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第15話 美容の薬

「最近、女性のお客さんが増えたんじゃない?」

 アニーは店内を見回しながら、そう言った。


 狭い店はお客でぎゅうぎゅう……というわけではなかったが、次から次へ代わる代わるお客さんがやって来ていた。その多くは、女性客だ。


「おかげさまで」

「さすが、ドロシー効果!人気舞台女優は違うわね」

 アニーの言うように、この盛況の立役者はドロシーだった。


 ドロシーは以前、体調不良を訴えて(うち)に来た客である。

 その病の原因究明に私が一役買ったのだが、そのことに恩を感じてくれたようで、今では店の常連客になっていた。

 彼女が買うのは、もっぱら美容関係の魔法薬だ。


 さて、ドロシーはとても美しい女性で、本職は舞台女優だった。私が出会った当初はまだ世に名が知られていなかったが、最近人気が急上昇しているらしい。

 すると、女優のドロシーが(うち)贔屓(ひいき)にしていると、どこから知ったのか。彼女のファンが店を訪れるようになり、さらにそこから口コミで店の評判が広がったようだった。


 まさにドロシーさまさまである。

 彼女を助けたとき、まさかこんな風になるとは思わなかった。情けは人の為ならず――とは、よく言ったものだ。



 店を閉めた後に美容関係の商品の補充をしなければ――私がそう考えていると、窓の外に見覚えのある人物の姿が見えた。

 店に入ろうとして止め、入ろうとして止め――ということを繰り返している。

 私は窓越しに、その人物に声をかけてみた。


「こんにちは。何か御用ですか?」

「うきゃぁ!?」


 私が声を掛けると、驚いたのか、素っ頓狂な声を上げてその人物は尻もちをついた。

 涙目で彼女はキッと私を見上げる。


「すみません。まさか、そこまで驚くとは……マリアさん」

 そこにいたのは、騎士団所属の白魔導士マリアだった。



 マリアはぶすっとした表情で、店内に入って来た。

「どこか怪我していませんか?」

「怪我をしていても大丈夫です。私、これでも白魔導士だから!」


 声を掛けても、にべもなく拒絶される。

 まぁ、これは今に始まったことじゃない。私は元から彼女に嫌われているのだ。

 しかし、そんな風に嫌っている女の店に、マリアは何をしに来たのだろうか?疑問である。


「……えっと」

 マリアは言い辛そうに、もじもじしていた。大の男にもじもじされると不気味だが、相手が少女だと可愛らしく思える。

 やがて、彼女は意を決したように大きな声で言った。


「化粧水!化粧水を見せて下さい!!」

「はい。(うち)には、肌質に合わせて三種類ありますが」


 私はすらすらと化粧水の説明をする。

 敏感肌用、乾燥肌用、オイリー肌用。合わせて、保湿液のお勧めもしておいた。

 すると、マリアは驚いたように目を見張る。


「私が買ってもいいの?」

「え?あ、はい。もちろんです」

 むしろ、買ってくれたら嬉しい。店の利益になる。

「断れると思ってた。すぐ、追い返されるかもって」

「お客さんを追い返すなんて、そんな失礼なマネはしませんよ」

「でも!だって!私たち()()()()じゃない!私がきれいになったら、あなた困るでしょう?」

「……は?」


 私は一瞬、思考が追い付かなかった。

 ライバル?いったい、何のライバルだ?

 ……まさか()()をめぐっての?

 冗談でもそんなことは言わないで欲しい。


「え?なになに。何のライバルなの?」

 面白そうな気配を察知したのか、すすーっとアニーがこちらに寄ってきた。

 マリアはキリっとした顔で宣言する。

「恋のライバルです。レオン様をかけての」

「おぉっ!それは良いね!」


 全然良くない、と私は思う。

 マリアは真剣そのもの。対して、アニーは完全に面白がっていた。

 なだめるように、私はマリアに話しかけた。


「私はレオン様のこと、何とも思っていないから。あなたの邪魔はしないよ」

「逃げるの?」

 挑発的な言い方をするマリアに「いやぁ……」と私が困っていると、

「そうよ!逃げちゃだめだわ」

 アニーが余計なことを言ってくる。それからアニーは、マリアに向き直った。

「でも、あなたも良いの?ライバルのお店で買い物なんかして」


 おい、コラ。せっかくの新規客を逃がそうとするな。

 たまらず、私はコソコソとアニーに耳打ちする。

「ちょっと!お客さんを逃がすようなマネしないでよ」

「あ、ごめん。つい、その場のノリで」

 小さく舌を出すアニー。つい、じゃない!!


