第15話 美容の薬
「最近、女性のお客さんが増えたんじゃない?」
アニーは店内を見回しながら、そう言った。
狭い店はお客でぎゅうぎゅう……というわけではなかったが、次から次へ代わる代わるお客さんがやって来ていた。その多くは、女性客だ。
「おかげさまで」
「さすが、ドロシー効果!人気舞台女優は違うわね」
アニーの言うように、この盛況の立役者はドロシーだった。
ドロシーは以前、体調不良を訴えて店に来た客である。
その病の原因究明に私が一役買ったのだが、そのことに恩を感じてくれたようで、今では店の常連客になっていた。
彼女が買うのは、もっぱら美容関係の魔法薬だ。
さて、ドロシーはとても美しい女性で、本職は舞台女優だった。私が出会った当初はまだ世に名が知られていなかったが、最近人気が急上昇しているらしい。
すると、女優のドロシーが店を贔屓にしていると、どこから知ったのか。彼女のファンが店を訪れるようになり、さらにそこから口コミで店の評判が広がったようだった。
まさにドロシーさまさまである。
彼女を助けたとき、まさかこんな風になるとは思わなかった。情けは人の為ならず――とは、よく言ったものだ。
*
店を閉めた後に美容関係の商品の補充をしなければ――私がそう考えていると、窓の外に見覚えのある人物の姿が見えた。
店に入ろうとして止め、入ろうとして止め――ということを繰り返している。
私は窓越しに、その人物に声をかけてみた。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「うきゃぁ!?」
私が声を掛けると、驚いたのか、素っ頓狂な声を上げてその人物は尻もちをついた。
涙目で彼女はキッと私を見上げる。
「すみません。まさか、そこまで驚くとは……マリアさん」
そこにいたのは、騎士団所属の白魔導士マリアだった。
*
マリアはぶすっとした表情で、店内に入って来た。
「どこか怪我していませんか?」
「怪我をしていても大丈夫です。私、これでも白魔導士だから!」
声を掛けても、にべもなく拒絶される。
まぁ、これは今に始まったことじゃない。私は元から彼女に嫌われているのだ。
しかし、そんな風に嫌っている女の店に、マリアは何をしに来たのだろうか?疑問である。
「……えっと」
マリアは言い辛そうに、もじもじしていた。大の男にもじもじされると不気味だが、相手が少女だと可愛らしく思える。
やがて、彼女は意を決したように大きな声で言った。
「化粧水!化粧水を見せて下さい!!」
「はい。店には、肌質に合わせて三種類ありますが」
私はすらすらと化粧水の説明をする。
敏感肌用、乾燥肌用、オイリー肌用。合わせて、保湿液のお勧めもしておいた。
すると、マリアは驚いたように目を見張る。
「私が買ってもいいの?」
「え?あ、はい。もちろんです」
むしろ、買ってくれたら嬉しい。店の利益になる。
「断れると思ってた。すぐ、追い返されるかもって」
「お客さんを追い返すなんて、そんな失礼なマネはしませんよ」
「でも!だって!私たちライバルじゃない!私がきれいになったら、あなた困るでしょう?」
「……は?」
私は一瞬、思考が追い付かなかった。
ライバル?いったい、何のライバルだ?
……まさかヤツをめぐっての?
冗談でもそんなことは言わないで欲しい。
「え?なになに。何のライバルなの?」
面白そうな気配を察知したのか、すすーっとアニーがこちらに寄ってきた。
マリアはキリっとした顔で宣言する。
「恋のライバルです。レオン様をかけての」
「おぉっ!それは良いね!」
全然良くない、と私は思う。
マリアは真剣そのもの。対して、アニーは完全に面白がっていた。
なだめるように、私はマリアに話しかけた。
「私はレオン様のこと、何とも思っていないから。あなたの邪魔はしないよ」
「逃げるの?」
挑発的な言い方をするマリアに「いやぁ……」と私が困っていると、
「そうよ!逃げちゃだめだわ」
アニーが余計なことを言ってくる。それからアニーは、マリアに向き直った。
「でも、あなたも良いの?ライバルのお店で買い物なんかして」
おい、コラ。せっかくの新規客を逃がそうとするな。
たまらず、私はコソコソとアニーに耳打ちする。
「ちょっと!お客さんを逃がすようなマネしないでよ」
「あ、ごめん。つい、その場のノリで」
小さく舌を出すアニー。つい、じゃない!!
