――つまりは、魅了の魔法薬とでも言ったところか。実は、こういった類の魔法薬を求める客は男女問わず少なくない。
「この店には置いてない魔法薬なのかい?」
「ありませんね」
レオンの質問に私は首を横に振る。
「媚薬と一緒で下手すれば、犯罪の温床になりかねません」
魅了で相手を好きなようにできる――となれば、それは洗脳と変わらない。そんなもの法律的にアウトである。
「それに、特定の層だけにちゃんとモテる薬を作る……というのは難しいかと」
「特定の層にちゃんと?」
よく分からない、というような顔をするレオン。だから、私は具体例を挙げた。
「例えば、若い男性のモテたいと思う対象は、同世代か年下が一般的です。特殊な性癖でもないかぎり、老齢の女性から好かれたいとは考えていません」
なるほど、とレオンは神妙そうな顔で頷く。
「それも、あくまで極普通に好意を寄せられたいのです。間違っても、いきなり押し倒してきたり、夜道に襲ってきたりするような変質者ではありません」
魅了の作用が強いと、相手の理性を奪いかねない。一歩間違えれば、事件に発展してしまいそうだ。
「ともかく、合法的かつ自分の理想的なモテ方ができる魔法薬なんて私は知りません」
私はそう締めくくった。
*
大通りを闊歩するオルレア騎士団の団員たち――私は薬の納品した帰りに彼らを見かけた。
あとで、噂に聞いたところによると、彼らは魔物討伐に特化した部隊で第七班というらしい。
その第七班はちょうど大規模なオークの討伐を成功させ、騎士団本部へと帰還するところで、その姿を私は目にしたようだった。
第七班のほとんどは、腰に剣を下げた剣士たちだった。しかし、私はその中に、彼らよりも軽装な魔導士風の男を見つける。
その男は、黒いローブ姿でフードを目深にかぶっている――顔もよく分からないような人だった。
普段なら、何の気にも留めない相手だ。
しかし、この時私は彼に妙な違和感を覚え、凝視してしまった。
私の視線に気づいたのか、ローブの男も私の方を見る。
図らずしも、私たちは見つめ合う形になった。
何となく引っかかる男だったが、日々の忙しさにかまけているうちに、私は彼の存在をすっかり忘れてしまっていた。
だから、思いもよらずその男と再会したとき、私は思わず「あっ」と声を上げたのだった。
*
この日、私はとある用事で騎士団に赴いていた。本当なら近づきたくない場所の筆頭だが、直々に呼び出されては仕方ない。
要件は、先日の『魔物の偽装騒動』について。
取り壊し予定の屋敷で、そこの元使用人が大蛇の魔物がいると偽装した事件のことだ。
その参考人として、私は騎士団で調書を取られていたのである。
調書の作成には思いの外時間がかかり、やっと解放されたとき、私は少々ぐったりしていた。
そして、さらに私を疲れさせる要因が……。
「ジャンヌ、お疲れ様!」
「……どうも。レオン様」
背後霊よろしく、本日のレオンはずっと私の後ろをついて回っている。調書を取っている間も、ずっとレオンは私の傍にいた。
あまりにも一緒にいるものだから、いい加減うんざりして「自分自身の仕事はどうしたんだ?サボっていないで仕事をしろ」という内容を破れたオブラートに包んで私は言ってみた。
しかし、レオンは平然とこう言ってのける。
「今日の俺の仕事は終わったぞ。君が来ることを知っていたから、早めに終わらせたんだ」
「えっ」
嘘だと思って、レオンの部下であるルネに尋ねると、
「本当です」
彼は乾いた笑みを浮かべながら言った。
「どうも、まだ日が昇る前に出勤なさったらしく……。本日のレオン様の業務は滞りなく終了しています」
そして――今に至る。