 すると、マリアはふるふると肩を震わせた。


「私だって迷ったわ……でも、ココ。あのドロシーのお気に入りの店だっていうから、どうしても気になって……!!」

「分かる、分かるわっ!」

 アニーが強く(うなず)く。

「確かに、ここの化粧水や保湿液はとても良いもの!高いだけのピエトロ商会とは違う!!」

「そんなに違うの?」


 今度はアニーが(うち)の商品を褒め出したので、私は一歩引いて二人の様子を見守ることにした。

 さらに、アニーの力説は続く。


「すごくいいわよぉ。ほら、この子なんか白粉(おしろい)はたいていないのにコレよ」

 そう言って、アニーは私の頬をプニプニ指でつついてきた。

 これはどう反応したものか……そう考えつつ、私はされるがままになる。

「本当だ……。日焼けはしているけれど、肌目はきれい」

 マリアは私の肌をじっと観察しながら、そう言った。


 コレでも一応、美容には気を遣っている身だ。

 美容系の商品を売る上で、売っている本人が目も当てられないようでは説得力がないから、毎日の肌ケアはきっちりやっている。

 といっても、薬草畑で作業するせいで日焼けはするし、大鍋で薬を作っていると汗ですぐ落ちてしまうから化粧はしない。なお、しょっちゅう薬品を扱うせいか手先はガサガサだ。


 マリアは相変わらず私を見つめている。こんなにも凝視されると、きまり悪いものだ。

 やがて彼女はきっぱりと告げた。


「敏感肌用の化粧水と保湿液を下さい」

「お買い上げありがとうございます」


 よし、新しいお客ゲット――私は胸の内で、ぐっと拳を握った。

 自画自賛だが、(うち)の商品にはどれも自信がある。きっと、マリアも気に入ってくれてリピーターになってくれるはず……!!


 そう喜んでいると……、

「そ、それも薬で育ったの?」

 マリアは私の方を指さしてきた。

 ソレが指し示す先は…………って、おい。

 私は思わず押し黙る。


 マリアの問いに、代わりに答えたのはアニーだった。

「残念ながら、ソレは天然よ」

「うっ……そうなんだ」

「大きさもだけれど、形が良いのよね」

 しげしげと、私の()を眺めてくるマリアとアニー。

「セクハラ発言禁止」

 私は抗議するが、二人ともどこ吹く風である。


「薬で解決するわけにはいかないのね……」

「でも、大きくする方法なら知ってるわよ」

「えっ!それはどんな?」

 興味津々のマリアに、アニーは耳打ちした。途端に、マリアの顔が朱に染まる。

「そ、それは……本当に?」

「少なくとも、私はそれでサイズアップしたわよ。好きな人にやってもらうのが効果的よ」


 グッと親指を立てるアニー。一体、何をアドバイスしたんだ?

 私が不審に思っていた矢先、店の扉が開いた。


 間が悪いことに入ってきたのは――そう、レオンである。


 レオンを見た瞬間、マリアの顔がさらに赤くなった。今にも湯気が出そうな勢いだ。

 それから彼女は慌てて身をひるがえした。


「わ、私!急用を思い出したからっ!!」

「えっ!?」


 まだ、化粧水と保湿液の購入前だったので、私はマリアを呼び止めようとしたが、時すでに遅し。マリアは逃げるように、店を出て行ってしまった。


「あらら」

「いったい、どうしたんだ?」


 忍び笑いをするアニーと、状況が呑み込めず首をかしげるレオン。

 そんな彼に私は一言。


「レオン様が悪いです」




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