すると、マリアはふるふると肩を震わせた。
「私だって迷ったわ……でも、ココ。あのドロシーのお気に入りの店だっていうから、どうしても気になって……!!」
「分かる、分かるわっ!」
アニーが強く頷く。
「確かに、ここの化粧水や保湿液はとても良いもの!高いだけのピエトロ商会とは違う!!」
「そんなに違うの?」
今度はアニーが店の商品を褒め出したので、私は一歩引いて二人の様子を見守ることにした。
さらに、アニーの力説は続く。
「すごくいいわよぉ。ほら、この子なんか白粉はたいていないのにコレよ」
そう言って、アニーは私の頬をプニプニ指でつついてきた。
これはどう反応したものか……そう考えつつ、私はされるがままになる。
「本当だ……。日焼けはしているけれど、肌目はきれい」
マリアは私の肌をじっと観察しながら、そう言った。
コレでも一応、美容には気を遣っている身だ。
美容系の商品を売る上で、売っている本人が目も当てられないようでは説得力がないから、毎日の肌ケアはきっちりやっている。
といっても、薬草畑で作業するせいで日焼けはするし、大鍋で薬を作っていると汗ですぐ落ちてしまうから化粧はしない。なお、しょっちゅう薬品を扱うせいか手先はガサガサだ。
マリアは相変わらず私を見つめている。こんなにも凝視されると、きまり悪いものだ。
やがて彼女はきっぱりと告げた。
「敏感肌用の化粧水と保湿液を下さい」
「お買い上げありがとうございます」
よし、新しいお客ゲット――私は胸の内で、ぐっと拳を握った。
自画自賛だが、店の商品にはどれも自信がある。きっと、マリアも気に入ってくれてリピーターになってくれるはず……!!
そう喜んでいると……、
「そ、それも薬で育ったの?」
マリアは私の方を指さしてきた。
ソレが指し示す先は…………って、おい。
私は思わず押し黙る。
マリアの問いに、代わりに答えたのはアニーだった。
「残念ながら、ソレは天然よ」
「うっ……そうなんだ」
「大きさもだけれど、形が良いのよね」
しげしげと、私の胸を眺めてくるマリアとアニー。
「セクハラ発言禁止」
私は抗議するが、二人ともどこ吹く風である。
「薬で解決するわけにはいかないのね……」
「でも、大きくする方法なら知ってるわよ」
「えっ!それはどんな?」
興味津々のマリアに、アニーは耳打ちした。途端に、マリアの顔が朱に染まる。
「そ、それは……本当に?」
「少なくとも、私はそれでサイズアップしたわよ。好きな人にやってもらうのが効果的よ」
グッと親指を立てるアニー。一体、何をアドバイスしたんだ?
私が不審に思っていた矢先、店の扉が開いた。
間が悪いことに入ってきたのは――そう、レオンである。
レオンを見た瞬間、マリアの顔がさらに赤くなった。今にも湯気が出そうな勢いだ。
それから彼女は慌てて身をひるがえした。
「わ、私!急用を思い出したからっ!!」
「えっ!?」
まだ、化粧水と保湿液の購入前だったので、私はマリアを呼び止めようとしたが、時すでに遅し。マリアは逃げるように、店を出て行ってしまった。
「あらら」
「いったい、どうしたんだ?」
忍び笑いをするアニーと、状況が呑み込めず首をかしげるレオン。
そんな彼に私は一言。
「レオン様が悪いです」