騎士団本部での用事が全て終わり、やっと調書からもレオンからも解放されると思った私だったが、ありがたくないことにレオンは私を家まで送ってくれると言う。
再三断ったのだが、私の願いは叶わず……。
同情のまなざしのルネに見送られながら、私は騎士団本部の玄関ホールへとレオンと一緒に向かっていた。
その時、底抜けに明るい声が聞こえてきた。
「お前、そのダサい見た目どうにかしろよ~」
声の方を見ると、鳶色の髪の剣士が同僚と思われる魔導士に絡んでいるところだった。魔導士は黒いローブを着ていて、フードを目深にかぶっている。
それを見て、私は「あっ」と小さく声を上げた。先日違和感を覚えたローブの男だと気付く。
私は思わず立ち止まって、二人の様子をまじまじと見る。つられて、レオンも彼らの方に顔を向けた。
「なんでそんな暗くて地味なかっこうなわけ?辛気臭くねぇ?」
剣士は冗談のように軽い口調で話すが、その内容は悪口でしかない。聞いていて不愉快だった。
こんな風に言われて、ローブの男は言い返したりしないのか?そう思っていた矢先、レオンが動いた。
「君。第七班に新しく入ってくれた黒魔導士だろう?」
気さくにそう話しかける。
剣士もローブの男も、レオンのことはもちろん知っている様子だった。まぁ、自分たちの所属する組織のトップなのだから当然か。
さて、先ほどまでのローブの男とのやり取りで、冗談を装っていた剣士だが、自らの言動がよろしくないことを自覚していたようだ。その証拠に、レオンを前にして面白いくらいアタフタしている。
対するローブの男は、真っすぐにレオンのことを見据えていた。
「騎士団長、僕はウィリアムと申します」
「先日のオーク討伐では大活躍だったと聞いている。これからも、是非共にがんばってほしい」
どうやらウィリアムと名乗るこの魔導士は、騎士団に入ってまだ日が浅いようだ。だからこそ、先輩格の剣士に何か言われても反論しにくかったのだろう。
レオンはウィリアムを褒めつつ、剣士の方にもしっかり釘をさした。
「後輩は大切にしてやるんだぞ」
「は、はいっ」
剣士は慌てて、頷いていた。
*
さて、黒魔導士ウィリアムとの出会いから数日後、彼は私の店にやってきた。
「いらっしゃいませ。あれ?あなたはあの時の……」
「ああ。先日はどうも……」
ウィリアムの方も、私のことを覚えていたようで、彼は軽く会釈する。彼は今日も黒いローブ姿で、フードを目深にかぶっていた。
「回復薬と解毒薬を見せて欲しいんですが……」
「あ、はい」
ウィリアムの注文を私は意外に思った。
回復薬などの薬は騎士団に当然備わっているはずで、団員個人がわざわざ購入する必要などないからだ。
すると、私の戸惑った様子を察してか、彼は事情を話してくれた。
「実は現在使っている回復薬の効能が今一つで。騎士団で常備する魔法薬を改めようという話になったんです。今回は、その下調べに……」
「ああ、なるほど」
私は合点がいくと同時に、俄然やる気がでた。上手くいけば、騎士団と言う大口の顧客をゲットできるからだ。
私はカウンターにずらりと回復系の魔法薬を並べ、一つずつそれを説明していった。
ウィリアムは途中に何度も質問をはさみながら、真剣に私の説明を聞いてくれる。やがて彼はサンプルとして幾つかの魔法薬を購入した。
「もしご意見やご感想がありましたら、教えていただけると幸いです。今後の参考にいたしますので」
そう言いながら、私は商品を包む。毎日のことだから、目をつぶっていてもできるくらい慣れた作業だ。
その時ふと、私はウィリアムにまた違和感を覚えた。
どういうわけだか、彼と会うたびに妙な感覚に陥る。一体、どうしてだろうか?
私が不思議に思っていると、
「あの、僕に何か?」
ウィリアムに声を掛けられた。
私はハッとした。いつの間にか、私は彼を凝視していたようである。
「不躾でした。申し訳ありません」
「いえいえ。やはり、こういう格好は悪目立ちしますよね」
「え?」
どうやらウィリアムは、私が彼の格好を気にしていると思ったらしい。
確かに、黒いローブを着こみ、フードを目深にかぶっている彼はちょっと怪しかった。まるで、おとぎ話に出てくる悪い魔法使いのようだ。
しかし、私は気にならない。もっと奇天烈な格好をしている魔導士の知り合いがいるからだ。
「別にあなたの格好を気にしたわけではないんです。皆、好きなものを好きな風に着ればいい――私はそう思います」
「良かった。でも……それなら他に気になるところでも?」
「ええと……」
私は少し困った。彼に抱く違和感を言語化するのが難しいからだ。
何と説明したら良いだろうか――そう考えていると、
――バンッ!!
「えっ!?」
「うわっ!?」
突然店の扉が勢いよく開き、私とウィリアムは驚きの声を上げた。いったい、何事かと心臓がバクバクする。
しかし、入り口に立つ男の姿を目にして、私は肩の力が抜けた。
そこにいたのは、レオンだった。
私は相手がレオンと分かり、ジトリと彼を睨んだ。
「レオン様、びっくりするじゃありませんか。店の扉が壊れたらどうしてくれ……レオン様?」
「……」
いつものレオンとは様子が違っていて、私は訝った。
たいてい店に来るとき彼は笑顔なのに、今日はそれが消え失せている。いつもの喧しさもない。
それでいて、こちらをじっと見つめてくるのだ。
訳が分からず、私はウィリアムと顔を見合わせた。
「君は……君たちは……」
レオンが何かを言おうとした矢先、開け放たれた扉から店の外の喧騒が聞こえてきた。
「こんなもの、食べられたもんじゃないわよっ!!」
ヒステリックな女性の声が店の中まで響き渡り、私たちは虚を突かれたようになる。
どうやら、はす向かいの店で客が騒いでいるようだ。その客の姿を目にして、私はうんざりとした気分になった。
「お知り合いですか?」
ウィリアムに尋ねられ、私はため息を吐く。
「あの女性客……この辺りじゃ有名なクレーマーなんですよ」
客とも呼びたくない相手だ。
商品を買った後で、理不尽な苦情を訴え、度の越えた要求をする。
「一度、店にもやって来たことがあります。美容液が肌に合わなかったから、返金しろと。それならば、残った美容液を返品してくれと言ったら捨ててしまったと」
「うわぁ…」
「まぁ、店は返品できないのなら返金もできない――で押し通しましたが。とても粘着質で困りました」
そして、そのクレーマーが今回標的にしたのは、はす向かいの惣菜店だった。見ると、いつもの女将さんがいなくて、そのお子さんが店番をしている。
子供は確か、まだ十歳くらいだったはずだ。あのクレーマーを相手するのに、子供ではキツい。案の定、子供は半べそをかいていた。
「ちょっと、行ってきます」
さすがに見捨てておけず、私が出て行こうとすると、
「僕に任せてください」
ウィリアムはそう言って、さっさと惣菜店の方へ行ってしまった。
いったい、どうする気なんだろうか?
私は、クレーマーの女性に話しかけるウィリアムの背中を見守る。
「なによっ!気味悪い男ねっ!!」
案の定、彼女はウィリアムにも悪態を吐いていた。
するとおもむろに、ウィリアムが被っていたフードをとった。ただ、彼は私たちの方に背を向けているため、その正面からの様子は伺い知れない。
そのとき、不思議なことが起こった。
明らかにクレーマーの女性がトーンダウンしたのだ。
ヒステリックに騒いでいた彼女は嘘のように静かになり、最後にはウィリアムに促されるまま、惣菜店を後にする。
何が起こったのか分からず、私は呆気にとられてしまった。




